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「やっぱり、本当のことなんだ……」
思わずこぼれた、弱々しいつぶやき。
「ふふふ、息吹さん、あれだけ長々と説明してくださったのに、ご自分では信じられていなかったんですのね」
「あう……ごめんね」
「ふふふ、べつに謝ることではありませんでしょう? むしろ息吹さんらしくて、微笑ましいですわ」
ゆりかごさんは、そう言って笑った。
う~ん、なんだかちょっと、引っかかる言い方のような気がしなくもないけど。
それを指摘しているような場面でもないだろう。
だいたい今ゆりかごさんに機嫌を損ねられたら、わたしのほうが困ってしまう。
「でも、どうすればいいんだろう?」
わたしはとりあえず、質問で話の流れを強制的に変えることにした。
どっちにしても、それは考えなければならない問題だったわけだし。
そんなわたしの思惑なんて、どうやらお見通しだったようで、ゆりかごさんは一瞬だけ小さく「くすっ」と笑みを漏らすと、すぐに答えを返してくれた。
「そうですわね~、まずは現状を把握することから始めましょうか」
落ち着いた声でそう提案するゆりかごさんに、わたしは黙って頷く。
ゆっくりと頭を回し、周囲の状況を網膜に映し込む。
さっきまでと、なにも変わっていない。
制服を着たお嬢様たちが、虚ろな目ではあるけどなんだか気持ちよさそうな表情を浮かべながら、地べたに這いつくばりごろごろと身をよじっている。
「この辺りには、倒れた生徒たちがたくさんおりますわね」
「うん……。ウィルスのせいなんだよね? このままにしておいて大丈夫なのかな?」
「心配ですけれど……、今の状況で救急車を呼んでも、おそらくこの学園にはたどり着けないと思いますわ。敷地内を覆っているこの厚い雲は、外界から遮断するためのものと考えるべきでしょうから」
「じゃ……じゃあ、見捨てろって言うの!?」
ついつい大声で怒鳴りつけてしまうわたし。
そんなことを言われても、ゆりかごさんにはどうしようもないのに。
「呼びかけにも反応しませんし、正常な意識を保っているとは言えない状態ですが、彼女たちの様子を見る限り、苦しんだりはしておりませんわ。ですから……大丈夫だと、信じましょう……」
そう言いながらも、当然ながらゆりかごさんにだって確信は持てないのだろう、彼女の表情はとても苦々しい様子だった。
あれ? でも……。
「ねぇ、ゆりかごさん。これって、ウィルスによるものなんだよね?」
「ええ、そのようですわね」
わたしの言葉に、ゆりかごさんはためらうことなく答える。
だけどそのウィルスは、神々が覇権争いの一環として起こしている戦いによってばらまかれたと、そよぎさんから聞いていた。
そよぎさんもその争いに関わる神々のうちのひとりで、どうやらわたしを選んでくれたということらしい。
戦うって言っていたから、わたしは戦闘員とかって扱いになっちゃうのかな……?
ともかく、そうやって神様であるそよぎさんに選ばれたからこそ、わたしはウィルスにも負けず平気でいられる。
それじゃあ……どうしてゆりかごさんは平気なの?
背筋を、冷たいなにかが伝って落ちていくような、そんな気がした。
だ……だけど、わたしと一緒に学園に入ったから、それにゆりかごさんはわたしの親友だから、そよぎさんが力を貸してくれてたとか……?
ねぇ、そよぎさん、そうなのかな?
そよぎさんからの返事は……ない。
と、そんなわたしの困惑を振り払うように、ゆりかごさんが凛とした声を響かせる。
「息吹さん、あれを見てください!」
「え?」
反射的に、わたしはゆりかごさんが指差している方角に目を向けた。
藤星女学園の敷地の周囲には、どんよりとした暗雲が渦巻いている。それはさっきまでと変わっていない。
ただ、よく見ればその暗雲は、ある一点を中心にして、竜巻状にうねりながら上昇しているように見えた。
そしてそのある一点というのが、ゆりかごさんの指し示す先で……。
「特別教室棟の、屋上……?」
「ええ。どうやら、そのようですわね」
職員室や家庭科室などがあって、最上階の四階には広い図書室がある特別教室棟。
その屋上部分から、竜巻状の柱のようなものが天高くまで、あたかも龍のように舞い昇っていた。
「行くしか、ありませんわよね」
「……うん……」
ゆりかごさんが平気なのは、きっと偶然よ。
全世界的なウィルスにだって、抵抗力が強い人だとかは、いるはずだもん。
なんたって、ゆりかごさんなんだから。
こうして今も一緒にいて、いつもどおり、足取りも心持ちも覚束ないわたしを、力強く引っ張ってくれている。
だから、大丈夫。
わたしは自分に言い聞かせて、駆け出すゆりかごさんの背中を追った。
一階の昇降口には一年生と二年生の前半クラスの下駄箱があって、外階段を上った先の二階昇降口には二年生の後半クラスと三年生の下駄箱がある。
一年生であるわたしたちの下駄箱は一階だ。
わたしたちは薄暗い昇降口から、校舎内へと入っていった。
自分の下駄箱から上履きを取り出し、素早く履いて、脱いだ靴を下駄箱に放り込む。
下駄箱は教室棟と特別教室棟をつなぐ渡り廊下に併設されているため、そのままわたしたちは渡り廊下へと足を踏み入れる。
普段は廊下を走る生徒なんていない藤星女学園だけど、今はそんなことを言ってはいられない。
転ばないように気をつけながら、大急ぎで渡り廊下を走る。
「あっ、ゆりかごさん、屋上に行くんだよね? カギ、開いてるのかな?」
走りつつも、素朴な疑問を浮かべるわたし。
「ふふふ、大丈夫ですわ」
「え?」
どうして大丈夫なの?
あっ、さっき職員室に行ったから、そのときにカギを取ってきたとか?
あれ? でもそれって、おかしいよね?
屋上を見たときに、ドアが開いてるのが見えたのかな?
疑問が膨らむばかりのわたしではあったけど。
そんな疑問はすぐに吹き飛んでしまう。
もうそろそろ特別教室棟に差しかかる、その刹那、見知った人影がわたしたちの前に立ちはだかったからだ。
それは――。
「あれ……? 優季くん?」
そうそれは、いつもどおりの優しげな笑顔をたたえた、優季くんその人だった。