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そのあとは、ちょっと大変だった。
毛虫に驚いたわたしたちが泣き喚き叫び騒いだから……ではない。
いや、実際のところ、わたしはそれくらいの勢いだったのだけど。
「あら、毛虫ですわね。可愛いですわ」
とかなんとか言ったと思ったら、ゆりかごさんはそっとしゃがみ込んで、事もあろうに細くて白い可憐な指先を、極彩色のまがまがしい毛虫へと近づけ始めた。
「や……ちょっと、ゆりかごさん、ダメだよっ!」
慌ててわたしは手を伸ばし、うねうねうごめく毛虫まで数センチくらいにまで迫っていたゆりかごさんの手をぎゅっとつかむ。
だって、いくら本人が可愛いと言っていても、毛虫なんだよ?
種類にもよるかもしれないけど、毛虫の毛って毒があるのもいるみたいだし……。
もし毒がなかったとしても、毛のように見える部分が実は硬くてトゲのようになっている種類もあるらしいから、指に刺さってケガをしちゃうかもしれない。
とっても綺麗で透き通るように真っ白なゆりかごさんの指に、血の赤なんて似合わないよ。
それにゆりかごさんってば、普段から頻繁にスキンシップしてくるっていうか、わたしの手を握ったり首筋とかを触ってきたり、そんなことも多いわけだし。
毛虫なんかをつかんだ手で触られたりしたら、いくら親友とも言うべきゆりかごさんであっても、ちょっと嫌だ。
……こっちの理由のほうが強かったのかもしれないけど。
ともかくわたしは、ゆりかごさんの手をぎゅっと握って、彼女の瞳を見つめていた。
「あらあら、息吹さん。今日はとっても積極的ですわね」
「いや、えっと、頬を赤らめて、そんなこと言わないで……」
わたしのほうも反射的に真っ赤になりながら、ゆりかごさんの手を離す。
「ふふふ、冗談ですわよ」
ほんとだろうか。
わたしは友達関係四年目になる今でもまだ、ゆりかごさんって人がよくわからないままだったりする。
ただ、そんなゆりかごさんの行動のおかげで、毛虫に驚いたわたしが泣き喚き叫び騒いだりするようなこともなかったのだから、ここは感謝しておくべきなのだろうとは思うけど。
ところで、さっきの「あれ」は、わたしが持つ能力。
頭の中に「そのまま進む」「一旦、立ち止まる」という文字が浮かんだ、あれだ。
なんだか知らないけど、不意に選択肢が「視える」ことが、わたしにはある。
いつ、どういう場合に視えるのか、自分でもわからない。
この能力がテストの問題とかにでも有効だったら、まぁ、なんて素晴らしい能力なんでしょう、と感動ものだったりするのだけど。
そういう場合に選択肢が視えたことは、残念ながら一度もない。
お嬢様学校と呼ばれる藤星女学園や隣の藤星女子大は、それなりに学力レベルも高い学校ではある。
といっても、基本的にエスカレーター式だから、本人が望みさえすれば進学できないなんてことはほとんどない。
当然ながら面接を受ける必要はあるし、藤星女子大への進学の場合にはテストを受ける必要だってある。大学は一般入試も実施していて、敷地も別になっているからだろうか。
それでも一般入試とは分けられているため推薦枠扱いとなり、落ちることは稀らしい。
そんな環境だからか、この学園の生徒たちはみんな、通常、とてものんびりとした雰囲気の中で過ごしている。
もっとも、中間テストや期末テストがある以上、順位づけされるのは仕方がないようで、総合順位は掲示板に貼り出されてしまうのだけど。最低限の競争意欲は持たせようということだろうか。
そしてわたしの成績はどの程度なのかといえば、お恥ずかしながら、下から数えてほとんどすぐ、というくらい。
ありていに言って、おバカさんなのである。
トップクラスの成績を誇るゆりかごさんに教えてもらったりしながら頑張って勉強しているのに、どうしてなのかなぁ。
はぁ……。せっかくの能力も、上手に活かせなきゃ無意味だよね……。
と、そのとき。
また微かな風が吹き抜けていった。
『急ぐ』
『諦める』
……え? なに?
またしても選択肢が視えたというのに、わたしにはまったく意味がわからなかった。
次の瞬間――。
予鈴のチャイムが高らかに響き渡った。
藤星女学園では、休み時間が長めに設けられているからか、授業開始三分前になると予鈴が鳴ることになっているのだけど。
「あら、ちょっとここからでは、教室まで遠いですわね」
そう、いつもなら戻る時間を考えながらお散歩しているのに、今日は毛虫の一件があったせいで、ついつい教室から遠い場所に立ち止まってしまっていたのだ。
とすると、おのずと答えは決まってくる。
○『急ぐ』
×『諦める』
「急ぎましょう、ゆりかごさん」
「ええ、もちろんですわ」
わたしの提案に、ゆりかごさんも頷く。
とはいえ、慌ただしく走ったりなんかしない。
お嬢様学校である藤星の敷地内で、スカートを振り乱しながら走ることはタブーとされているからだ。
もちろん、遅刻したら先生に怒られてしまうわけだけど。
でも、廊下を走って怒られることのほうが、この学園ではよっぽど恥ずかしい事態なのだ。