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さすがに信じられないでいるわたしを、そよぎさんは声で誘導しながらも、さらなる説明を加えていった。
学園を覆い尽くすように渦巻く雲は、見るからに異常な空気の流れ……。
全国規模のウィルスとか言っていたはずなのに、どうして学園だけを覆っているのだろう?
わたしが疑問に思うと、すかさずそよぎさんが答えてくれた。
――それは今回の戦いの舞台が、この学園ということに決まったからよ。神々の戦いを盛り上げる、効果的な演出になってるわよね。
「はぁ、そうなんだ……」
もちろん答えを聞いたところで、口からは乾いた返事しか出てこないのだけど。
ともかく、そよぎさんはさらに、わたしを正門の前にまで導く。
そこでは今も、普段ならおしとやかに歩いているお嬢様たちが、恍惚の表情を浮かべながら、制服を着たままの姿で地べたにごろごろと寝っ転がっている。
やっぱり、異様な光景だ。
あれ? でも……。
「全世界規模のウィルスで、こんなふうになっちゃってるんでしょ? それなのに、どうしてわたしは平気なの?」
口に出す必要がないとわかってはいても、思わず質問の声はわたしの舌先から飛び出していた。
――うふふ、それはね、あなたが神に選ばれた人間だからよ。
さっきと同様、すかさず答えが返される。
そっか。わたしは神様に選ばれたのよね。だから選択肢が視えるなんて能力まであって……。
わたしの鈍い頭にも、徐々に自分の置かれた状況が浸透していく。
だけど……。
なんだかちょっと、引っかかる。
そのとき、突風が吹き荒れた。
「きゃっ!」
わたしはスカートを押さえ、目をつぶって風をやり過ごそうとする。
そこで、目をつぶったままのわたしの脳裏に、いつものように選択肢が浮かび上がってきた。
『右』
『左』
また、簡潔な選択肢。意味が、伝わってこない。
どうすれば、いいの?
と、これも以前に感じたことのある、カッチ、コッチという音が響く。
5、4、3……
時間制限つきの選択肢ね!?
わたしは運を天に任せて、素早く片方の選択肢を選んだ。
×『右』
○『左』
ぴょんっと、軽やかなステップで左側に飛ぶ。
その瞬間、さっきまでわたしが立っていた位置から右側の広い範囲の地面が、なくなった。
「え?」
いや、それはどうやら、わたしの認識能力を超えていただけらしい。
なくなったのではなく、一瞬にして押し潰されたのだ。どこからともかく落ちてきた、たくさんのガレキによって……。
「わ……きゃっ!? なによ、これっ!?」
困惑するわたしに、興奮した感じの声でそよぎさんが叫ぶ。
――そう、あなたにはその力があるわ! 選択肢という、神から与えられた力が!
「選択肢の力……」
オウム返しにつぶやくわたしに、そよぎさんはさらに力強い言葉で発破をかける。
――だから、戦って! そして勝つのよ! 未来のために!
もとより優柔不断で、流されやすい性格のわたし。
そよぎさんの勢いに圧されて、その気になり始めていた。
「う……うん、わかった。わたし、頑張ってみるよ。……できる限り……」
ちょっと最後に気の弱いところが出てしまっていたのは、ご愛嬌ってことで。
とりあえず頑張ってみようという思いだけは、わたしの心の中で膨れ上がっていた……のだけど。
――言っとくけど、選択を誤ったら、死、あるのみよ? だから気を抜かないでね。
「え……?」
死、などという、普段あまり意識しない事象は、すぐにはわたしの頭の中に染み込んでこなかった。
――それと、あたしは助言とかできないから。あなたがすべてを決める必要があるわ。頑張ってね! ……死なないように。
「え~っと……」
たっぷり数分くらいの時間を要して、
やっとこさ、そよぎさんの言っている内容を理解したわたしは、
「ど……どうして、こんなことになっちゃってるのぉ~!?」
涙目になりながら、悲痛な叫び声をどんよりとした曇り空に轟かせる。
――ほら、泣いてたって仕方がないわよ。シャキッとしなさい。
「で、でも~……」
さすがに、選択を誤ったら死ぬだなんて、そんなことを考えたら、平静を保ってなんていられないよ。
そう文句を言おうとしたのだけど。
――なに言ってるの? 今までにだって何度も、間違ったら死ぬような選択肢があったのよ?
「ふえっ?」
――小さい頃なんか、よくいろんな場所を「冒険だ~」とか言って、歩き回ってたでしょ? あのとき息吹さん、何度も死と背中合わせの状況に陥っていたのよ?
「えええっ!?」
――それに最近だって、優季くんの家から戻るとき、止まってあたしの声に耳を傾けてくれたからよかったけど、急いで帰ったりなんかしたら、交通事故に遭っていたのよ?
「ひぅ……」
――ついさっきも、学園長室へ向かわずにゆりかごさんを追いかけてたら、彼女に追いつく前に他の神様の襲撃を受けて、一発でこの世からサヨナラだったのよ?
「ぁぅぁぅぁぅ……」
もうすでに、まともな声を出すことすらできないわたしに、そよぎさんは声だけで微笑みかける。
――うふふ。そんなに怖がらなくても大丈夫よ。
「……そよぎさんが、助けてくれるの……?」
涙まじりの声で、どうにかしぼり出したわたしの質問に、
――ううん。それは無理。あなたは自分の力でどうにかしなくてはならないわ。
そよぎさんはあっさりと否定を返す。
――でも、もしあなたが死ぬ羽目になったら、苦しまずに一瞬であの世に逝けるようにするくらいはできるから。安心してね!
「安心なんか、できるか~~~~~!」
などと叫ぶような気力が、今のわたしにあるはずもなく。
わたしはへなへなと地面にへたり込んでしまった。