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――そろそろ教えてあげるわね。
藤の館からとぼとぼと出てきたところで、不意にそよぎさんの声が響いた。
「教えてあげるって、そよぎさんは今の状況がわかってるの?」
――ええ。だって、あたしも原因となっているひとりだもの。
「ええっ!?」
いったいどういうことなのか、わたしには全然わからない。
――うふふ、わからないからこそ、教えてあげるって言ってるの。
思考を読んだそよぎさんが、そう言って笑う。
――これはね、全世界規模のウィルスによるものよ。
彼女は淡々とした声で語り出した。
☆☆☆☆☆
今、全世界規模でウィルスが広がり、大変なことになっている。
そしてそれは、神々の覇権争いの一環として行われているのだという。
数十年に一度、力関係をはっきりさせるために大規模な戦争を起こすのが、神々の世界での習慣となっていた。
そのタイミングが、まさに今年だった。
全世界規模で行われる神々の戦争。
前回行われたのは、数十年前ということになる。
いくら数十年前とはいえ、そんな大規模な戦争なんかがあったとしたら、記録に残っていないのはおかしいのでは。
そう思ったのだけど、どうやらそれも当たり前のことらしい。
すべてが終わったあとに、神々の戦争に関する記憶は綺麗さっぱり消し去ることになっているからだ。
人間の記憶には残らないから、騒ぎにもならない。
そよぎさんはさっき、自分も原因となっているひとりだと言っていた。
そう、つまりはそよぎさんも神様だということになる。
本来、名前という概念自体がないらしいけど、便宜上、そよぎと名乗っていたという彼女。
風を伝ってわたしの思念に入り込み、こうして会話までしている。
だから、そよぐという意味合いで、その名前を使ったようだ。
どうしてわたしの思念に入り込んで会話をするなんて、そんなことをしたのかと尋ねると……。
――あなたは選ばれた人間なの。
きっぱりと、そよぎさんはそう宣言した。
怪しげな契約とかの勧誘だろうか?
そんな感想を抱かないでもなかったけど。
そよぎさんは至って真面目に語り続けた。
――あたしたち神々に代わって、あなたが戦うの。そのための選択肢能力なのよ。
「え? 戦う……?」
――そう。昨日までの試験期間を経て、あなたを実戦投入することが決まったの。
「え? え? え?」
わけがわからないわたしを置いてけぼりにしながらも、そよぎさんの声は止まらない。
――そよぎって名前には、さっき言ったような意味もあったけど、それと同時に、戦いへといざなう意味をも含めていたのよ。
「ふぇ?」
もう、わたしはおかしな生返事をすることしかできなかった。
――そよぐ、って言葉、漢字で書くと、「戦ぐ」になるからね。
うふふ、そう笑うそよぎさんの声は、なんだかとっても遠い世界から響いてくるように感じられた。
さすがに理解の域を超えていて、わたしは現実逃避気味だったのかもしれない。
――ま、信じられないのも無理はないけど。
なんとなく、そよぎさんが肩をすくめている姿が目に浮かぶ。
――うふふ。神であるあたしには、実体というか、人間みたいな姿はないんだけどね。でも、そうやってイメージしてくれるのは嬉しいわ。シンクロしている証拠だもの。
「はぁ、そうですか……」
夢うつつの状態ではあったけど、神という単語にだけは無意識に反応していたらしい。
怒らせたりしたらマズいだろうな、という思いが働いたのか、微妙に丁寧な言葉遣いへと切り替えていた。
でも、
――やめてよ、そんな他人行儀な喋り方なんて!
逆に怒られてしまった。
――あたしはあなたと一心同体なのよ? 友達だと思って仲よくしてね!
続けざまに、そんな言葉をつなげるそよぎさん。
その様子からすると本気で怒っていたわけではなさそうだから、ちょっと安心したけど。
それにしても、神様とお友達って……。
いいのかな……?
わたしは戸惑いを隠せなかった。