-1-
「それじゃあ、また明日」
「ええ、ごきげんよう」
優季くんの家でのお勉強会を終え、ゆりかごさんとふたりでお喋りしながら曲がり角まで歩き、そしていつものようにわたしたちは別れ、それぞれの家へと向かう。
今日はお勉強会という名目だったから、あまり優季くんとたくさんお話したりはできなかった。
でもなんといっても、お部屋にお邪魔することができたのだから、わたしはそれだけで幸せいっぱいだった。
「これでふたりきりなら、お勉強会そっちのけで、いろいろとできたはずですのに……」
なんて、ゆりかごさんはぶつぶつ言っていたけど。
いろいろって、なんだろう? お勉強会なんだから、お勉強以外になにをするの?
と思わなくもなかったけど、細かいことは気にしない。
清々しい気分を抱え、薄暗くなりかけた住宅街を歩く。
高級住宅街の一角にある小百合さんの家。
薄暗いとはいっても街灯は多いから、真っ暗になるような場所はない。
ただ、誰も通らない道は、やけに静かに感じるもので。
周りの住宅からは明かりが漏れていて、微かに人の声なんかも聞こえたりはしていたけど。
それでもなんだか、寂しさを覚えてしまう。
ひゅ~~~……。
吹きすさぶ風が、心なしか冷たく感じられたのは、そんな寂しさによる錯覚だったのだろうか。
と、不意に頭の中に選択肢が浮かび上がってくる。
『急いで帰る』
『ゆっくり帰る』
『立ち止まってみる』
ん~?
どういうことだろう?
はっ……! もしかして小百合さんや弥生さんが倒れたりして、大変なことになってるとか!?
心配だけど、もし急いで走り出したら、いきなり車が飛び出してきて事故に遭ってしまうなんて可能性もあるんじゃない?
どうしよう……。
こうして選択肢が視えるときって、場合によってはすごく危険な状況もあったりする。
大抵はちょっとした違いで、もし間違った選択をしても、それほど問題ないことが多いのだけど……。
とりあえずここは、考えるのが先決かな?
×『急いで帰る』
×『ゆっくり帰る』
○『立ち止まってみる』
頭の中で、わたしは選択肢を選ぶ。
その瞬間。
――うん、一番いい選択だわ。
声が、聞こえた。
「え……誰?」
わたしは辺りを見回す。
だけど、誰もいない。
以前にも似たようなことがあったな……。
そうだ、お風呂場で髪を乾かしてるときだ!
あのときは気のせいだと自分に言い聞かせて、そのまま部屋に戻って寝てしまったけど。
今のは聞き間違いようもないほど、はっきりとした声だった。
「誰かいるの?」
きょろきょろと頭を振り、あらゆる方向に目を凝らす。
――見えはしないわ。
うふふ、と笑い声を添えながら、声は響く。
この声、いったいどこから聞こえてくるの?
――うふふ、あなたの頭の中に直接響いてるのよ。だから、声と呼ぶのは正しくないかもしれないわね。
わたしの思考に、今度は明らかに答えを返してくる、その声……。
「あなたは、誰?」
周囲を気にし、ちょっと声のトーンを落として尋ねてみる。
――あたしは、そよぎ。やっと気づいてくれたわね。
声は自分の名前を名乗った。
姿は見えないけど、声の感じからすると女性のように思えた。
もっとも、声と呼ぶのも正しくないみたいだし、実際どうなのかはわからないけど……。
「あなたは、いったい……?」
なにがなんだか、わたしにはまったく理解できない。
――うふふ。まだ内緒にしておくわ。
そよぎと名乗った声は、そう言って笑った。
――でも、ずっとそばにいたのよ。
「……お風呂場での声も、あなたよね? そよぎさん」
思いきって尋ねてみる。
――ええ、そうよ。怖がってくれて、とっても楽しかったわ。
そよぎさんからは、平然としたそんな答えが返ってきた。
わたしで楽しまないでよ……。
思わず文句が頭をよぎる。
――ごめんなさいね。でも安心して。あたしはあなたの味方よ。あなたも薄々感じてはいたでしょう?
そう言われ、わたしは確かに、最初から危険なんて感じていなかったことを思い出す。
――さ、お話はこれくらいにしましょう。暗くなる前に帰らないと、おうちの方が心配するわ。
「そう……ね」
わたしは素直に従って、歩き出した。
歩き出してからは、そよぎさんの声はぱったりと聞こえなくなってしまった。




