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それからは、学校帰りには曲がり角で待ち合わせて、公園でお喋りする毎日となった。
わたしと、優季くんと、ゆりかごさんの三人――。
そう、ふたりきりになるのは恥ずかしいから、ゆりかごさんにも一緒にいてもらっている。
ゆりかごさんは、公園に着いたらすぐに帰ろうとしていたみたいだけど、それをわたしが引き止めた。
だって、ふたりきりじゃ、時間がもたないから……。
相変わらず、わたしってダメだなって、思わなくもないけど。
「お願い!」と必死に頼み込むわたしに、「しょうがないですわね」とゆりかごさんもベンチに座ってくれた。
ただ三人でお喋りするだけの、安らかな時間。
いつもはうるさいくらいのゆりかごさんも、ここでは控えめにしていてくれる。
学校帰りだけのお喋りタイムだから、今のところ、休みの日にまで会ったりはしていないけど。
それでもわたしにとって、この瞬間は温かくて優しくて、とてもとても大切な時間だった。
「今日は雲が多くてどんよりしてるよね」
「そ……そうですね。まだ梅雨の時期じゃないですけど、でもわたし、梅雨って結構好きなんです……。変わってますよね?」
「じめじめして嫌いだって人のほうが多そうだもんね。でもね、実はぼくも、梅雨って好きなんだ」
「あっ、そうなんですか! 一緒ですね!」
「うん、お揃いだね」
「はい、お揃いです!」
わたしと優季くんのちょっと間抜けなやり取りを、ゆりかごさんは温かな目で見つめている。
というか、生温かな目とか白い目とか、そう表現したほうがいいのかもしれないけど。
たまに小さく、はぁ~……と、ため息を漏らす音まで聞こえてくるし。
「梅雨のなにがいいというのですか。わたくしは嫌いですわ。湿気で髪の毛が広がってボサボサのうねうねのひっどい状態になりますし!」
「でもゆりかごさんなら、髪が跳ねてても綺麗だと思うよ」
「あっ、そうですね、わたしもそう思う! ピシッとしてるゆりかごさんも素敵だけど、ちょっと気を抜いてる感じも可愛くていいですよね!」
「うんうん、そのとおり!」
「なんなんですか、それは。まったくもう……」
明らかに呆れ顔になりながらも、微かに頬を赤らめて視線を逸らす。
あ……ゆりかごさんでも、恥ずかしいものなんだ。
いつもわたしがからかわれてばっかりだから、これからは反撃しちゃおうかな。なんて考え、思わず笑みをこぼす。
わたしの隣では、優季くんも同じように微笑んでくれている。
楽しくて温かな時間。
無理矢理つき合わせてしまって、ゆりかごさんには悪いとは思うし、彼女はじれったく感じているだろうけど。
わたしとしては、優季くんと時間を共有できることだけで、とっても幸せな気分に浸っていた。
☆☆☆☆☆
公園の前で優季くんと別れたあと、いつもの曲がり角までゆりかごさんと一緒に歩いていると、彼女がぽつりと不満を口にした。
「まったく、わたくしをネタにしてお喋りしないでいただきたいですわ」
だけどその声は、強く非難するようなものではなく、温かな微笑みを含んだ優しい響きだった。
「ごめんなさい。でも、あまり話すの得意じゃないし、どうしても視界に入ったものを話題にしちゃうの……」
「わたくしはもの扱いですか? ひどいですわね~。それに、いいんですか?」
「え?」
「恥ずかしいですけれど、わたくしのこと、綺麗だなんて言っておりましたわよ? 息吹さんまで一緒になって可愛いだなんて。そこは、わたしのほうが可愛いでしょ? とか言って、自分に注目してもらうべきところではありませんか?」
「あ……」
ゆりかごさんの言葉を聞いて、そういえばそうかもと、今さらながらに納得する。
さすがに、自分のほうが可愛いってのは、言いすぎだと思うけど。
「それなのに息吹さんったら、わたしもそう思うだなんて。う……嬉しいですけれど、ちょっとどうかと思いますわよ? もしかしたら優季さん、わたくしのほうを好きになってしまうかもしれないじゃないですか」
いつもよりも早口でまくし立てるゆりかごさん。微かに顔を赤くして恥ずかしがっているみたい。
なんか、可愛い。
と思っていたら、
「わたくしのほうが確実に美人なんですから」
ゆりかごさんったら、平然とそう言い放った。
わぁ~。どこからそんな自信が湧いてくるんだろう。普通、自分のことをそんなふうに言えないよね。
もっとも、確かにそのとおりだとは思うし、ゆりかごさんに言われたら、納得せざるを得ないけど……。
「そうよね、ゆりかごさんは肌も髪もつやつやで、すらりと細くて、それでも出るところは出ていて、黙っていれば美人で……」
思わずつぶやいていた言葉に、彼女は眉をつり上げて噛みついてくる。
「黙っていればって、どういうことですか!?」
「い……いえ、なんでもありません!」
慌ててごまかすわたしに、ゆりかごさんは優しい口調で問いかけてきた。
「それでは次回から、わたくしは先に帰って、ふたりきりにしましょうか?」
そっか、ゆりかごさんはわたしが思いきれるように、あんなふうに怒った演技をしてくれたんだ。
だけどわたしは、その想いに応えられず、
「……ううん、やっぱりまだダメ! 一緒にいて、お願い、ゆりかごさん!」
そう懇願する。
だって、ふたりきりになったら、絶対に喋れなくなっちゃうもん。
ゆりかごさんがいてくれるからこそ、わたしは安心して優季くんと話せるんだから。
わたしの答えを聞いた彼女は、案の定、小さくため息をこぼす。
「ふぅ、わかりましたわ」
「……ごめんね、ありがとう」
うつむき加減のわたしに、ゆりかごさんは温かな笑顔を向けてくれる。
そして、
「まぁ、そんな息吹さんだからこそ、わたくしはこんなにも大好きなのですわ」
そう言いながら、わたしの右手をぎゅっと握りしめてくれた。