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わたしは優季くんが公園から去っていったあとも、しばらくぼーっとその場に立ち尽くしていた。
ぼーっと、というか、さっきも同じだったけど、にへら~っとした、気色の悪い笑みをこぼしまくっていたかもしれない。
お嬢様学校と名高い藤星女学園の制服に身を包んだまま、だらしない、ちょっとおかしな笑顔で立ち尽くすわたし。
人通りの少ない公園だから、誰かに見られたりはしなかった……と思う……けど、どうだろう……?
しばらくして、変な噂とか立ってたら嫌だな……。
なんて、我に返って考えられたのは、家に帰り着き、自分の部屋に入ってからのことだった。
つまりは、家に戻ってくるまでの帰り道も心ここにあらず状態だったわけで。
言うまでもなく、出迎えてくれたお手伝いの弥生さんには、わたしのにやけ顔をバッチリ見られてしまったことになる。
思い起こしてみると、さっき夕飯の準備ができたと呼びに来たときも、なんだか必死に笑いを堪えていたような気が……。
弥生さんには、またしても弱みを握られてしまったかもしれない。
『家政婦に見られた!』 第二話。お嬢様の壊れた微笑みの秘密。
って、なにを考えてるんだか……。
あまりにも優季くんのことが気になって、夕食の時間も心ここにあらず状態のまま。小百合さんにまで心配をかけてしまったし……。
ああ、もう! なにやってるのよ、わたし! しっかりしろ!
バシッ!
夕食後、自分の部屋に戻ったわたしは、両手で思いっきり自分の頬を叩いて気合を入れ直す。
はう、ちょっと強すぎた! すごく痛い……。
鏡をのぞき込んでみると、両方のほっぺたが真っ赤になっていた。
う~、ほんとにもう、なにやってんだか……。
ドサッ。
そのままわたしは、ベッドに倒れ込む。
でも……。
優季くんと、あんなにたくさんお喋りできるなんて。
そう考えた途端に、痛みの引いてきていた頬が、再び真っ赤に染まる。
もちろん今度の赤味は、痛みを伴わない、むずがゆさいっぱいの赤だったのだけど。
「はう~!」
思わずベッドの上でごろごろと左右に転がってしまう。
はしたないこと、この上ない。
そのとき。
ガチャッ。
「お嬢様、お電話です……って、なにをなさっているのですか?」
「ひゃうっ!」
いきなりドアを開けて顔をのぞかせた弥生さんに、またまたまたしても醜態をさらすことになってしまった。
弥生さん、ノックくらいしてよ……。
なんて文句の言葉すら出てこない。
『家政婦に見られた!』 第三話。転がるお嬢様の謎……。
わけのわからない妄想を振り払い、わたしは赤く染まった顔を必死に枕で隠す。
と、それよりも。
「あ……あの、電話って、誰からですか?」
焦りをどうにか抑え、弥生さんに尋ねると、
「ゆりかごさんです」
との答えが返ってきた。
☆☆☆☆☆
「ふふふ、どうでしたか? 上手くいきました?」
ゆりかごさんの第一声。
すなわち、さっき公園に戻ってこなかったのは、やっぱり彼女の作戦だったということになる。
「チューくらいは、しましたか?」
からかうような声で、そんなことまで訊いてくるし。
「もう、ゆりかごさん! そんなわけないじゃない! お話するのも、今日が初めてだったのに」
「あら、世間では初めて会ったその日に、もっと先まで行ってしまわれる方もいるらしいですわよ?」
真っ赤になって答えるわたしに、ゆりかごさんはさらなる言葉を平然と放つ。
も……もっと先までって……。
考えただけで脳みそが爆発寸前の状態に陥ってしまう。
「ふふふ、今、想像しましたわね? 息吹さんったら、え・っ・ち♪ なんですから」
「ゆりかごさん!」
わたしはしばらくのあいだ、ゆりかごさんから、こんな感じでからかわれ続けた。
予想していたことではあったから、とりあえず恥ずかしがりながらも、親友との会話を楽しむ。
「……それで、実際のところはどうでしたの?」
しばらく経つと、からかうのにも飽きたのか、ゆりかごさんは唐突にそう尋ねてきた。
「うん、えっとね……」
その頃にはすでに、恥ずかしさやら焦りやらの気持ちが和らいでいたわたし。
素直にさっきの公園での出来事を、細かく報告することにした。
それを聞いて、ゆりかごさんも喜んでくれた。
「あらあら、息吹さんにしては上出来じゃないですか~」
……若干引っかかる言い方ではあったけど。
そしてゆりかごさんは、
「そうですわね、あとはデートなさって、そのまま恋人同士になってしまうのがよろしいですわね!」
さも当然そうに、そんなことをのたまう。
「え……。デデデデ、デートだなんて、そんな……!」
「なにを恥ずかしがっておりますの? それとも、デートをすっ飛ばして、次のステップに進んでしまいますか?」
「はう、次のステップって……」
「息吹さん向けだと、チューですかしら」
「わたし向けって……」
なんだか、ちょっとバカにされているような気がしないでもない。
だけど、ちょっと面白がっているのは確かだろうけど、ゆりかごさんが喜んでくれているのは、しっかりと感じられた。
「ふふふ、わたくしも協力致しますわ。大船に乗った気持ちで、どーんとお任せくださいな。ふふふふふ……」
「そ、その笑い、ちょっと怖いんだけど……」
「あら? なにか言いました?」
「い……いえ、なにも!」
……やっぱり面白がられている比率のほうが、圧倒的に高そうな気がするわたしだった。