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「お友達、戻ってこないね」

「はい、そうですね……」


 人通りも少ない公園のベンチで横並びに座るわたしを気遣ってか、ゆうきくんは遠慮がちにではあるものの声をかけてくれるのだけど。

 わたしが返事をすると、そこでどうしても会話が止まってしまう。


 ゆうきくんは、どうやら自分から積極的に話しかけるタイプの人ではなさそうだった。

 でもそれ以上に、わたし自身が拒絶のオーラを放ってしまっているのだろう。


 そりゃあわたしだって、できればゆうきくんと、ちゃんとお話したい。

 だけど……恥ずかしくて、どうしてもダメなのだ。


 思えば、まだ本当の両親のもとで生活していた初等部の頃からずっと、女子校しか経験していないわたし。

 わたしはひとりっ子だし、親友でよく家に遊びに行くゆりかごさんもひとりっ子だ。


 もちろん、昔はお父さんがいたし、今は幸人さんがいる。ゆりかごさんのお父さんにも会ったことがある。

 とはいえ、お父さんくらいの年齢の男性は、言うまでもなく同じ年代の男の子とはまったく違う。

 考えてみたらわたしって、近い年齢の男性とお話したことすら、今までの人生ではほとんどなかった。


 なにを話したらいいのか、どんな顔をすればいいのか、まったくわからない。

 ただ向き合うだけでも、わたしの頬は一瞬で真っ赤に染まり、堪えきれずにうつむいてしまう。


 ……ふぇ~ん、会話が、続かないよぉ~。

 ぐしゃっ。

 わたしの手もとで、不意に音が鳴る。


「あっ!」


 その音の発生源は、すべて記入を終え、ついさっきゆうきくんが手渡してくれたばかりのアンケート用紙だった。


「ふぅ、危なかった……」


 思わずぎゅっと握り潰してしまうところだった。


「どうしたの?」

「い……いえ、なんでもありません!」


 すぐそばから心地よい響きの声が投げかけられたものだから、わたしは慌てて、またしても深くうつむいてしまった。


 はう、やっぱりわたしって、ダメだ……。

 落とした視線の先には、握りつぶしそうになったアンケート用紙。


 そうだ。アンケートの結果なら、話題になるかも。

 今さらながらにそう考えたわたしは、くしゃくしゃになりかけたアンケート用紙のシワを伸ばしつつ、裏返しになっていたそれを表に向け直す。


姫宮優季(ひめみやゆうき)……。ゆうきって、こういう字を書くんですね」


 つぶやいてから、はっと口をつぐむ。

 わたしは以前から優季くんの名前を知っていて、どんな漢字なのかを想像していたけど。

 優季くんにしてみれば、わたしは今日初めて会ったばかりの女の子としか認識していないはずなのに。


 おそるおそる顔を上げて、ちらりと優季くんの表情をうかがってみると、どうやら優季くんは、とくにそのことを気にしたりはしていない様子だった。


「あはは。うん、女の子みたいな名前で、おかしいでしょ? 名字も姫宮なんてのだから、余計に女の子っぽく思われちゃうんだよね」


 と、少し自虐気味に笑う。


「そ……そんなことないです! 綺麗で素敵な名前だと思います!」


 わたしは素直に、そう答えていた。

 優季くんの目を、じっと見つめながら。

 その瞳は、本当に目と鼻の先にあって……。


 はうっ!

 わたしが我に返って、恥ずかしいという感覚を取り戻すよりも早く、優季くんはわたしに微笑みかけてくれた。


「ありがとう」


 優季くんの吐息すら感じられる、こんな至近距離で。

 わたしはなんだか、ぼーっと……というか、とろ~んとした目になってしまう。


「え~っと、キミは……」


 優季くんが一瞬考え込む素振りを見せる。

 あっ、そうだ! 名乗っていなかったから、優季くんはわたしの名前がわからないんだ!


「あの、わたしは――」

「息吹さん、でいいのかな?」


 ドキン!

 優しげな声で名前を呼ばれると、それだけで心臓が飛び出しそうなほどだった。

 わたしの名前、知ってくれてた!


「は、はい……」


 浮かれ気分を抑え、どうにかこうにか、ひと言だけ答える。


「さっき、お友達がそう呼んでたから」


 あ……なんだ、そっか。それもそうだよね。知ってるはず、ないもんね。

 浮かれていた気持ちが、一瞬で冷めていった。

 だけど――。


「いつもあの曲がり角で、さっきのお友達と待ち合わせしてるよね? 息吹さんって名前も、そこで聞いた気がする」


 うわっ、覚えててくれたんだ!

 なんだかもう、踊り出してしまいそうな気分。きっと顔も、にへら~っとだらしく緩みまくっていたに違いない。


「はい、そうです! わたし、神奈息吹っていいます。よろしくお願いします!」


 なにをよろしくお願いするんだか、と自分で自分にツッコミを入れたいところだけど。

 このときのわたしは、もう完全に舞い上がっていた。

 そりゃあもう、空だって飛べるかもってくらいに。

 目の前の優季くんが温かな笑顔を向けてくれているというのもあって、まさにわたしは天にも昇る勢いだった。


「うん、よろしく。ふたりは藤星女学園の生徒なんだよね?」

「は、はい!」

「そっか~、お嬢様なんだね~」

「いえ、わたしはべつにそんな……」


 次々と繰り出される優季くんの質問攻めに、わたしは必死になって答える。


「藤星の制服って、すごくおしとやかな雰囲気だよね」

「ええ、そうですよね。わたしも気に入ってるんです!」

「そうなんだ。でも、着ている人たちの人柄も出てるのかもね。しっとりとした優雅なイメージがあって、うちの生徒はみんな、高嶺の花って思ってるよ」

「そ……そんなことないです。結構普通ですよ。そりゃあ、スカートのプリーツは乱さないように歩くとか、イメージを大切にしている部分があるのは確かですけど……」


 若干たどたどしくはあったものの、わたしは優季くんと、こんなふうにいろいろとお話することができた。

 舞い上がってはいたけど、それが逆によかったのかもしれない。

 さっきまでのわたしだったら、きっとすぐに恥ずかしくなって、うつむいてしまっていただろうし。


 しばらく、時間を忘れてお喋りを楽しんでいると、優季くんがなポツリとつぶやいた。


「う~ん、そろそろ暗くなるね」

「あ……ほんとですね。ゆりかごさん、戻ってこないな……」


 夕陽もすっかり沈み、もうそろそろ暗くなり始める時間になっていた。


「なにか、急な用事でもできたのかな?」

「どうかな……」


 わたしはそう答えながらも、ゆりかごさんはきっと最初から戻ってこないつもりだったのだろうと考えていた。

 だからこそ、頑張ってくださいませ、なんて言い残したに違いない。

 さっきの電話だって、クラスメイトの誰かにあらかじめお願いしておいて、適当なタイミングで鳴らしてもらった嘘の電話だった可能性が高いような気がする。


 ともかく、ゆりかごさんが帰ってこないのなら、そろそろ潮時だろう。

 わたしの住む家はこの公園から歩いても五分とかからないし、優季くんの家がどの辺りなのかは知らないけど、徒歩で学校に通っているわけだから、それほど遠くはないと思う。

 それでも、さすがにこれ以上引き止めるわけにはいかないよね。


「えっと、そろそろ帰りましょうか」


 わたしはそう提案する。


「ん、そうだね。お友達には悪いけど……。よろしく伝えておいてね」


 優季くんも頷き、ベンチから立ち上がった。


「あっ、あの……。アンケート、ありがとうございました!」


 ゆりかごさんが仕組んだ嘘のアンケートではあっても、こうやって時間を割いてくれたのだからと、きちんとお礼の気持ちを伝えておく。

 本音としては、こんなにお話してくれてありがとう、という意味も込めていたのだけど。


「こちらこそ、いろいろとお話できて楽しかったよ」


 優季くんがまぶしいほどの笑顔を浮かべると、ふわっとそよ風が彼の髪の毛を揺らした。

 と、頭の中に浮かび上がる選択肢。



 『それじゃあ、さようなら。手を振って別れる』

 『ここは思いきって……』



 うわっ!

 思いきって、なに?

 無意識に顔を赤らめてしまったけど。

 でも、ここはやっぱり……。



×『それじゃあ、さようなら。手を振って別れる』

○『ここは思いきって……』



 わたしは意を決して、背を向けようとしていた優季くんに声をかけた。


「あのっ! またお会いしていただけますか?」

「え? ……うん、もちろん!」


 笑顔で、そう答えてもらえた。

 涼しくなりつつある夕風を受けながらも、わたしの心はぽかぽかと温まっていくのだった。


 わたしはケータイなんか持っていないし、どうやら優季くんも持っていないようで、連絡先の交換まではできなかったけど。

 確実に一歩、優季くんに近づくことができた瞬間だった。


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