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食卓のテーブルの上では、すでに並べられた料理たちが美味しそうに湯気を立ち昇らせていた。
目玉焼きが乗せられた熱々のハンバーグには、ポテトと甘く煮たニンジン、コーンが添えられている。
ライスはレストランのように平べったいお皿に乗せられ、その隣からはコーンスープが香ばしい匂いを漂わせていた。
小さめのガラスの小皿にはサラダが盛りつけられ、さらにはワイングラスまで置かれている。
当然ながらわたしには、ワインではなくジュースが用意されているわけだけど。
相変わらず弥生さんの料理の腕は素晴らしい。
わたしはゆったりと席に着く。
すぐ手もとには、ナイフとフォークとスープ用の丸いスプーンといった食器類が、紙ナプキンの上に整然と並べられていた。
テーブル全体を改めて眺め直し、思わず感嘆の吐息と一緒に、ヨダレまでもが漏れてしまいそうだった。
食卓に着いているのは、わたしと小百合さんのふたりだけ。幸人さんはどうやら、今日もまだ帰ってきていないようだ。
これらの料理を作った張本人である弥生さんは、わたしたちと一緒に食事をすることはない。わたしたちが食べ終えたあと、いつもひとりで食べている。
一緒に食べましょうよ、と誘ってみたこともあるのだけど、それはできませんと断られてしまった。家政婦としてのこだわりなのかもしれない。
両手を合わせ、いただきますと声を揃えると、わたしと小百合さんの夕食のひとときが始まった。
わたしはナイフとフォークを手に取り、真っ先にハンバーグへと狙いを定める。
なにを隠そう、ハンバーグはわたしの大好物なのだ。
「あら、息吹ちゃん、なにかいいことでもあったの~?」
柔らかくてジューシーなハンバーグを頬張るわたしに、小百合さんがそう言って話しかけてきた。
え? どうしてそう思うの?
と一瞬考えたけど、どうやらそんなの一目瞭然なほど、わたしの頬は緩みきっていたみたいだ。
さっき自分の部屋で弥生さんに見られてしまったにやけ顔と同じ、いや、きっとそれ以上に、にたぁ~と笑顔がこぼれ落ちていたに違いない。
わたしが大好きなハンバーグを目の前にして喜んでいる、という考えを飛び越して、小百合さんは「いいことがあったのでは?」と判断した。
そのことから考えれば、相当だらしなく、にへら~っと笑っていただろうという推論が自然と成り立つ。
普通に考えたら、すごく恥ずかしい状態。
でも、そんなことも気にならないほど、わたしはなんだか嬉しくて楽しくて仕方がなかったのだ。
とはいえ、それを言葉して伝えられるほど、自分自身の気持ちを理解できていなかったというのもあり、わたしはなるべく澄ました顔で、こう答えた。
「いえ、とくになにもありませんよ、小百合さん」
小百合さん――。
戸籍上では、今はもう、わたしの母親ということになる。
だけどわたしは、「お母さん」と呼ぶことができないでいた。
同じように、幸人さんのことも「お父さん」と呼べないままだ。
そのことを、小百合さんも幸人さんも咎めたりはしない。
幸人さんは忙しくて家にいないことが多いから、あまり顔を合わせないけど、小百合さんとは毎日こうやって食事をともにする。
弥生さんが作ってくれた食事を美味しくいただきながら、いろいろとお喋りもする。
小百合さんはいつも、優しげな微笑みをたたえながら、わたしを包み込んでくれる。
それでもわたしは、どうしても「お母さん」と呼べない。
小百合さんは優しくて温かくて大好きだけど、どうしてもダメなのだ。
そんな小百合さん。
わたしがとぼけているのは、どうやらお見通しのようだった。
「ふふっ、息吹ちゃん、……恋……してるわねぇ~?」
ぶ~っ!
思わず口に含んでいたコーンスープを吹き出してしまう。
「あらあら、息吹ちゃん、大丈夫?」
「奥様、これを」
「あら弥生さん、ありがとう」
すかさず弥生さんがフキンを持ってくる。
……って、弥生さん、隠れて見てたの!?
もしかしたらそのうち、サスペンスドラマ『家政婦に見られた!』みたいな状況になったりとか……。
と、そんな失礼なことを考えている場合じゃないよね。
「ごめんなさい、わたし……」
「いいのいいの。ちょっと意地悪しちゃったみたいで、ごめんなさいね」
小百合さんは笑顔を絶やさないままテーブルを拭きながらも、さらに意地悪な質問を続けてくる。
「それで、お相手はどんな方なの~?」
「べ……べつに、お相手とか、そんなんじゃないですけど……」
わたしは、少し恥ずかしかったけど、覚悟を決めて正直に話すことにした。
「え~っと、近くの男子校の生徒です。帰り道で見かけて、なんかこう、ビビビッときたっていうか……」
あの人の面影を思い出して顔を真っ赤にしながら話すわたしに、小百合さんは、
「ふふっ、息吹ちゃんったら、青春してるのねぇ~」
と微笑んだ。
慌てて弁解するわたしだったのだけど。
「いえ、べつに、そういうのでは……」
ない……わけじゃないよね……。
そう考えてしまい、無意識に言葉は途切れ、うつむいたまま頭から湯気を昇らせ続ける結果となってしまった。