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女神さま おちた  作者: ふとん
女神さまのお話
7/19

本当のあなたさまのことを王様がお知りになろうともしないことが悔しいのです

 繭は自分の部屋へ戻ると、さっそく行動を始めた。

 まずは部屋で常駐している二十人からいる女官を追い出した。

 彼女たちは不平不満を表に出さず、今までよく仕えてくれた。だから精一杯の労いの言葉と給金の引き上げなどを言いつけた女官長への言付けを渡してやったら、あっさりと出ていった。こういうときは、プライドの高い人間というものは扱いやすいらしい。彼らはきちんと評価さえ下せば、思い通りに働いてくれる。

 それから自分の部屋を物色することにした。

 繭のわがままで(ということになっている。実際は押し付けられた)送られてきた豪華な髪飾りや着物は、お金にはなるかもしれないが、持っていくことはできない。これは国のお金で賄われているものだ。繭よりふさわしい人のために使われればいい。

 頭の良くない繭だって、伊達に優秀な宰相殿のお勉強を教えてもらっていたわけではない。

 彼に学んだことを全て覚えているわけではないが、この世界におけるあらゆる知識を与えてもらった。素晴らしいことだ。

 聞き流していた羅心の話によれば、繭が王宮から追い出されるのは、なんと二日後。この世界での嫁入りに最短でも一週間は準備期間があることを思えば、相当なスピード婚だ。しかもその物好きな領主さまの土地は首都から遠く離れた辺境も辺境。国境にもほど近い南概というド田舎だ。

 繭は私室から女官がすっかり居なくなったことを確認してから、自分用の衣装箪笥を引っくり返して服と靴を取り出した。今着ている上等な着物とは比べものにならないほど質素なものだ。裾のひらひらしたズボンに似た丈の短い着物。これは、下っ端の下女に金を渡して揃えてもらったものだ。

 いくら役に立たない女神さまをやっていたとはいえ、繭も遊んでばかりだったわけではない。

 羅心のお勉強の時間、貴族のお嬢様たちとのお茶の時間、そういう時間以外は特別やることもない繭には自由時間だ。だからその合間に、下女の仕事をやっていた。

 掃除に洗濯、色事以外の力仕事も含まれる小間使いだ。最初のうちはベソをかくほど怒られていたが、今ではどこへ出しても恥ずかしくないと太鼓判を押されるようにまでなった。

 飾り気はまったくないが、何枚かの着物と靴は繭が働いた給金で買ったもので、幾らかの貯金とこれらは繭自身の僅かばかりの財産だった。

 大切な財産を風呂敷に包んで、繭は再び衣装箪笥の底に仕舞いこむ。それから、一人私室を出た。

 繭が住んでいるのは客人用の離宮だ。この庭先を挟んで後宮があり、その近くに下っ端下女のための使用人棟がある。

 繭は新緑のすがすがしい庭を突っ切って、使用人棟へ向かう。そして小枝で窓を叩くのだ。それから後宮に近い庭木の茂みに隠れていると、一人の女官がやってくる。

 びくびくと辺りを用心深く見渡した彼女は、繭の顔を見て礼をとった。

「―――いかがなさいました。マユさま」

 怯えるように繭をうかがう目は小動物のようで、華奢な彼女は女官服にも敬礼にも未だ慣れていない。

「あのね、私、南概に嫁ぐことになったの。今まで良くしてくれてありがとう。小菊」

 そう言って、繭は長い袂から手の平大の包みを取り出し、小菊に手渡す。

 その重みに彼女の顔は綻んだ。

 可愛い顔をしているが、彼女は金が大好きだ。彼女に渡した金は繭の小遣いとして渡されている金だが、こうして小菊に渡すなら、悪いことに使ったわけでもない。

 だから、繭は小菊の綻んだ顔を見て胸をなでおろしたが、次の瞬間、小菊の顔は渋面になってしまった。

「……大丈夫なのですか?」

 一見彼女の顔は繭を心配しているようにも見えるが、

「どうしたの? 金づるが居なくなるのがそんなに不満?」

 小菊は、繭が散々無理を言って下女の仕事を紹介してもらったりとかなりの危ない橋を渡らせた。繭は小菊の遠い親戚だと偽って下女になったが、それがばれるようなことになれば小菊もただでは済まない。

 しかし、小菊は渋面を崩さず、首を横に振った。

 繭はわざとらしく小首をかしげてみせた。彼女には、繭が興味本位で下女の仕事がしたいと告げてある。まさか情報収集だとは言いにくかったのだ。貴族たちの噂は御茶会でお嬢様たちから、そして市井に近い噂はこの下女や下男たちから得た。

「……本当のあなたさまのことを、王様がお知りになろうともしないことが悔しいのです」

 小菊は唇を噛むような顔で繭を見つめるが、繭にはその意味が分からなかった。王様が繭のことを知ろうとしないのは当たり前だ。だって繭に見せるつもりがないのだから。

 けれど、小菊はなおも首を横に振った。

「本当のあなたを知れば、きっと王様は御妃にと望みました」

 そんなことはあり得ない。

 繭は答える言葉を呑みこんだ。

 小菊に驚いたのだ。

 本当の繭を知っているのは、明即だけだと思っていた。

 一緒に働いている下女でさえ、繭のことは少し頭は悪いが真面目な娘だと思っている。

 小菊の、茶色い丸い目を見つめた。

 何かを確信しているような眼だ。

 繭は、腹を決めて自分に頷いた。彼女は信じよう。

「―――この国の王様はいい王様だね」

 ここから近い、後宮はひっそりとしている。未だ妃や妾がいないのだ。

 お嬢様たちによると、王が二十三という年齢で、後宮に誰もいないということは珍しいのだそうだ。いくら年若いとはいえ、その年になると妾の一人も抱えている。だから、お嬢様たちは寵愛を得ようと必死だ。

 けれど、王様を間近で見ている繭には、王様の事情も知っている。

 彼はいい王様だ。人の意見をよく聞いて、自分で判断して、女官から下女に至るまで目立った悪評がほとんどない。彼は実にマメに執務をこなしている。それも昼夜問わず黙々と。ここ最近では繭が召喚されるきっかけにもなった少し大きな戦があった。その事後処理が圧して、それまで着々と進められていたお后探しが出来なくなっているらしい。

(たぶん、それは口実なんだろうけれど)

 王様自身がまだ後宮に女性を入れようという気がないというのが一番だ。

 それに、

「でも、私、王様苦手なんだ」

 地位も名誉も何でも持ってる王様だ。好きになれば、何でも出来るし、何でも与えてくれるだろう。ただし、それは王様が飽きるまでだ。

 繭はそういう愛を良しとはできない性質だし、好きではない。

 言い切った繭を小菊は残念そうに見ていたが、やがて「お元気で」と笑ってくれた。

 思えば、繭は彼女と話すことが好きだったのだ。

 名残惜しさもあったが、繭は後宮のそばを抜けて次の目的地に向かった。

 もしも。

 もしも繭が手に入れることができるのならば。

 それは、きっと形のないものだ。

 離宮の隣にほとんど官吏も立ち寄らない場所がある。

 静かなそこは、繭も普段であれば夜にならないと近寄らない。

「明即!」

 ずらりと並んだ書架。

 繭の秘密の逃げ場所、書庫だ。

 古い書物ばかりを集めているらしく、用がある者自体が少ない。

 こつりと靴の足音を聞きつけて振り返ると、知らない男が立っていた。

 明即と同じ官服だが、寝ぼけたような顔に眼鏡をかけている。

「明即でしたら、もうここにはおりませんよ」

 本日付けでここを去りました。

 男の言葉に繭は書庫の埃を思いきり吸いこんでしまった。

 うそつき。

 ここがつまらなくなったら、連れ出してくれるって言ったのに。


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