あなたにやっていただくことができました
「こんなびらびらの服きて豪華な食事なんてお腹壊しそー」
実際、この世界にきて初めて今日のような山海珍味を食べたとき、繭はお腹を壊した。
だけど、表面上は冷や汗を流しながら美味しく食べたふりをした。
繭の愚痴を面白そうに聞いている明即は、繭の小さな異常に気がついた。
繭がやっていたことは本当に小さなことだ。
従順で、奇麗なものが好きで、頭が悪くて、そして女神さまと奉られていることに少しだけ優越感を感じている女の子。
そういうどこにでもいそうな女の子のふりをしていただけだ。
実際、繭はそれほど性格がひねてもいないし、頭は良くないが、少なくとも右も左もわからない場所でヒロインごっこをしていたいとは思わなかった。
それに、すでに言われているのだ。
あなたはもう帰れない。
そう、はっきりと、明即は繭のことを見抜いたときに告げた。
特別な力がないことは、周囲が感じている以上に、繭自身が知っている。
特別美しいわけでも、頭が良いわけでも、特殊な力があるわけでも、不思議な魅力があるわけでもない。言葉も文字もわからない女神がどこにいる。
繭は、長い黒髪の、ただの十七歳だった。
さらに言えば、やせっぽちのくせに背だけはどの女の子よりも高い。牛乳は嫌いだったのに、背だけは伸びたのだ。
「奇麗な着物、美味しい食べ物、かしずく人々。そんなものに囲まれて、この世の果てでも見てきたように詰まらないと言うあなたはどんな王国から出てきたお姫さまなんでしょうね?」
明即はその表情がうかがえない笑顔で繭の隣にのんびりと腰かけて、椅子の隣の机に行燈を置いた。
「ねぇ」
「はい」
「それって楽しい?」
奇麗な服を着て、美味しい食べ物を食べて、みんなにちやほやされて。
一日だけなら憧れる。けれど、それがずっと続くとなると。
「何の心配もないって、それに甘えていいものなの?」
かしずかれる度に繭は思うのだ。
一口美味しいご飯を食べる度に、繭は自分の未来を考える。
「何も考えなくていいって言うのなら、私って、ここに飼われてるって言わない?」
繭の言葉に、明即は少しだけ瞳を向けた。
暗い紫の双眸に自分の姿を見て、繭は息をつく。
この人だけが、本当の繭を見てくれている気がする。
取り柄もなくて、ただ不安な子供の繭を。
じっと見つめていると、明即の方が視線をそらせた。
けれど、その横顔は少しばかり微笑んでいるような気もする。いや、この男はいつでも仮面を張り付けたような笑顔を絶やさないのだけれど。
繭が不思議に見つめて何も言わないでいると、明即はぽつりと書庫の暗がりに向かって呟いた。
「―――もしも、ここが飽きたなら、私があなたを連れ出して差し上げますよ」
明即の言葉を、繭が切実に頼ることになったのは、それから五日後のことだった。
「あなたに、やっていただくことができました」
昼間、絶対に呼ばれないはずの繭が執務室に呼ばれたと思ったら、王様の隣に立った羅心が無表情に告げてきた。
「嫁いでいただきます」
繭は叫び出したい衝動を押さえこむのに必死で、思わずいつものようなバカみたいな笑顔を忘れた。