しょうがないお嬢様ですね
ここへ連れてこられた初めこそしおらしくしていた繭だったが、様子がだんだんわかってくると、様々なわがままを言ってみた。
美味しい食事が食べたいだの。
きれいな着物が着たいだの。
豪華な部屋に住みたいだのと。
言葉が分かってくるようになると、この国のこともわかってきた。王様は若いながら善政を保っていているし、戦争続きの大陸においても、頭のいい王様の国らしく小競り合いは圧倒的に少ない。
繭を召喚したことは、まったくの余計なお節介だったのだ。
今日も陛下には相手にされず、散々他人に馬鹿にされながら案内された部屋に入ると繭はどしんと椅子に座り込む。昼間だったら絶対にやらない。
「つっっっっかれたっっっっっ!!!!!」
思い切り大声を出すと、繭は猫のように凝り固まった体を大きく伸ばして、今度はだらーんと四肢を投げだす。
この部屋には女官もいない。
必ず人払いをするし、この部屋の主が他人が入るのを良しとしないからだ。そんな人を寄せ付けない部屋には、所狭しと本棚が延々と並んでいて、繭が居る机と椅子はほんの隅っこに置かれているだけだ。
机に置かれたランプの明かりが頼りなくなるほど、夜のこの部屋は不気味に光りを飲み込んでいく。
だが、その分、繭が誰かに見とがめられることが少なくなるというものだ。しかし、本棚の奥からぽぉっと明かりが浮き出たかと思うと、
「誰かに見られたらどうなさるのですか」
手燭を持って、官服の男が暗がりから現れた。
年のころは三十を過ぎているだろう。官位はあまり高くない深緑色の服で、髪は黒いし、目立ったところは何もない。人畜無害な穏やかな顔しているが、
「明即だから、まぁいいや」
繭がそういうと、紫の瞳がすぅと猫のように開く。
その双眸は誰より酷薄だった。
「しょうがないお嬢様ですね」
元の穏やかな顔に戻ると、男、明即は言うことを聞かない困った娘を見るように苦笑した。
彼は、繭を呼び出した大臣に言われて彼女を監視している見張り役だ。
普段はこの誰が使うともしれない書庫番をし、裏では大臣の密命を受けて暗躍している、らしい。
のんびりとした顔からは想像もつかないことを、あっさりと言ってのけたこの男は、きっと誰より頭がいいに違いない。少なくとも雇い主の大臣よりも。
「今日はいかがでした?」
「もー最悪!」
彼は、繭の計画を見抜いたのだ。
繭が、役立たずな女神を演じていることを。