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女神さま おちた  作者: ふとん
番外編
16/19

心配いたしましたよ

 翌日の彼女は慣れない旅のはずなのに、元気だった。

 馬車の窓から顔を出して並んで馬を走らせる慶諾に話しかけている。

 今日は朋来が御者だ。

「ねぇねぇ、水色の髪ってすごいわね」

「次の街ってどんなところ?」

「どうしてそんなにだらしない格好なの?」

 慶諾は「ああ」とか「そう」など生返事だが、彼女は気にせず質問を投げている。

 あの元副官は、顔形の悪いところなどない男だが、いかんせん愛想というものがないので女子供には怖がられる。

(……忌色よりはマシなのでしょうが)

 昨日の静かだった馬車を思い出しながら、朋来は自分に苦笑した。

 今更、何を。

 延々と続く野原の一本道は穏やかで、天気もいい。

 地図の上ではもう少し行けば木陰のある林があるので、朋来は休憩をとることにした。

 馬車の窓越しに一方的な会話を続ける二人にそれを告げ、馬車を止める。

 馬を荷台から外して、水をやっていると物珍しげに林を眺めていた少女がこちらへとやってきた。

 今日は、白い衣装は汚れるからと淡い草色の着物で、一人でも着られるそれをまとった彼女は、本当に普通の少女だった。

「今度、宿を取る街って面白い街なんだってね」

 気遅れも気遣いも見られない様子で、彼女は馬と朋来を珍しそうに見て少し笑った。

「面白い、といいますか、歓楽街がありますね。夜遅くまで屋台が立ち並ぶのですよ」

 へぇ、と相槌を打った彼女は、慶諾は口数が少ないから簡単なことしか教えてくれない、と笑う。だが、ふと思いついたように朋来を見上げてきた。

「暑くないの?」

 それ、と彼女が指さしたのは朋来の格好だ。今日も兵装のために上から下まで甲冑に覆われている。

「―――兵士はこれが普通ですので」

 どうにか滑らかな答えが返せた。

 しかし、少女は首を傾げている。

「慶諾はあんなだよ」

 荷物を確認しているだらしなく兵装を着崩した慶諾を見て、朋来は苦笑する。

「彼は特別です」

「でも、その格好は暑そう」

 今日はよく晴れている。暑くないといえば嘘になるが、戦場ではもっと蒸し暑い最中に兵装を崩すわけにもいかないので朋来は暑さに慣れている。慶諾は戦場に出る以外では常に冠も被らない襟も緩んだ格好だ。

「朋来も、奇麗な銀色の髪なのに」

 何を言われたのか分からなかった。

 ただ驚いて少女を睨むように見つめると、彼女の方が驚いたように目を丸くする。

「何?」

 朋来は何か言おうと口を開いたが、言葉にならなかった。

 彼女はしばらく朋来の言葉を待っていたが、彼女の方が根負けしたように口を開いた。

「そんな兜をかぶってたら、禿げるよ」

「はっ…」

「あははははははは!」

 二の句を継げない朋来をよそに、こちらの様子を伺っていたらしい慶諾が驚いたことに腹を抱えて大笑いした。

 彼があれほど笑うところなど、付き合いの長い朋来でも見たことがなかった。

 渦中の少女はといえば、不思議そうに男二人を見比べていた。


 話題の街についたのは、昨日と同じく夕方に近くなってからだった。

 馬車の置ける大きな宿を探し、ようやく部屋へと少女を案内した頃にはすでに日は落ちかけていた。

「夕食はどうなさいますか?」

「お風呂に入ってもう寝るよ」

 貴族を主に泊める宿の部屋割りは、護衛と部屋は一緒だ。広い部屋には二部屋あり、主と護衛がいつでも行き来出来るようになっている。

 しかし、今回の宿には風呂はついているが大浴場があるという。彼女は広い風呂に入りたいと言うが、さすがにそこまでついてはいけない。仕方なく慶諾と朋来は風呂の外で待機することにした。

 だが、いつまで経っても問題の少女は出てこない。

 おかしい。

 しかし彼女の荷物はすでに部屋へと入れてある。

 着替え以外は身一つで風呂へと入った彼女に良くないことを考えるとも、起こるとも思えなかった。

 慶諾と相談して一度部屋へと戻ってみようということになり、部屋の手前まで戻ってみると、見知らぬ少年がうろついている。

「どうした?」

 黒髪の少年に慶諾が声をかけると、明らかに肩がびくりと揺れた。慶諾は無愛想で初対面の子供には受けが悪い。だが、朋来と違ってくだけた兵装の慶諾に少年は安堵したようで、彼は取り繕うように不安そうに辺りを見回した。

「迷ってしまって…」

 着物を見る限り、平民の子供だ。小間使いがよく着ているような質素な服。この宿の者だろうか。

「そうか。この廊下を行けば外へ出るぞ」

 慶諾がそう言うと、少年は嬉しそうに肯いて礼を言って去ろうとする。しかし慶諾の後ろで控えていた朋来の隣を彼が横切るとき、既視感を覚えた。

 黒髪、朋来の肩より低い背。

 少年は、顔から読みとった年の割には華奢に見えた。

 朋来は咄嗟に叫んだ。

「慶諾! その子を捕まえてください!」

 朋来の声を聞いて、少年が「あ!」と駆け出す。だが大人の、訓練を積んだ慶諾の足には敵わない。

 少年の腕を捕えて朋来の前へと連れてきた慶諾は、半信半疑に少年をこちらへ突き出した。

「……マユさま」

 腰をかがめて覗きこむと、少年、いや少女の顔が驚きと共に大きく口を開けた。

「―――どうしてわかったの」

 慶諾は目を瞠るが、朋来は大きく溜息をつく。

「―――心配いたしましたよ」

 少女の顔は驚いた顔から渋面に変わり、拗ねるように口を噤んだ。

「なぜ、このようなことを?」

「……街に」

「街?」

「街に行ってみたかったの」

 ああ、と朋来は昼間の会話を思い出した。朋来が、夜には屋台が出ると教えたのだ。その時の好奇心に満ちた瞳。

 朋来は「わかりました」と告げて、慶諾に向きなおった。

「お連れしてあげてください」

 良いのか、と目で問いかけてくる慶諾に肯いて、朋来は再び少女の前で腰をかがめた。

「いいですか。あまり遅くならないように。必ず慶諾と一緒に行動してください」

 まるで宝物を差し出されたように、少女の顔がみるみるうちに輝いた。

「いいの?」

「ええ」


―――これがいけなかった。





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