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女神さま おちた  作者: ふとん
番外編
15/19

待ってたの?

 謝ることなど、ましてや憐れむことなど決してしない。

 だが、迎えに行った朋来はその衣装箪笥の軽さに驚いた。

 女性の、それも身分ある女性の衣装箪笥など、男一人で抱えられるものではない。近衛の誰かに手伝わせなければならないかと不安を覚えていた朋来は、別の意味で不安になった。

 なぜ、朋来一人で持ててしまうのか。

 嫌な想像をした。だが、しかし、と考え直す。

 普通の、本当に市井の娘ならばこれぐらいの衣装だろう。身一つで嫁ぐのだから、旅に必要なものと、花嫁衣装さえあればいい。

 そう思うことで朋来は自分を納得させた。

 最後だからと女官たちに控え目に着飾られて出てきた女神さまは、少しばかり背の高いだけの幼い少女だった。

 長い黒髪に黒い瞳、華奢で、そしてそれだけの少女だ。背が高いといっても朋来の肩より下に頭がある。

 愛想程度の挨拶を交わして、馬車に乗り込ませると物珍しげな視線が馬車の窓から覗いていた。恐らく、彼女が王宮の外へ出るのは初めてのことなのだ。

 これから自分の振りかかることを半分も分かっていないのだろうか。

 御者も付けられなかった一頭立ての馬車を、慶諾に合図して、おそらく彼女の世話をしていた者と女官長だけなのだろう見送りを後にした。

 慶諾は、朋来が辞令を受け取った翌日には大隊の隊長を勝手に辞めてきてしまった。その手早さに呆れた朋来だったが、慶諾が見た目よりも心配症で、そして女神さまにも興味を持っていたことは分かったので、何も言わずに護衛を共にすることにした。彼の辞職願が聞きいれられたとも思えないので、この任務が終われば、すぐに王宮へ返せばいいだけの話だ。

 意図してなのか、慶諾は馬車を王宮の外壁に沿うようにして走らせて、隠れもせず外を覗き込む女神さまの好奇心を満たしてから、王宮の外へと出た。

 街を初めて見るのだろう。

 けれど、彼女の姿を晒しながら馬車を走らせるわけにもいかないので、気の毒とは思いながら馬で追随していた朋来は馬車に並んだ。

「失礼」

 声をかけると、驚いたように黒い瞳が丸くなった。朋来は今、兵装なので兜の下の髪までは見えないだろうが、瞳の色が見えてしまったのかもしれない。

「あまり乗り出されては危のうございます。お控えください」

 馬蹄の音にかき消されない程度の声で言うと、不機嫌な顔になった女神さまはぴしゃりと音が鳴るほど勢いよく窓を閉めて、日除けでそれを覆った。

 やはり、異世界であろうと朋来の色は異質なのだろうか。

 生まれたときから付き合ってきた迷信に近いこの偏見に、今更何か思うこともないが、もし朋来の髪色が恐ろしいなどと思われているのなら、このさきの数週間は彼女にとっても朋来にとっても気の重い旅になる。彼女も朋来も、この旅を放り出すわけにはいかないのだから。

 しかし、ふと視線を感じて馬車の窓を見ると、黒い瞳がこちらをじっと見ていた。

 朋来と目があうと、慌てて馬車の中へと引っ込んでしまう。

 まだ、子供なのだ。

 そのうえ右も左もわからない異世界に放り出されて、また、わけのわからない場所に連れていかれようとしている。

 朋来は閉じられた窓を見ながら、溜息をついた。


 それから、休憩を挟みながら夕方近くになって少し大きな街の宿につく頃、再び女神さまの様子を伺うと、驚いたことに彼女は気持ちよさそうに眠っていた。

 馬を預けて帰ってきた慶諾が「肝の太い姫さんだ」と呟いたが、朋来は苦笑するに留めて慶諾に宿の部屋を用意させるよう頼んだ。

 出会ってわずか一日目だ。

 知らない部屋に連れ込まれていては、彼女はきっと驚くだろう。

 朋来はそのまま馬車の隣で彼女が起き出すのを待つことにした。

 街の中でも上等なこの宿の車止めは馬車が一台ずつ入るようになっていて、人目はない。

 朋来は一日被り通しだった兜をとった。

 普段、街へ出る時には帽子を身につけている。出仕の時も冠を、私事では日除けのついた笠を身につけるので、朋来が銀の髪だと知る者は少ない。

 戦の時は兜を被るために帽子をかぶるわけにもいかないので、部下たちは朋来の髪色を知っているのだ。

 男も女も僧籍にでも入らない限り髪を切ることはないが、朋来は髪色のこともあって髪は常に襟足で整えているので、初めて朋来を見た者はほとんどが軍人だと思わない。

(……瞳の色までは変えられないのですが)

 日の光によって色は変わるが、気付く者は気付く銀色の瞳。

 髪ほど目立つわけではないが、気付かれてしまうと一様に気味悪がられてしまう。

(自分で思っていたよりも、厄介な任務になりそうですね…)

 楽観していたわけではないが護衛など楽な仕事だと思っていた。だが護るべきはずの相手に怖がられてしまっては本末転倒だ。

 久しぶりの旅の疲れもあって朋来は深い溜息をついた。が、小さく馬車の戸が開く音がして驚いて振り返る。

 馬車から、小柄な少女がこちらを眺めて目を丸くしていた。

 しまった、というには遅すぎる。

 どうしようかと思案を巡らせたところで、少女の方が朋来の方へと駆け寄ってくる。

「待ってたの?」

 はいともいいえとも言えず、朋来は兜の端を握った。被り直した方が良いのだろうか。

 しかし、女神さまの方は特に気にした様子もなく、答えない朋来に続ける。

「私、寝てたのね。ごめんなさい。街に着いたの?」

 再び尋ねられて、朋来はようやく「はい」とだけ答えた。

 朋来は本来、愚鈍な男ではない。だが、今は黒い瞳に何の蔑みも見られないことに困惑していた。

 この髪色が恐ろしいのではないか。

 しかし、少女は平気な顔で朋来を見つめている。

 それが不思議でたまらなく、逆に朋来の不安を煽った。

 この年端もいかない少女が、唐突に得体のしれないものに見えた。

 応えたものの一向に動こうとしない朋来に、少女は困ったように首を傾げる。

「どうしたの?」

「―――申し訳ございません」

 絞り出すように朋来は言葉をひねり出す。

 ますます訳が分からないというように、少女はとうとう呆れたような顔になった。

「どうして謝るの?」

「お見苦しいものを、お見せし…」

「だから、何を?」

 たどたどしい朋来の口調が気に入らないのか、少女は思い切り眉をしかめた。

「あなたはいったい何を謝っているの?」

 そう問われ、朋来の混乱はますます極まった。

 なぜ。

 問いたいのはこちらの方だ。

 どうして、この髪色を恐れない。

「もしかして、そんなに私の護衛をするのが嫌なの?」

 朋来は、目の前の得体の知れない少女を見た。

 愚かだと、聞いていた。

 今代の女神はただの愚かな少女だと。

 言葉も分からず、ただわがままを繰り返すだけの。

 しかし、目の前の少女をその噂とあてはめることは出来なかった。

 とても静かな理性的な黒い瞳が朋来を不審そうに見つめている。

 朋来はその理知の光に促されるように、普段の落ち着きを手繰り寄せた。

「―――申し遅れました。わたくしは、朋来と申します」

 質問に答えないままの朋来を不思議そうに眺めて、それでも少女はうんと頷いた。

 そこへ、遅い二人の様子を見に来た慶諾がやってきたので、朋来はこちらへと招く。

 朋来が兜をとって髪をさらしていることに珍しく驚いたようだったが、慶諾は朋来の隣に立った。

「こちらは慶諾と申します」

 紹介すると、慶諾は無愛想に頭を下げただけだった。

 それに苦笑しながら、朋来は改めて目の前の少女に向きなおる。

「我々二人が、あなた様を南概までお連れいたします。礼儀も知らぬ不調法者ですが、これから二週間ほどよろしくお付き合いください」

 朋来は慶諾と片膝をついて礼を取った。が、頭の上から降ってきたのは、

「二週間!?」

 今まで静かだったはずの少女の、素っ頓狂な声だった。


 彼女は、マユと名乗った。

 思えば女神さまの名前など、ほんの一部の人間しか知らない。

 朋来たちが知るすべなど無かったのだ。





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