ようこそ、女神殿
私は、憐れな女です。
右も左もわからない。そんな異世界に連れてこられ、女神として役目を果たせと告げられました。
―――ふざけんな。
沢渡繭は、握っている鉛筆を持ったまま、自分の周りをぐるりと取り囲んでいる老若男女に視線を巡らせた。
そうして、改めて自分の手の中の鉛筆を見遣る。
うん、起きてる。
座り込んでいる石床の冷たさも、じめじめとした暗い部屋――ーおそらく地下なのだろう――ーの圧迫感も、決して夢じゃない。
それを確認してから、一団の中からおもむろに進み出た男を見つめる。
黒髪の男だった。
まっすぐな髪はゆったりと背中を伝い、その身は真っ黒なマント、真っ黒な上衣、真っ黒な袴、真っ黒な長靴に包まれている。唯一の色と言えば腰帯に身につけた淡く黄金に輝く糖蜜色の宝石と、繭を容赦なく睥睨する青い冷やかな瞳だった。
その顔は、驚くほど整っている。すらりとした鼻筋といい、薄い唇といい、誰かが掘り出した彫刻か精巧な人形かと言われれば、繭は信じただろう。
その人形めいた男が静かに唇を開いた。
「ようこそ。女神殿」
腹にまで威圧を与えるような透る声は、低かった。