彼岸書簡
「心の声が反映される魔法の便箋を買ってみたので。」
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という作品を読みました。
件の便箋は、この作品のなかでは廃れてしまった商品のようですが、こんな画期的な商品!これ絶対売れまっせ!と私の脳内商人がフィーバーするので、売れる用途を考えました。
母が死んで、四十九日が過ぎた。
納骨も済み、親戚への挨拶も終わり、私はやれやれと実家のリビングのソファに腰を下ろした。
残ったのは、片付けきれない衣類と、食器棚の奥の使われない食器と、冷蔵庫の扉に貼られたままの古いごみ収集表。
もう誰も必要としていないあれやこれやが、戻らない主を待って、息をひそめている。
ふと、仏壇の横に置いた白い紙箱が目に入った。
母の葬儀の後、葬儀社から渡されたものだ。
箱のおもてには、かすれた銀の箔押しで「彼岸書簡」と書かれている。
蓋を開けると、一組の便箋と封筒、そして小さな一枚の取扱説明書が入っていた。
便箋は真っ白で、模様も罫線もない。
封筒も白無地で、何の飾りもなかった。
取扱説明書には、淡淡とした細文字で、こう書かれていた。
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彼岸書簡
~大切なかたへ、最期に伝えられなかった言葉を。~
便箋には、何も書かないでください。
封筒に、故人様のお名前をお書きください。
便箋を入れ、封をしてください。
手紙は、宛先のかたに届きます。
手紙に書かれるのは、あなたが伝えたいことではなく、「封をする瞬間の、あなたの本当の想い」です。
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最近よく耳にするグリーフケアというやつか。
ばかばかしい。
私は、箱を手に取り、そのまま紙ゴミの束に放り込もうとした。
だが、封筒を持ったまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
母には、言えなかったことが多い。
ありがとう、とか。
苦労をかけた、とか。
もっと頻繁に帰ればよかった、とか。
母が入院してからは、見舞いにいくたびに同じ話ばかりしていた。
今日は暖かいね。
何か食べたいものある?
看護師さん優しい?
お互いに探り合うような、上滑りする会話ばかりだった。
母と最期にまともに話した日、私は仕事の対応に追われていた。
「もう帰るの?」と母は言った。
「また来るから」と私は言った。
翌日、容体が急変し、母はそのまま息を引き取った。
「また」は、なかった。
私は封筒のおもてに、ボールペンで母の名前を書いた。
白紙の便箋を四つに折り、封筒へ入れた。
封をする前に、手が止まった。
本当に、心の声が書かれるのだとしたら。
この手紙は、母に何を書くのだろう。
最期にそばにいられなくて、ごめんなさい。
あなたがつらいとき、自分の生活を優先して、ごめんなさい。
産んでくれてありがとう。
育ててくれてありがとう。
わからない。
私は逃げるように、糊のついた部分を強く押し当てて、封を閉じた。
次に何をすればいいのか、取扱説明書には書かれていなかった。
ポストに投函するのか。切手も貼らずに、住所も書かずに。
それとも燃やすのか。
迷った末、私は封筒を仏壇の香炉の脇に供えた。
翌朝、封筒は消えていた。
驚きはしたが、恐怖は感じなかった。
何の根拠もないが、届いたと思ったのだ。
母のところへ。
それから三日後。
東京の自宅に戻った私の郵便受けに、あの白い封筒が入っていた。
封筒のおもてには、私の名前が書かれていた。
見紛うはずもない、母の字だった。
私は、玄関に立ったまま封を開けた。
中には、あの白い便箋が入っていた。
文字が書かれていた。
私の字だった。
つまり、これを、母が読んだ。
一度、たしかに母の手に渡ったのだ。
そして、母の手で私に送り返された。
目の前が、ぐらりと揺れた。
震える手で、私は便箋を開いた。
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お母さんが死んで、私は悲しかった。
でも、少し安心しました。
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指先から体温が引いていくのが分かった。
違う。こんなことを書くつもりだったんじゃない。
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また電話がかかってくることが、怖かったからです。
病院からかもしれない。
転んだのかもしれない。
薬を飲み忘れたのかもしれない。
仕事中でも、夜中でも、私はいつも電話の音に怯えていました。
お母さんが独りで暮らしていることが心配でした。
でも、一緒に暮らそうとは言えませんでした。
介護を引き受ける勇気がなかったからです。
施設を探すのも嫌でした。お母さんに恨まれるかもと思ったから。
だから私は、何も決めないまま、時が過ぎるのを待っていました。
そして本当に終わってしまったとき、悲しいのと同じくらい、安心しました。
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背中が冷たい壁を擦り、私はずるずると床にへたり込んだ。
これは手紙じゃない。告解だ。
便箋には、さらに続きがあった。
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病室でお母さんが「もう帰るの?」と言ったとき、私は仕事を言い訳にしました。
本当は、長く一緒にいるのが苦しかった。
弱っていくお母さんを見るのがつらかったんじゃない。
お母さんの前にいると「よくできた娘」「優しいお嬢さん」でいなければならないのが苦しかったのです。
私は、「優しい娘」ではありませんでした。
何度も、面倒だと思いました。
何度も、電話を無視しようと思いました。
安心した自分がいることを、許してほしい。
許してもらいたいと思っていることも、たぶん、ずるいのだと思います。
でも、お母さん。
それでも、お母さんに生きていてほしかった。
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手紙はそこで終わっていた。
ありがとうとも、ごめんなさいとも、書かれていなかった。
ぼたぼたと、涙が、便箋の上に落ちた。
滲んでいく自分の文字を見つめながら、私は、便箋を握り潰すこともできず、ただ抱え込んでいた。
私は長い間、暗い玄関に座り込んでいた。
窓の外が完全に暗くなってから、ようやく強張った指を動かして便箋を畳んだ。
母にこんな手紙を送ってしまった。
私は、最期まで親不孝な娘だった。
そう思ったとき、封筒の中にもう一枚、紙が入っているのに気付いた。
最初に開封した時にはなかったはずの、二枚目の便箋だった。
その便箋も白無地で、今度は母の字で書かれていた。
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手紙、読みました。
あなたは小さいころから、何でもきちんとしすぎます。
良い娘になろうとし過ぎました。
私も、良い母親であろうとし過ぎました。
あなたの電話を、いつも待っていました。
でも、電話がかかってくれば、仕事は大丈夫なのか、結婚は、といつも心配の言葉ばかりかけてしまっていました。
帰ってきてほしいと願いながら、いざ帰ってこられると、疲れている顔が気になりました。
一緒に暮らせたらと思いました。
けれど、あなたの生活を壊すのも嫌でした。
あなたを困らせたいわけではなかった。
会いたいのに、負担になりたくなかった。
助けてほしいのに、弱いと思われたくなかった。
あなたが面倒だと思っていたことは、知っています。
私も、あなたが小さい頃、面倒だと思ったことがあります。
旅行前日に熱を出した夜。
幼稚園に行きたくないと暴れて泣いた朝。
何度言っても片付けなかった部屋。
親だからといって、いつも喜んで世話をしていたわけではありません。
それでもあなたが大切でした。
あなたが安心したことを、私は責めません。
ずっと疲れていたのでしょう。
いいえ。
責めるとか許すという言い方は違います。
あなたは、許されなければならないことは、していません。
あなたは私の、大切で面倒で、大切な娘。
いつかは、それでいい日が来ます。
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手紙を胸に抱き、私はしばらく動けなかった。
静寂を破って、突然、スマートフォンが鳴った。
びくりと肩が跳ねた。
画面を見ると、叔母からだった。
通話アイコンをタップすると、母に似た叔母の声が聞こえてきた。
「もしもし、おつかれさま。元気にしてる?いろいろたいへんだったでしょう、大丈夫?」
私は、窓の外を見た。
向かいの家の灯りが、ひとつずつ消えていくところだった。
あの家の小学生の兄弟は、そろそろ布団に行く時間だ。
「うん、大丈夫。今、ちょっとお母さんと話してた」
演劇集団キャラメルボックスがあった頃は皆勤賞レベルで行ってました。
「SF(少し不思議)」のスタイル、「都合が良すぎることを承知の上で、それでも人と人が和解する瞬間を肯定する」というお話づくりが好きでした。
ラストシーンは「千と千尋の神隠し」をちょっと意識してます。




