競走馬の本命
ラブコメです!
「うわぁ……人すごいな」
兄が辺りを見回す。
「今日は重賞じゃけぇね! 盛り上がっとる!」
妹は弾むように笑った。
明るい栗色のポニーテールが揺れ、スタイルの良さも相まって、歩くだけで周囲の視線を集める。
「あの子モデル?」
「めっちゃかわいい……」
「誰と来てるんだ?」
ひそひそ声が飛び交う。
兄はまるで気づかない。
「今日は暑いな。」
「そこなん!?」
妹が思わずツッコむ。
「いや暑いだろ。」
「違う違う! なんか視線感じん?」
兄は周囲を見る。
「……競馬新聞読んでる人ばっかじゃん。」
「お兄ちゃんの目は節穴なん!?」
馬がパドックを歩く。
妹は目を輝かせた。
「見て見て! あの馬、筋肉すごい!」
兄は真面目な顔で頷く。
「確かに臀部の発達が――」
「馬ばっか見んと妹も見んさい!」
「え?」
「……なんでもない。」
妹は耳まで赤くなる。
兄は首をかしげる。
「体調悪い?」
「悪いんはお兄ちゃんの鈍感さじゃ!」
馬券売り場。
「お兄ちゃん、どれ買うん?」
「データ重視かな。」
「夢は?」
「回収率。」
「ロマンの欠片もない!」
兄は新聞を広げる。
「この馬は前走指数が――」
妹は兄の腕にぴたっとくっつく。
「ほら、こうやって考えたほうが当たるけぇ。」
「暑くない?」
「……。」
「離れた方が涼しいぞ。」
「恋愛偏差値ゼロか!」
その様子を見ていた男性二人。
「彼氏かな?」
「いや……兄妹らしい。」
「え?」
「マジか。」
二人は兄を見る。
「……なんであんな普通の兄ちゃんからあんな美人が。」
兄は新聞しか見ていない。
「このオッズは妙味がある。」
「妙味あるんは妹さんじゃろ!」
近くのおじさんが思わずツッコんだ。
ファンファーレ。
「始まる!」
妹はテンション全開。
「お兄ちゃん! がんばれー!」
「俺走らないよ。」
「馬じゃ!」
ゲートイン。
「スタート!」
馬が飛び出す。
「いけー!」
妹は飛び跳ねる。
そのたびに周囲の男性陣の視線も上下する。
兄はレースしか見ていない。
「差せ! 差せ!」
妹は兄を見つめる。
(うちもお兄ちゃんとの距離、差したいんじゃけどなぁ。)
「よし! 三番来い!」
(馬じゃなくて、うち見てぇや……。)
ゴール。
「当たった!」
兄が珍しく喜ぶ。
「三連複!」
「やったぁ!」
妹は勢い余って兄に抱きつく。
「お兄ちゃんすごい!」
周囲がざわつく。
「うらやましい……」
「兄になりたい。」
「いや俺は弟でもいい。」
兄はぽんぽんと妹の頭を叩いた。
「よかったな。」
「……それだけ?」
「うん?」
「もっとこう……『抱きついてくれてうれしい』とか!」
「兄妹だし普通じゃない?」
妹は天を仰いだ。
「神様ぁ……この人の恋愛センス、どこに落としてきたんですかぁ……。」
帰り道。
兄は当たり馬券を財布へしまう。
「今日は楽しかったな。また来よう。」
妹はにっこり笑う。
「もちろんじゃ!」
「次も一緒に来てくれる?」
「当たり前じゃろ!」
妹は小さく拳を握る。
(デートじゃ思うとるんは、うちだけなんじゃろうけど。)
兄は歩きながら真顔で言う。
「次は双眼鏡持ってこよう。」
妹の目が輝く。
「えっ! うちをもっと近くで見てくれるん!?」
「違う。ゴール前の馬を見やすくするため。」
妹はその場でしゃがみ込んだ。
「負けた……馬に負けた……。」
兄は首をかしげる。
「何が?」
妹は立ち上がり、苦笑いする。
「ええよ。そのうち、お兄ちゃんにも万馬券みたいな奇跡が当たるじゃろ。」
「?」
「うちという一番の本命に気づく奇跡がね。」
「本命? 今日のレース終わったけど。」
妹は額に手を当て、大きくため息。
「ほんまに前途多難じゃわ。」
そう言いながらも、兄の隣を歩く足取りは誰よりも軽かった。




