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魂の質屋  作者: みゆ
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2.腐ったへその緒

2.腐ったへその緒


「……今の、ちょっと可哀想だったんじゃないですか?」


奥のデスクで事務作業をしていた部下の金城が、パソコンの画面を見つめたまま言った。彼の指は止まることなくキーボードを叩き続けている。


「何が? 需要と供給が一致しただけだよ。マユミちゃんは『おもちゃ』が欲しくて、翔くんは『飼い主』が必要だった。ウィンウィンじゃないか」


阿久津は爪切りのヤスリで爪の先を丸く整えながら笑った。


「人間っていうのはさ、自由を与えられると腐る生き物なんだよ。首輪をつけられた方が安心して眠れる手合いもいる。翔くんはそういう才能があった」


「社長、それは詭弁です」


「詭弁こそが商売のスパイスだよ」


インターホンが再び鳴った。 軽快なメロディ。だが、この部屋を訪れる人間で、まともな神経をしている奴はいない。


「はい、どうぞ」


ドアが開く。 入ってきたのは、五十代半ばのふくよかな女性だった。 上品なワンピースに、高そうな真珠のネックレス。手には有名洋菓子店の紙袋を下げている。まるで、近所にお茶しに来た奥様のようだ。


「ごめんくださいまし。阿久津社長、いらっしゃいますか?」


「おや、トシ恵さん。今日は早いですね」


阿久津が立ち上がり、ソファを勧める。 トシ恵はにこやかに笑い、紙袋を差し出した。


「これ、焼きたてのアップルパイなの。お口に合うかわからないけれど」


「いつもすみませんね。金城、お茶淹れて」


トシ恵は、歌舞伎町で一番売れているホスト、流星リュウセイの母親だ。 そして、この「スマイリー・ローン」の上客でもある。


「で、今日はどうされました? 流星くんの件で?」


「ええ、あの子ったらまた、お店の売掛金を使い込んじゃったみたいで……三百万円ほど、貸していただけないかしら」


トシ恵は恥ずかしそうに頬を赤らめた。 だが、阿久津は知っている。流星は使い込んでなどいない。 流星は、母親に金を管理されるのを嫌がり、必死に自立しようとしている。だが、店に裏から手を回し、わざと流星を借金漬けにしているのは、この母親なのだ。


「いいですけど、トシ恵さん。流星くん、最近頑張って売り上げ伸ばしてるって聞きましたよ? そろそろ自分で返せるんじゃないですか?」


阿久津が意地悪くカマをかける。 すると、トシ恵の表情が一変した。 温厚な「お母さん」の顔が、一瞬にして能面のように無機質になる。


「……あの子はね、私がいないとダメなの」


声の温度が五度下がった気がした。


「あの子が稼げるようになったら、私のところへ帰ってこなくなるでしょ? だから、定期的にお金を借りに来させないと。借金があるうちは、あの子は私に『ごめんなさい、お母さん助けて』って頭を下げるわ。その顔が……とっても可愛いの」


トシ恵はうっとりと目を細めた。 それは、先ほどのマユミが見せた執着とはまた違う、粘着質な支配欲だった。マユミは首輪をつけて監禁したがるが、トシ恵は見えない糸で息子を操り人形にすることに快感を覚えている。


「なるほど。歪んでますねえ、最高です」


阿久津は金庫を開け、手際よく三百万を用意した。


「はい、どうぞ。利息はいつも通り、トシ恵さんの年金口座から引き落としておきます」 「ありがとう、阿久津さん。貴方だけよ、親心を理解してくれるのは」


トシ恵は札束をバッグにしまうと、またあの上品な奥様の顔に戻った。 帰り際、彼女はふと思い出したように言った。


「そうそう、あの子の誕生日、来月なの。……お店のオーナーに言って、また大きなシャンパンタワーを入れさせてあげて。請求書は、あの子に回すように」


「承知しました。最高のプレゼントになりますね」


ドアが閉まる。 部屋には甘いアップルパイの香りが残された。それはどこか、腐りかけた果実のような濃厚な匂いだった。


「……金城、お茶淹れ直して。渋いやつ。胸焼けがする」

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