あの虹の麓で
ご覧いただきありがとうございます。
赤蔦屋久満と申します。
この作品は私が初めて書いた作品となります。
虹の麓で出会った2人の男女の叶わぬ儚い恋を書きました。
ぜひ皆様最後まで読んでいただけると幸いです。
雨上がりの午後、まだ空気の奥にかすかに湿り気が残っている頃だった。川沿いの土手を歩いていた美雪は、不意に色彩の橋が空へと伸びているのに気づいた。雨粒の名残が光を拾い、はっきりと七色を描く虹――その麓が、まるで手を伸ばせば届くほど近くに見えた。
虹の向こうから、誰かが歩いてきた。
傘も差さず、濡れた髪を無造作に払う青年。光に滲んだ輪郭が、虹の一部のように柔らかく揺れている。美雪は息を飲んだ。
「君も、虹を追ってきたの?」
青年が笑う。声は驚くほど穏やかで、胸の奥の弱い場所をそっと撫でるようだった。
「…ええ。虹の麓には幸せが落ちてるって、子どもの頃から信じていたの」
「僕も。同じだね」
その一瞬の共通点が、長く続く会話の扉を開いた。
二人は並んで歩き始めた。濡れた草を踏む音、水たまりに落ちる靴音、遠くから聞こえる電車の走行音――ふだんなら雑音にすぎないものが、今日はやけにやさしく美雪の耳に届く。
青年の名は遼。身の上の話は多く語らなかったが、何も語らなくても不思議とわかるような気がした。遼のまなざしの奥には、静かな痛みが隠れていた。
そして同じ痛みを、美雪もまた抱えていた。
虹の麓に辿り着いた頃、七色は少しずつ薄くなり始めていた。
遼がふっと空を見上げる。
「虹って、消えるのが早いよね。まるで…」
「まるで叶いそうで、叶わない恋みたい?」
美雪の言葉に、遼は驚いたように目を瞬いたあと、切なげに笑った。
「そうだね。きっと僕たちは、そういう季節にいるんだと思う」
風が吹き、虹の色がほどけるように空へ消えていく。
美雪は思った。この人に出会ったのは偶然じゃない。だけど、きっと運命という名の残酷な線路の上には立てない。
遼もまた、消えていく光を見つめながら、小さく呟いた。
「ここで出会えてよかったよ。…でも、僕はもうすぐ遠くへ行くんだ」
美雪は聞かなかった。聞けば、終わりが形になる気がした。
ただ、そっと言った。
「なら、せめて今日だけは。同じ虹を見ていたことを、覚えていて」
遼は頷き、美雪の手を優しく包んだ。触れた指先は、雨上がりの風よりも儚かった。
やがて手が離れ、遼はゆっくり歩き出す。
虹は完全に消え、空には夕焼けの赤だけが残った。
美雪は立ち尽くしながら思う。
――あの虹の麓で、たった一瞬交わった心。それは叶わない恋だったけれど、確かに自分の胸に灯った光だった。
その光はきっと、すぐに消えてしまう。けれど、美雪は信じていた。消えるものだからこそ、こんなにも美しく、こんなにも愛しいのだと。




