大学生の不審な死
この物語は、私の故郷・岩手に伝わる伝承をヒントに生まれました。
「座敷わらし」といえば、人に幸運をもたらす存在として知られていますが、私はふと考えたのです。
――もし、彼ら自身にも“叶わなかった願い”があったとしたら?
幸せを運ぶはずの存在に宿る、静かな悲しみ。
そんな想像から、この物語は始まりました。
初めての作品ですが、読者の皆さんにも、なにか感じていただけたら嬉しいです。
風が窓枠をカタカタと揺らす。どこか湿った空気が部屋に入り込んでいて、いつもよりスマホの画面が曇って見える気がした。
秋田県秋田市にある古びたアパートの二階。六畳の和室に腰を下ろし、冴えない表情でスマホをいじっている男がいた。
太田裕司――どこにでもいる平凡な会社員だ。
覇気のない目で画面をスクロールしながら、彼は退屈な休日をやり過ごそうとしていた。
今日は4月13日。裕司が勤める会社は完全な土日祝休みで、今年のゴールデンウィークは4月26日から5月6日まで、まるまる休暇になる予定だ。
安月給には不満もあるが、この休みの多さだけは気に入っていた。旅行の予約ひとつ取っていないことを思い出し、なにをして過ごそうかぼんやりと考えていた。
(ピコン)
スマホの通知音が鳴った。
SNSのタイムラインに、目を引くポストが流れてきた。
「宮城県仙台市・広瀬川に軽自動車が転落。中から男女あわせて10人の死体」
裕司は一瞬、眉をひそめた。
「軽に10人? ……ありえないだろ。」
投稿の元ネタを確かめるべくニュースを検索し始めた。
「あった、これだ」
(宮城・広瀬川で軽自動車転落 車内から10人の遺体 集団自殺の可能性も)
【13日午前4時15分ごろ、宮城県仙台市青葉区の広瀬川付近を散歩していた近隣住民の男性(67)が、川の中を漂っている軽自動車を発見し、110番通報した。
消防と警察が駆けつけ、引き上げられた車両の中から、男女あわせて10人が発見された。全員の死亡が現場で確認されている。
発見されたのはダイハツ・タントとみられる軽自動車で、通常は最大でも4人乗りの仕様。だが車内には、明らかに不自然な形で10人が密集していた。
運転席には1人、助手席には2人。膝の上にもう1人が座るようにして乗っていた。同じ様にして、後部座席には3人が並んで座り、その3人の膝の上にさらに3人が座るように乗っていた。残る1人は荷台スペースにうずくまるようにして乗っていた。
全員が大人とみられ、血痕や目立った外傷は確認されていない。現在、宮城県警仙台中央署が身元の特定を急ぐとともに、事件・事故・自殺のいずれかの可能性を含めて慎重に捜査を進めている。」
ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。
裕司は、スマホの画面を見つめたまま、何とも言えない気味の悪さを感じていた。
「男女10人が集団自殺……か」
そういえば昔も、知らない者同士がネットで“死に仲間”を募り、一緒に命を絶ったというニュースがあった。今回も、あれと同じなのかもしれない。
画面を閉じたあとも、事件の異様な情景を想像してしまい、脳裏から離れなかった。
裕司は、なんとなく――本当になんとなくだが、こういうことを“やってしまう”人間の気持ちが少しだけ分かる気がした。
今年で26歳になる。安月給。彼女もいない。毎日会社と家を往復するだけで、唯一の楽しみはNetflixで映画を見ること。
このまま年を取って、何もないまま人生が終わっていくのかと思うと、胸の奥に冷たい石が沈むような気分になる。
“人生は暇つぶし”なんて言葉があるけれど、たった一度しかない人生なのに、これでいいのか――そう自問したくなることがある。
そんな悩みすら贅沢なのかもしれないが、それでも、時折感じる虚しさと絶望感があった。
まだ事件の真相はわからないが、あの10人の男女は、それぞれの絶望を抱えて、人生を終わらせることを選んだのだろうか。
ピロリロリン――LINEの着信音が、静かな部屋に鳴り響いた。
画面を見ると、高校時代からの友人・明宏からだった。
「裕司、今日ヒマ?近くに最近できたラーメン屋があるんだけど、昼メシ一緒にどお?」
さっきの気味の悪いニュースで、気分はどんよりと沈んでいた。そんなときに届いたタイミングの良い誘いに、裕司は思わず口元を緩めた。
「行く。待ち合わせ場所は?」
「んじゃ、秋田駅近くのローソンで11時は?」
「ん、わかった。また後で」
裕司はスマホを置くと、布団から腰を上げた。 着替えを済ませ、財布とスマホをポケットに突っ込む。窓の外はどんよりとした曇り空だったが、それでも誰かと会えると思うと少し気が晴れる気がした。
待ち合わせ場所のコンビニが見えてくると、本のコーナーで立ち読みしていた男が顔を上げ、こちらに気づいて笑顔で手を振った。
「よう、早かったな!急に誘っちゃってごめん、何かしてた?」
「いや、ちょうど暇してた。誘ってくれて助かったよ」
「なら良かった!ラーメン屋、ここから歩いて10分くらいなんだけど、話しながら行こうぜ」
こういう親しみやすさは、昔から変わらないなと、裕司は思った。
道すがらの会話で、明宏もゴールデンウィークに特別な予定はないことがわかった。彼女もいないらしい。
「明宏ってさ、見た目もいいし、性格も悪くないし、稼ぎもそこそこあるのに……何で彼女作らないの?」
「うーん、まぁ面倒ってのもあるけど、別に今は焦らなくてもいいかなって。趣味もあるし、一人が気楽なんだよね」
「へぇ、趣味って何やってるの?」
自分はNetflixぐらいしか楽しみがない。それに比べて、明宏の生活はなんだか充実しているように思えた。
「心霊スポット巡りだよ」
「は?マジで?一人で行くの?怖くないの?」
「いや、実はYouTubeやっててさ」
「えっ?マジで?チャンネル名は?」
明宏はスマホを取り出し、画面を見せてくる。
「『霊ちゃんねる』。これ」
「……登録者数30万人!? すげぇじゃん!」
明宏はちょっと照れたように笑ってスマホをしまった。
「まさかこんなに伸びるとは思わなかったけどね。趣味で始めたら、意外と心霊って人気あってさ」
「いや、普通に尊敬するわ。もっと早く言ってくれても良かったのに」
「恥ずかしかったんだよ。でも今日言えてよかった。いつか話そうと思ってたからさ」
そう言った明宏が、ふと立ち止まる。
「そうだ、ちょうど良い話があるんだけど――お前、ゴールデンウィーク暇だよな?岩手に観光がてら、心霊スポット行こうと思っててさ。良かったら一緒に来ない?カメラまわすの手伝ってくれたら、ギャラもちゃんと出すよ」
「……え?」
裕司は言葉に詰まった。
無趣味な自分にとって、有名YouTuberの撮影に同行できるなんて滅多にないチャンスだ。カメラの裏側を見るのも面白そうだし、ギャラまで出るならなおさらだ。
でも、問題は行き先だった。
心霊スポット――幽霊が出るかもしれない場所だ。
「うーん、暇は暇だけど……幽霊に取り憑かれたら嫌だしな……」
明宏は肩を震わせて笑った。
「意外と裕司って、霊とか信じるタイプだったんだ?高校の時さ、俺がオカルト雑誌持ってきた時、お前が何て言ったか覚えてる?」
「……心霊写真も現象も、全部偶然と気のせい、だろ?」
「そう、そう!」
懐かしさと、ちょっとした恥ずかしさが込み上げてきた。