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PLS  作者: 城弾
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第18話「A Day in The Girl’s Life」Part4

 店内の男たち。その一部はまりあたちを見てぎょっとなる。

 正確に言うとそれはその中にいる一人の少女を見てだ。

「なんでここに?」

 そんな表情だ。


「どうしたのでしょう?」

 不思議に思う詩穂理が誰ともなしに尋ねる。

 さすがに自分自身が原因とは考えなかった。

「さぁ。美少女がそろっているから注目されてんじゃない?」

 これはなぎさ。

 ナルシストなわけではなくジョークであるのだが

「……なぎささん。なんか、火野君みたいなこと言うわね……」

 げんなりした感じでまりあが切り返した。

 恭兵は本当にその手の発言は多い。

 一年の時も同じクラスで散々その「妄言」を聞かされて辟易としていた。

 それだけならまだしも、自分の美貌を鼻にかけ、落ちない女子はいないと考える彼は、一目で気に入ったこの美少女にしつこくアプローチをかけた。

 童話の「北風と太陽」ではあるまいが、その強引さで逆にまりあに嫌われた。

 現在はまりあとなぎさの「同盟」関係もあり、また彼に惹かれて優介が寄ってくることが多いので、つかず離れずの関係ではあるし、ややまりあの態度も軟化している。


「それで、探し物の本は?」

「ああ。参考書よ」

 さすがに移動の間に言い訳を考えていた理子。無難な答えを告げる。

「それだと一階でいいみたいですね」

 実家が本屋だし、詩穂理自身が本好きでよその本屋で購入することも多々あり、本屋の構造について見当をつけるくらいはできた。

「ありがと。それじゃいきましょ」

 参考書は本当に買う必要があった。

 ただそれは翌日の学校帰りにと思っていたのだが、それをここに持ってきただけだった。


 実際に参考書を買い、ただそれで終わるはずだった。

「ひゃーっ。こんな字ばっかのよく読めるね」

 すべての体育会系がこうではあるまいが、なんとなく「体育会系系の人間は本を読まない」という風評被害でも与えそうななぎさの発言。

「美鈴もちょっと難しいです」

 体力が絶望的になく運動が壊滅的。それほどではないものの勉強も軽く苦手な美鈴が同意する。

「新しい知識を得られたり、昔学んだことの意味理解できたときは楽しいですよ」

 詩穂理は反論というほどではなく「勉強の楽しさ」を言葉にする。

「付き合ってくれてありがとう。それで。詩穂理さんのは?」

「私は帰りに軽く覗くつもりだった程度ですので」

 これでそれも済んでしまったということらしい。

 それだけのはずだった。そこに爆弾を落とした人物。

「それならわたし『び―える』って読んでみたい」

「「「「ええええええっ????」」」」

 よりによって一番そういうのと縁遠いお嬢様の発言にみんな驚く。

「なぁに? みんなして」

 当人はきょとんとしている。

 「爆弾」を落としたとも思っていない。


「た、高嶺さんっ。それ……読むんですかっ!?」

 詩穂理の声も裏返り気味だ。

「うん。優介が夏にあった『まんがのお祭り』でそれ目当てにしてたし」

 その時に実際に「薄い本」を読んでいたのだが、それを忘れたのか。それとも再挑戦なのか。

「わかってんのっ!? まりあ。男が男を好きになる話だよ!?」

「そうらしいわね。だから知りたいの。男の子を好きになる男の子の気持ち」

 もちろん優介のことを指している。

 9月には優介に好かれようとするあまり、5日ほど男子として通学していたまりあである。

 今度はそちらからということらしい。

「てもでもっ。まりあちゃんっ」

 あたふたする美鈴を理子が制する。

「いいわ。付き合うわ。実際に見ればわかるでしょ」


 そのビルの6階が「女子向け」エリアであった。

 「気合の入った」可愛らしい格好の女子も数多く。

 図らずもまりあの私服もそんな系統。

 そう。見た目だけならまりあも「腐女子」に見えた。


 しかし反応はあまりに違っていた。

 ぱっと見で内容がわかるようにと漫画を読まされた。

 読み進めていくうちに赤くなり、終いには顔全体が真っ赤になるまりあ。

「やっぱりダメーっ。無理―っ」

 大声でダメ出しをしてしまった。

 そっち系の女子たちに睨まれる。

「ば、バカ」

 放り出したコミックをなぎさがキャッチ。

 事故ならまだしも、投げ出して落としたら弁償で買い取りとなるだろう。

 そうならずに済んだ。

「ダメじゃない。売り物なのよ」

「だいたいあんた。一度その『まんがのお祭り』で読んだだろ」

「そうなんだけど。あの時は知らないで読んだからびっくりしたの。だから承知したうえでならと思ったけど……うう。わかっててもだめ。男の子同士でキスしてたのよ」

「それで投げちゃうんじゃ読まない方がいいですね」

「もっとすごいの?」

 涙目になっているまりあ。並はずれた美少女だけに女の身でもドキッとなる一同。

「そりゃあもう……普通の男女なら赤ちゃんできることをしてますから」

「え……えーっと」

 詩穂理の言葉が処理しきれてないお嬢様。17歳箱入り娘。

 きっと父親に過保護に育てられたんだろうなとみんな思う。


「でもでもっ。そんなすごい詩穂理さん、読んだの?」

 ギクッ。図星をつかれた。

「詩穂理ぃー」

「前から思っていたけど詩穂ちゃんて、割と大人だよね」

 美鈴らしい控えた言い方だ。

 なぎさなら「エッチだね」と直球で言っていたであろう。

「た、単なる知識ですよ。それに女性がそういう気持ちになるのはいけないことじゃありません」

「まぁそうよね」

 しどろもどろの詩穂理の弁明を理子がフォローした。

 学際ライブでは理子がドラムで詩穂理がベース。リズム担当の二人ゆえに少し親近感がわいたのかもしれない。


「女の人のほうがそういう気持ちにならないと『合意』はあり得ないことになるわ。そうすると町の妊婦さんは、みんな強引にされた結果ということになるわ」

「それは嫌だね。赤ちゃんはやはりお母さんとお父さんの愛の結晶であって欲しい」

 どうでもよいがこっちも性知識がきちんとしているのか不安なイメージの美鈴である。

 よくて中学生。ひどいと小学生に間違われる子供っぽさと体格・顔立ちだ。

「ふふっ」

 不意になぎさが笑う。

「女の人か。別に女がそういういい方しないわけじゃないけど、なんかやっぱりあんたは男なんだねって感じ」

「そう? まぁ確かにこんな体だけど、男を相手にするのは抵抗あるわ。卒業したら極力本来の姿でいるつもりよ」

「そうかぁ。それじゃ女の子の理子とは、今だけのお友達なのね」

 考えもしなかったまりあの言葉。

 いや。それ以上に「女子でいるのは期間限定」という事実を再認識したら、なぜかそれを残念に感じたことが衝撃的だった。


「上に行ってみない。なんだかさっきから凄い人たちが行ってるし」

 再びごまかしにかかる。

「そうだね。なんかちらほらあたしたちのほうも見られている気がするし、気になってたんだ」

「何かしてんのかな?」

 その場のノリで一同は上の階へと昇ってしまった。


「…………」

 絶句する五人の少女。

 そこは売り場ゆえにこの面々でも入れたが、この日はイベントがあった。

 それはサイン会。その主役と思しき女性のポスターが壁一面に貼られている。

 裸身に男性用のワイシャツの身をまとった女性。

 胸元を大きなふくらみが押し上げている。

 だが詩穂理を見慣れている面々からすると、そこまでの迫力を感じない。

 単純にGカップには至らないのだろうと思われた。それでも大きい胸には違いない。


 茶色の短い直毛が大きくイメージを違わせていたが、その顔は確かに知っている。

 特に軽く釣り気味の目は眼鏡越しによく見ていた。

「詩穂理……さん?」

 そう。まりあがつぶやく通りそのポスターの女性・美愛みめくるみは、詩穂理とうり二つだった。

 ポスターの女は眼鏡をかけてないし、化粧もしているが、詩穂理は何度か同様の状態になった顔を見せていたのでイメージが結びついたのだ。

「あ……ああ……」

 フリーズしてしまったのは当の詩穂理。

「こ、これが詩穂理にそっくりというポルノ女優……」

「た、確かにそっくりだね」

 くるみ目当ての男性客なら「見知った顔」の詩穂理に目が向くのはもっともだ。

(だからちらちらと見られていたのね……)

 理子は冷静だ。しかし顔が赤い。


「いやぁーっ。ダメーっ。みないでくださぁいっ」

 突如としてポスターの前に立ちはだかり、やや小柄な体躯でそれを覆い隠そうとする眼鏡の少女。

 最初は無視していたか、ファンの女性を否定されたと腹を立てる男性ファンだったが

「おい。あの子」

「くるみさん?」

 こともあろうにAV女優と間違えられた。

「いや。くるみさんはもっとハスキーだけどこの子はきれいな声だし」

「けど妹か何かじゃ?」

 一気に男性客の視線が集まる。それが突き刺さり動けなくなる詩穂理。

「何してるんだよ。あんたは」

 それをかっさらっていったのはなぎさだ。

 詩穂理を抱えてお姫様抱っこで、あっという間にその場から逃げていく。まさに電光石火だった。

 あわててついていく後の三人。


 エレベーターを待ちきれず階段を下ったなぎさをそのまま追ったので、一同書店の前で呼吸を整えるのが精いっぱいだ。

 当のなぎさは詩穂理を抱えていたにもかかわらず涼しい表情だ。

「あー。恥ずかしかった。詩穂理ぃ。気持ちはわかるけどさぁ」

「……はぁ……はぁ……ご、ごめんなさい……はぁ……」

 赤い顔。荒い息。上下する胸。そしてAV女優が務まるのが証明されている顔。

 それを面と向かってみてしまったなぎさは、変な気持ちになってしまい怒るどころじゃなくなった。

「茶髪のほうは校則違反でしないとしても、道理で暑い時期でも髪を切ったりしないはずね」

 転校生の理子が事情を知らなかったのもあり、ここで初めて納得した。

「はい。少しでも印象を変えたくて。眼鏡もそういう理由です。コンタクトが怖かったのもありますけど」

「でもさぁ、仕事は仕事なんだし、そこまで嫌わなくたって」

 なぎさが無神経に言う。

「でも嫌なんです。同じ顔の女性がラブシーンを演じているのは、私のそういうところを見られているようで」

 それが逆に詩穂理のラブシーンをイメージさせしまった。

「やっぱり……最初は風見君とキスなのかしら?」

「それで風見君が詩穂ちゃんのお洋服脱がせて」

「うわ。詩穂理ったら大胆。風見君も驚くわ」

「どうしてみんなそってヒロくん相手にしているんですかっ」

「「「他に誰がいるの?」」」

 示し合わせたかのようにハモるなぎさ。美鈴。まりあ。

「そうね。前から思っていたけど詩穂理さんと風見君。所構わずいちゃいちゃしてて、そのうちに職員室で指導されるんじゃないかと思ってたわ」

「澤矢さんまで!?」

 元々は理子に誘導された形なのに、これでは詩穂理の立つ瀬もなかった。


 なんとか詩穂理も落ち着き、そろそろ帰ろうという頃になった。

 ゆっくりと夕暮れの街を駅と向かって歩いている。

「どうだったかしら? 今日一日」

 主催者であるまりあが尋ねる。

「ええ。楽しかったわ」

 愛想ではなく、本心から言う。

 それが証拠に屈託のない笑顔だ。

 男としてはいつ女になるかわかったものじゃない体質。

 ゆえに「いっそのこと」と最初から変身した状態で通学しても、決まってばれる。

 いつしか転校先での友人作りに絶望して、すっかり醒めきってしまった。


 しかしこの日一日。

 女の子として過ごしたこの日。

 みんな自分を「ただの女の子」と扱い、友人として接してくれていた。

 それが嬉しかった。だから心から笑い、そして楽しかった。

 かりそめの存在だけになおさら胸に強く刻まれた。


「あの……あなた達のこと、呼び捨てにしていい?」

 理子が頬を染めて言い出した。

 一瞬はきょとんとする詩穂理。美鈴。なぎさ。

 だがすぐに笑顔に変わる。

「もちろんだよ。理子」

「よろしくね。なぎさ」

 固い握手を交わした。

「それじゃ美鈴も理子ちゃん呼んでいい?」

「もう呼んでるじゃない。美鈴」

 こちらは両手でやんわりと握る。

「よろしくお願いします。澤矢さん」

「……まあいいわ。それが詩穂理さんの流儀みたいだし」

 詩穂理が苗字で呼ぶせいか、理子も詩穂理にはさん付けだ。

「ふふっ。卒業まで一緒よ。理子」

「気が早いわね。とりあえずは今度の修学旅行でしょ。まりあ」

 自然な微笑みを向け合う二人。


 そこにはもう「孤高の美少女」はいなかった。

 物静かだが、決して醒めていない一人の「女の子」だった。


「あー。せっかくだから本屋さんで京都のガイドブック買えばよかったぁ」

 美鈴の言葉で爆笑か起きる。

「予備知識なしもいいじゃない。みんな一緒ならきっと楽しい京都修学旅行になるわ」

 理子がクールで無くなってきた。


 さらに駅への帰り道を進めている。

「あっ」

 何かを見つけたまりあが駆け出した。

「ちょ、ちょっとまりあ。どこに行くのさ?」

「教会!」

「教会?」

 言葉の意味は分からなかったが、とりあえず追いかけていく一同。


 追いついた面々はまりあに文句を言おうと思ったが言えなかった。

 そういう場所でないのもあるが、その光景に女の子たちは言葉を失った。

 結婚式を終えたのであろう。新郎新婦が出てきた。

「きれい」

 遠巻きに花嫁たちを見ている美鈴たちが見とれていた。

 眼前の「お嫁さん」はまさに童話のプリンセスのように美しかった。

 小さな頃にあこがれた光景が目の前に。

 少女趣味のまりあが飛びつくはずだと、理子は思った。

 いや。似たような趣味の美鈴もだが体育会系のなぎさも、文系にして理系の詩穂理も、まるで幼い女の子のように花嫁に見とれている。

 近い未来に自分がなるであろう姿に。

(こういうところはやっぱり本物の女の子ね。私はそこまではなってないということかしら)

 もう女の姿をしている時は思考の際も女言葉の理子だが、ここまでは至らない。


「あの、ここにいてもいいんですか?」

 大人相手のことが多いまりあが、そういうところには気が付いてちゃんと許可を求める。

「おう。いいとも。これも何かの縁だ。御嬢さんたち。私の娘がブーケを投げたら受け取ってくれよ」

 どうやら花嫁の父親らしい人物にそこにいていいと言われたので、ブーケ争奪の輪に加わるまりあ。詩穂理。なぎさ。美鈴。

 さすがに理子は遠い位置にいる。


「行くわよ」

 花嫁がブーケを投げたその瞬間。信じられない突風が吹いた。

「わっ」

 思わず構える理子。風が弱くなってふと見たら目の前に飛んで来たものが。

(え?)

 反射的に手を出したらブーケをキャッチしてしまっていた。

「ええ? 次にお嫁に行くのは理子なの?」

 とる気満々だったまりあが若干恨みがましい視線を送ってくる。

「あ……はははは」

 これも一つのドジなのか。

 本来は男なのに花嫁が投げたブーケを受け取ってしまった理子は、乾いた笑いをあげるしかなかった。


 方向音痴の理子が迷子にならないように、自宅まで送ってから一同は解散した。








(ああ。今日は楽しかったなぁ)

 入浴中の「理子」は体を洗っていた。

 通常ならさっさと男に戻っているのだが、この日の余韻で元に戻ってしまうのは名残惜しかった。

 変身を解除しないぎりぎりの温度で体を洗い、少女のままでいた。だが

(うん。現実から目をそむけちゃ駄目ね。私は男なんだし。この姿はあくまでかりそめのもの。元に戻らないと)

 熱い湯につかった理子は、本来の理喜……男の姿に戻った。








 その夜。「理喜」は夢を見た。いや。「理子」と呼ぶべきか。

 ウエディングドレスに身を包んだ「理子」が、満面の笑顔で新郎に抱きかかえられて教会から出てきた。

 ライスシャワーを浴びているまりあたち。その中で二人の顔が近づく。

「きれいだよ。理子」

「優介。これで私たち結ばれたのね」

「何言ってんのさ。とっくだろ」









 二人の唇が重なったところで理喜は悲鳴を上げて跳ね起きた。

(な、なんでこんな夢を……)

 荒い呼吸をしている。

 パジャマの胸元はまっ平ら。それが上下している。


(いまはっきりした。私が男と女。どっちで優介を好きになってしまったのか)

 夢の中の理子はお腹が大きかった。


(結婚式はともかく花嫁衣装。そして妊娠なんて男の願望じゃないわ)

 肉体は男なのに女言葉で考え出した。

(しかもその相手に優介なんて……やっぱり私、女として優介のことを)


 優介の態度が一人の少年を「少女」へと変えてしまっていた。



次回予告


 修学旅行。恋する少女たちを乗せて新幹線は走る。古都・京都を舞台に珍騒動が巻き起こる。

 そして女として優介に恋をしていることを自覚した理子の動向は?

 次回PLS 第19話「Love Train」

 恋せよ乙女。愛せよ少年。

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