第12話「8月の長い夜」Part2
はじめに女子だけで楽しみ、それから男子を交えてという展開を目論んでいた。
グループで回っているうちにそれとなくそれぞれの組に別れると。
その本命の時間が来た。
最初の待ち合わせと同じ場所。鳥居にひときわ目立つ大男。大地大樹。
どういうわけか迷彩柄のタンクトップとズボン。ただでさえ顔が厳つい上にプロレスラー並の筋肉。
リーゼントも「不良」と言う偏見を招く。
そしてこんな「戦闘」を意識させる柄を身に纏われたらいるだけで威嚇になってしまう。
「気は優しくて力持ち」を地で行く男なのだがその風貌で誤解されていた。
無口なのもそれを助長する。
「学園の貴公子」。火野恭兵はさすがに見事だ。TPOをわきまえ浴衣である。
藍色の浴衣自体は地味だが、逆に金髪やシルバーアクセを際立たせていた。
無頓着なのが裕生だ。どうやら通学同様に自転車できたらしく動きやすいTシャツとジーンズと言うラフなスタイルだ。
その彼にまとわりつくのは
「何してんのよ? 優介」
美少女台無しのしかめっ面。それも無理はない。
優介は裕生の腕に自分の腕を絡めていたのだ。
「なにって…見ての通りだよ。腕組んでる」
まるで恋人であることをアピールするかのようだ。
しかも優介は紫の浴衣。
紫と言えば「その筋」のカラー。
その女性的な顔立ちと華奢といっていい体躯で、男ものなのに「女装」しているかのように見えた。
いや。かもし出す空気が「男に対する心」を滲ませていた。
不可解なのは裕生。振りほどこうともしない。
その後ろに呆れ顔の千尋。赤い顔で見ている双葉。興味津々なアンナの一年生トリオもいた。
どうやら千尋は裕生と。双葉は大樹とそれぞれ兄に同行してここで合流だったらしい。
千尋は藍色。双葉は緑。アンナは黄色の地にひまわり柄の浴衣だ。
「ヒロ君も離れてッ」
詩穂理が詰め寄る。普段はクラスメイトの女子相手にさえ敬語の彼女だが、さすがにここは平静ではいられず敬語で無くなっている。
美鈴ほどではないが非力な部類にはいる彼女は強引に振りほどこうとはしない。
「ああ。これも練習だよ。特撮じゃ男が女を演じることなんて珍しくないしな」
怪人に限らず主役サイドの女戦士を男性が演じるケースは多々ある。
やはり女性では筋力の問題でどうしてもアクションが見劣りするケースが多い。
ゆえに男性が女性を演じるのは珍しくない。
男同士で男女の抱擁なども演じるケースがある。
「そう言うこと。お前じゃ無理でしょ。そんな邪魔なものがあっちゃ」
どこか妖艶な言い方の優介。視線は胸をさしている。
女性がスーツアクターに向いてない理由の一つに胸の問題がある。
とにかく窮屈なスーツなので胸が大きいと余計にきつい。
揺れただけで痛むものではアクションにも巨乳は不向き。
またそれとは別に女性の非力さ。そして女性特有の「動けない日」も理由としてあげられる。
「……確かに私ではアクションなんて出来ません。でも女優の方ならもしかして」
理知的な詩穂理もさすがに好きな相手を男に取られかかっては冷静ではいられない。
無茶なことを口走っているのに気がつかないほどだ。
「胸がでかけりゃいいのはグラビアアイドルくらいじゃないの?」
優介を女嫌いにした原因は姉二人の過剰なスキンシップ。
そしてこれが揃いも揃って胸の大きな美人。おかげで優介はその手の相手に対しては何も感じない。
むしろ容赦なかった。
詩穂理も胸の大きな美人だった。だからか手加減は一切無しで優介の攻撃。
心なし女が女を敵視する場合に似ていた。
「それならグラビアアイドルから女優になれば……!?」
詩穂理の方も「女相手の」口げんか気味になってきた。
そしてこのセリフは自分と瓜二つのAV女優の存在が言わせた。
つまり芸能界で通用する顔と心のそこで思っていた。それに気がついた。
(わた…私、なんてことを。でもグラビアなら誘いが)
夏の海で。そして同人誌即売会のコスプレで同じ女カメラマンから誘われている。
自分の「思い上がり」に混乱した詩穂理は気持ちの整理がつかず涙を流しかける。
「離れろ」
女の涙は見たくない。それが自分を恐れず笑顔を向けてくれた女ならなおさら。
そして詩穂理もその顔と胸で「過剰な女らしさ」が出て偏見に悩まされている。いわば同類。
それに対する思いも手伝い、大樹はその剛力で優介を裕生からはがした。
「大地君。こっち。こっちよ」
まりあが自分に渡すようにアピールしている。大樹はその通りに優介をまりあに引き渡した。
「ありがとー。美鈴さんとあなたも仲良くね」
上機嫌のまりあ。それに対しまるで逮捕でもされたかのような優介のリアクション。
「ひどいよ。大地君。僕との愛は嘘だったの?」
男としてはかなり高い声がよくとおる。
「だ、大ちゃん?」
「お兄ちゃんッ!?」
嘘八百を真に受けるのは好き過ぎるゆえか。青くなる美鈴と双葉。
「たわごとだ」
心配そうな表情の美鈴と双葉に一言で否定する巨漢。
今度は傍観者になったせいか興味深そうに見ている千尋。
「優介ぇー。一緒にお祭り回りましょ」
絡みつくまりあ。それを苦悶の表情で逃げようとしている優介。
「放せぇーっ。お祭りを女なんかと回ったら末代までの恥。ぼくは彼らとまわるんだぁー」
(普通は逆じゃないの?)
心中で突っ込むなぎさ。
「さぁ。ヒロ君も…あら?」
この隙に愛しき少年を助け出そうとしていた詩穂理だが、肝心の裕生がいない。
「シホちゃん…あっち」
半目で千尋が呆れたように言う。視線の先は夜店のおもちゃ屋。派手に並ぶアニメキャラや特撮ヒーローのお面。
「おーっ。今年はやっぱハイパーフェクターか。おっ。すげぇ。もう新バージョンがお面になっている」
あっという間にヒーローのお面にひきつけられていた。
「ひ、ヒロ君。待ってください」
元々「トロイ」上になれない浴衣と下駄。覚束ない足元だがなんとかパフォーマンスを始められてしまう前に追いついた。
だが裕生はお面ではなく下の方を見ていた。
「これは……」
男児向けばかりではない。女児向けのおもちゃもある。彼はふと優しい表情になる。
「シホ。手を出せ」
顔をあげ詩穂理に向き治ると唐突に切り出す。笑顔のような真顔のような不思議な表情だが悪意は感じない。
「えっ? は、はい」
わけがわからないまま反射的に「左手」を出してしまう詩穂理。
「よし。それじゃ」
裕生は詩穂理の左手をとり、空いた手をゆっくりと寄せる。
「ヒロ君?」
手にしていたのはおもちゃの指輪。おもちゃと言えど指輪。それを好きな男の手で。
「ひひひひひ…ヒロ君っ!?」
指輪と認識したら完全に舞い上がる秀才少女。
「きゃーっ」
黄色い声が友人たち。そして幼馴染の少女の口から発せられる。
「あれ? おーい。千尋。指輪ってどの指だっけ?」
「薬指! 左手の薬指。はめたら愛の誓いの言葉も忘れないでねっ」
「ち、千尋ちゃんッ!?」
「アニキと二人。お幸せにねー」
いつもなら「人前で恥ずかしい」と怒鳴りつける妹だがこの場は完全に裕生の味方だ。
そしてすっぽりと根元まで指輪がはいる。詩穂理は完全に赤くなって下を向いている。
けどその表情も決して不快には見えない。逆だ。幸せすぎて戸惑っている。
「へぇー。大人でも入るのがあるんだな。おっちゃん。これいくら?」
言われた金額を主に払う。その間も詩穂理は固まっていた。
「懐かしいな。昔もあったよな。こんなこと」
「そ、そうね」
忘れられない。愛の誓い。例え子供の遊びでも詩穂理は本気で愛を誓っていた。
「やるよ。今はこれがオレの給料三か月分な」
詩穂理はただ黙って赤くなる。白い肌が熱くなる。
しかし決して嫌ではない。例えおもちゃでも好きな相手に左手の薬指に指輪をはめてもらえたのだ。
これに当てられたのがまりあ。無理を承知で「ダダをこねる」
「いいないいな。詩穂理さん。優介ぇ。わたしにも指輪ちょうだい」
「よし。待ってろ」
「え?」
まりあにしても「言って見ただけ」で期待はしてなかった。
それだけにまさかの展開。
みんなの前で左手を持ちあげられる。
「ゆ、優介?」
高鳴る鼓動。逃げる優介を追いかけまわす時は強気だが、いざ自分が「攻められる」と途端にもろさを見せる。
そのあたりは受身になることの多い女の子ゆえか。
恥ずかしさから頬を染め、うつむき加減に。
元々が並外れて整った顔立ちである。それがまさに絵になった。その「絵」にひきつけられた存在が多数。
縁日である。小さな子供も多い。女の子からしたら王子様のような美少年が、お姫様のような美少女の指にリングをはめようとしているのだ。
注目をしてしまう。まるで芝居の観客である。
当の本人はいつものハイテンションはどこへやら。完全に硬直していた。
(ああ。優介がわたしに指輪をはめてくれている。それも左手の薬指に)
世間知らずのまりあも女の子。その指にはめる指輪の意味は理解していた。
それだけにありえないほど舞い上がっていた。
すっぽりはまると固唾を飲んで見ていた童女達から歓声が。
当の「お姫様」は贈り物に陶酔していた。
何しろ優介本人が指輪をおとりに逃げたのを気がつかないほどである。
「優介ーっ。どこにいったのよーっ」
気がついたときには既に人込みにまぎれていた。
「まぁまぁまりあ。エスコートなら僕がしてあげるよ」
ここぞとばかしに名乗り出る恭兵。それを見て寂しくなるなぎさ。
まりあは頭を働かせた。なんとなぎさの腕を取ったのだ。
「ま、まりあ? あんたまで同性愛に?」
「考え直せ。まりあ。僕が男のよさをたっぷり教えてあげるから」
幼馴染ゆえか。どこか似たもの同士の二人。
それに対してまりあは意図を説明する。
「あなたと一緒にいれば優介が来るかもしれない。だからつきあってあげるわ。でもあなたと二人だけで歩くなんて何されるかわからないからなぎささんに守ってもらうの」
半分は本音。半分はなぎさとの約束。
まりあつきではあるがこれなら恭兵はなぎさと同行する。
後は頃合を見て自分が逃げればいいのだ。
もちろんそれは優介を見つけたとき。
(水木の奴。こうなるのわかっててなんでここに来るかな? 誰か好きな女でも…ああ。僕らが狙われていたのか)
男の恭兵にしたらは自分が男に狙われるというのが理解出来ない。
(それにしても女が恋愛対象でない相手になんでここまで執着するかな。このお姫様は)
その思念は両腕の柔らかい感触で途絶えた。
右腕をなぎさ。左腕をまりあが取ったのだ。
「ま、まりあ」
「こうすれば優介がやきもち焼いて出てくるはずよ。ちょっとつきあってもらうわ」
恭兵に異存はないはずがない。
(まさかこんな両手に花になるとは…「両手に花」? 違う。なぎさとは違う。こんな人の大事なところを蹴飛ばすような女が僕のプリンセスな筈がない)
大事なところを蹴飛ばされた恨みと言うより、それを平然と出来るのが彼の気に入らないところだった。
振りほどこうかと思ったのだがふとなぎさのうなじが見えた。
常々ポニーテールで露出しているのだがいかに幼馴染と言えどそんなに見る機会のない浴衣姿。
それが新鮮な印象を与えた。
くわえて好きな男と腕を組み、普段の快活さがなりを潜めた彼女に女らしさを感じてしまった。
心なし頬も赤い。
彼にしては「不覚にも」飽き飽きした「腐れ縁の幼馴染」にときめきを感じてしまった。
(……まぁいいか)
その直感じみた「ときめき」に従った。
この時は意中の相手であるまりあとも腕を組んでいたのを失念していた。
こうしてそれぞれの組に別れて夜店回りを始めた。
美鈴は大樹と共に縁日を回っていた。
最初は双葉がくっついてくるのを覚悟していたのだが思いがけない援護射撃。
アンナと千尋が双葉を強引につれていってしまったのだ。
「どれほど好きでも兄妹では結ばれない」と認識しているふたりはそれを理解していない親友を引き離しに掛かった。
元来がおとなしい性格の双葉である。親友二人に「一緒に行こう」と言われて振りきれたりはしない。
半ばしぶしぶだが三人で行く。
想定外の「二人きり」に元々気が小さい美鈴は(肉体的な意味も含めて)小さな胸を高鳴らせていた。
大樹の方も間が持たなかったらしい。
「何か食うか?」
そんな事を聞いてきた。
美鈴は黙ってうなずく。
大樹は焼きとうもろこしとかお好み焼きはスルーして飴の屋台へと出向く。
美鈴の小食を見越している辺り気が回る。
「飴はどうだ?」
見える屋台はそれを売っている。
「りんご飴がいいな」
「わかった」
こんな他愛のないやり取りも好きな異性が相手となると特別だ。
美鈴は小さな幸せをかみ締めていた…が
「すすす、すいませんっ。ショバ代ならもう払っちまって。これ以上払うと赤字なんで勘弁してください」
大樹はりんご飴を指差して「くれ」と言っただけである。
左手には既に代金を用意している。
ところが飴屋の主は大樹を見るなり震え上がって謝りだした。
どうやら彼の迫力がまたあらぬ誤解を招いたようだ。
ちょっと哀しそうな表情になる巨漢。
そこでの買い物を諦めて別のりんご飴を求めるが、そこではいきなり金を出される始末。
「違う」
無口…と言うか口べたの彼は上手く説明出来ない。小心者の美鈴も助け舟を出せない。
その醸し出す空気が雄弁に「その筋の人」と誤解を招いていた。
そしてしまいには
「あんたかい? うちの可愛い子分達を脅しているってのは?」
浴衣姿のツインテールの美少女だった。
中学生くらいか。美鈴ほどではないが小柄。だが気後れせず大の男でもびびる大樹に真っ向から視線をぶつけていた。
「く、久美ちゃん。金を巻き上げていたのはあの野郎ですぜ」
「久美ちゃんって言うな」
その少女。久美は浴衣の懐から「ハリセン」を出して男の頭を「ばぁん」と小気味良い音をさせて叩いた。
出して叩いてしまうまでほんの一瞬。まるで居合いの達人だった。
「だって銀次郎親分がそう読んでたから」
「あんた達まで呼ぶなっ。てゆーかオヤジもいい加減にあたしを子供扱いするなっ」
それがひどく不愉快らしい。つんとした態度で美少女が台無し…否。際立っていた。
それに見ほれた屋台の主は思わず口走る。
「つ…ツンデレ。萌えーっ」
「ツンデレ言うな! 萌え言うなっ!!」
ハリセンを懐から出して右の頬を叩いて、戻りながら左の頬を叩いてしまいこむ。
恐るべき手だれだった。
「おおーっ」
あまりの見事さに野次馬から声が上がる。
「見世物じゃないよっ」
甲高い子供らしい声で叫ぶ。
「くそっ。帝江洲組の威厳も何もありゃしない」
そしてやっと本題。自分の倍はあろう大男に向き直り啖呵を切る。
「さぁ。まずはどこの組の者か聞かせてもらおうじゃないか」
「蒼空学園2年D組。大地大樹」
ゴゴゴゴゴ…とばかしに地響きを立てそうな低い声で大樹は名乗る。
「ふざけてんじゃないよ。あんたみたいな高校生がいてたまるか」
(あああっ。それは言わないで)
影にいる美鈴が心配する。その頭を大樹が軽く触れる。「大丈夫だ」といっているかのようだ。
そのまま尻のポケットから手帳を取り出した。
「見ろ」
それは蒼空学園の生徒手帳だった。顔写真入りで大樹が高校生であることを証明している。
「…………うそ?」
虚を突かれた形の久美は中学生らしいあどけない驚き顔に。
「それじゃてめーらは高校生に負けてたのかよっ」
「誤解だ」
ヒステリックに騒ぎ立てる前に大樹の言葉。低い声が落ち着きをとりもどさせる。
そして話を総合すると勝手に大樹に金を出していたのが判明した。
「バカカッ。よく確かめもせず見た目だけで」
「し、しかし久美ちゃん。それも無理はないですぜ。だって野郎の見た目」
「あぁ?」
言われてしげしげと大樹を見る久美。
2メーター近い身長。筋肉のヨロイに包まれた体躯。鬼のような厳つい顔。
「……あー……あたしが悪かった。確かにありゃ迫力あるわ」
やくざの娘にそんなことを言われた大樹の心中を思うと美鈴は気が気でなかった。
押し付けられた金を返し、誤解もとけたので解決したはしたのだが
「大ちゃん」
美鈴はその非力な手でぎゅっと大樹のグローブのような大きな手を握った。元気付けようとしていた。
巨漢はまるで赤ん坊の手に触るように握り返した。それで答えていた。
結果的に女子側の望む組み合わせで縁日を見て回っている面々。
詩穂理にしても意中の相手である裕生とで幸せであった。
ただし幼馴染と言うのはどうしても思い出話が主体になる。
「懐かしいよな。昔はオヤジや千尋なんかと一緒に回ったけどな」
「そうですね。うちはお姉ちゃんと理穂も」
それが今や二人きりである。邪魔はいないはずだったが
「やぁ。風見。遅れてごめん」
「おう。先に回ってたぜ。上条」
「上条君!? それに若葉さん!?」
その少年。上条明は裕生ともども中学時代の同級生。
上条についてきた赤い浴衣の少女。若葉綾那。切りすぎていた髪がやっとうなじを隠すまで伸びてきた。
「どうしてあなた達が?」
「風見から電話で誘われた」
相変わらず空気の読めない裕生である。もっとも合流時点で他の男の子や女の子もいる。
裕生にしたら増えても大して変わらないと言うつもりだったようだ。
「お前らだけ?」
「ううん。みーちゃんたちも一緒にきたよ」
高校生とは思えない少女の言葉に巨乳の秀才は軽くめまいを覚えた。
(二人っきりなんてとても無理だわ)
そして鳥居の所に少女が一人。
(にぎやかね。少しは私の気分も変えてくれるかな)
切りそろえられたショートカットの黒髪。
白いワンピースに同色の帽子。
マンションから祭りを見下ろしていた少女。澤矢理子がこの地の祭りへと足を踏み入れた。