第8話「Fallin’ Angel」Part4
恭兵と美百合。二人のデートは遊園地でだった。
初デートには向かないと言われる遊園地。
それは待ち時間にまだ付き合い始めた二人では共通の話題が少なく間が持たないからである。
だがさすがに蒼空学園のプリンス。火野恭兵。伊達に付き合った女の子の数は多くない。場数を踏んでいた。
相手の美百合が好みということもあり、巧みな話術で軽妙なトークを続けてゆく。
美百合もその柔らかい声でよく笑う。
背の高い同士。似合いの「カップル」に見えた。
特に美百合は育ちの良さもあり、その上品さがまさに天使のようなイメージを周囲にもたせていた。
やっかみを抱こうにも相手の男があまりにいい男。レベルが違うのである。
しっぽを巻いて逃げ出すだけだ。
ジェットコースターを降りてからのはなし。
「怖かったわねぇ」
何事もなかったかのように平然としているから、今ひとつ恐さが伝わらない美百合の感想。
「ほ、本当に恐かったんですかっ!?」
反対に恭兵はかなりダメだった。脚ががくがく震えている。
速いだけか高いだけならいいが、合わさるといけない。
貴公子として振舞う余裕がなかった。
知り合いの女子である美百合がこの場にいなかったら気を失っていたかもしれない。
優男には優男なりにその程度のプライドは残っていた。
「とっても速かったわね」
「そ、そうですね」
子供のようなストレートな感想ではリアクションも単純にならざるを得ない。
「まるで(速さが)なぎさちゃんみたい」
「なぎさ?」
その名を言われて真っ先に思い出すのは幼馴染みでポニーテールがトレードマークのスプリンター。
「なぎさのことを知ってるんですか?」
ちょっと意外な接点に思えた。
社長令嬢にして家庭科部部長。おっとりのんびりした性格の美百合と、ラーメン屋の娘で陸上部。がさつで男勝りと認識するなぎさの繋がりがイメージ出来なかった。
「由美香と帰るときに由美香が知り合いが部活をしているからちょっと寄り道したの」
「それでそのときになぎさが走っていたわけですね」
「速かったわねぇ。あんなに足の速い女の子は初めて見たわ」
社交辞令ではなく心底感心していた。
実際になぎさは大会で優勝するほどのスプリンターだ。
「アイツは昔から速かったんですよ。小学校じゃ男にも負けてないと思いますよ。さすがに中学辺りからは男も筋肉ついてくるんで勝てなくなったと思いますが」
言ってしまってから後悔した恭兵。美百合がニコニコと微笑んでいる。
(しまった! 何デート中に他の女のことを喋ってんだよ。僕は)
「うふふ。なぎさちゃんのことは詳しいのね」
別に動じた様子もなく美百合は言う。
「腐れ縁なだけですよ」
横を向く仕草は何処か照れ隠しにも見えた。
(弟君。可愛い)
完全に「姉」視点の美百合である。
昼食の時も二人は会話を弾ませている。。
「それでね。由美香ったら相手の男の子に食って掛かっちゃって」
その時の様子を思い出しておかしくなったらしく、笑いで話しを中断する。
「姉さんのやりそうなことですよ」
美百合の親友にして恭兵の姉である由美香の武勇伝である。
「まぁ荒っぽいと言えばなぎさのやつもかなりのもんなんですけどね。春先もチカンを蹴っ飛ばしたと聞きますし」
話しを転がすべくなぎさを引き合いに出した。
校内の痴漢騒動の時のエピソード。美百合も知っているだろうと予測しての「ネタ」である。
「まぁ。恐い。女の子なんだから気をつけないとダメよ」
これは当然の憂い。それに対するリアクションは
「平気ですよ。アイツはそこらの男より運動神経は発達してますから。いざというときは逃げますから心配しなくて良いですよ」
突き放して聞こえなくもない恭兵の発言。
しかし美百合にはそれが微笑ましく聞こえた。
だから彼女は優しい、そして見守るような笑みを浮かべる。
その意味を恭兵は掴みきれなかった。
ゴンドラに乗せられてゆっくり上昇。
そして急降下する。パラシュート降下を模したアトラクションの順番待ち。
「先輩って意外にアクティブなアトラクション好きなんですね」
おっとりしたキャラクターとはちょっとイメージのギャップを感じていた。
「そうかしら?」
相変わらず柳に風の受け答え。
「きっと受験のストレスもたまっているのね。それでかも」
一応は納得できる理由である。
「がんばってください。先輩なら東大だって受かりますよ」
詩穂理ほどではないが美百合も成績は良い。
「胸の大きい女は頭が悪い」というのが俗説に過ぎないと痛感する実例ぞろいである。
ただ言われた美百合は表情を曇らせた。
(やっぱりね)
恭兵は一つの確信をしていた。
そもそもそれをどうにかするためのデートだ。
「ねえ。弟君は私のこと、どんな風に見える?」
恐らくは話題を変えたいのだろう。突然の質問で戸惑う恭兵。
さすがに無難な返答を模索する。
「そうですね。やはり優しい女の人という印象がありますよ」
顔立ちからして攻撃的な要素がない。
大きな胸はセックスアピールというより母性の象徴で。
やや大きめのお尻もむしろ「安産体形」と。
栗色で緩やかなウェーブを持つ長い髪は柔らかい印象を持たせていた。
「そんなことはないのよ」
謙遜とは思えない否定の口調。
「いやいや。これは事実ですよ。それから家庭的」
「そうね。将来はお嫁さん。それからお母さんになりたいから嬉しいわ」
表情が緩んだ。
彼女にとって頭がいいとか言われるよりは、いいお嫁さんになれるという方が褒め言葉らしい。
「それから頭もいいですよね。姉さんが言ってましたけどテストは大抵ベストテンには入っていると」
「ちゃんと授業を聞いているだけよ。それから予習復習も欠かさないわ」
優しげな表情が曇り、口調もやや尖る。
「まさに舞い降りてきた天使ですよ。先輩は」
「……ありがとう」
節目での礼は照れているというより寂しさを感じさせた。
それからは口数が少なくなった。
そして締めくくりで観覧車。既に二人はゴンドラの中。
「今日はありがとうね。すっかりつき合せちゃったわね」
おっとりとした口調と笑顔の美百合。だが晴れやかとはいえない。
そしてその変化を恭兵は見逃していない。
「こちらこそ。栗原先輩ほどの人とデートできるなんて光栄ですよ」
「……そんな大したものじゃないわよ」
表情から笑みが消えた。
「謙遜しないで良いですよ。美人ですし」
「……まりあちゃんの方が可愛いわ」
口調に余裕のなくなるみゆり。
「頭も良いですし」
「詩穂理ちゃんのような成績は出してないわ」
「先輩ならどんな期待にだって応えられますよ」
「やめてっ」
彼女らしからぬ強い口調で叫ぶ。そして恭兵をギュッと抱き締める。
いや。抱きついた。その体は小刻みに震えていた。
「……先輩」
恭兵の声に驚きはない。予想していた。むしろ誘導していた。
「怖いの…私、とても恐いの」
口調もおっとりしたものではなくなっていた。
「みんな私のことをそんな風に言うの。でも違う。本当の私はそんな良い子じゃないの」
涙が混じっている声。心からの声だ。
「先輩が抱き締めるんじゃなくて、期待に応えきれないことに対する不安で恐くなって抱きつくわけなんですね」
「……知ってたの?」
顔を上げる。その目には涙がたまっていた。
「この前も震えてましたから」
「何でもお見通しなのね」
しかしそれで逆に震えが止まった。秘密を守らなくてよくなりサバサバした。そんな感じである。
彼女はそっと離れると、涙を拭いいつもの笑顔を取り戻した。
美百合が恭兵を抱き締める形。それを解いた。そして改めて恭兵のリードで互いに抱き締めあった。
「あ……」
美百合の上品な顔立ちが朱に染まる。
恭兵の方はペースを掴んできた。他の女の子を口説くときのような口調になる。
「先輩。晒せばいいんですよ。本当の自分を」
「でも私はみんなが言うようないい子じゃないの。みんながっかりするわ。間違えるし。お手洗いにも行くし」
「今時アイドルはトイレ行かないなんていう馬鹿はいませんよ」
(この天然ボケは演技抜きか)
心中で苦笑する恭兵であった。
「お父様やお母様も私がいい大学に行くことを信じているの。もし落ちたら」
受験のプレッシャーというのはそんなに考えにくい話ではない。
「そしたら何度だって受ければいいんですよ。単純な話です」
「でも」
「先輩。何でも応えるなんて無理ですよ。例えば先輩がなぎさみたいに速く走れますか?」
「ううん。無理よ」
美百合はゆっくりと頭を振る。髪が揺れてシャンプーのいい香が恭兵の鼻をくすぐる。
「でしょう。おっと失礼。でもたぶんなぎさは先輩みたいに料理は……あ。アイツ料理はうまかったか。えーと」
励まそうとして言葉に詰まる恭兵。しかしそれが逆に美百合に余裕を戻した。くすっと笑った。
「と、とにかく」
言葉に詰まったのはリラックスさせるための演技ではなく、本気だったのでそれを笑われてちょっと恥ずかしくなる。強く言い直す。
「先輩は先輩だし。なぎさはなぎさですよ。楽にすりゃいいんです」
美百合とあわよくば付き合えるようにという下心がなかったわけではない。
しかし美百合の魂の「SOS」を感じ取った恭兵はそれこそ「自分の言葉」で彼女を励ましていた。
そこにはいっさいの打算はなかった。
「それでも震えて仕方ない時は、僕でよければいつでも抱き枕の代りになります」
「抱き枕」ということはベッドの中なのだが…これは言外にそういう意味を含めている。
「ありがとう。弟君」
震えが止まった美百合はそっと離れた。
観覧車は既に半分を回って今度は降りる。
「でもね。全部が全部不安で抱きついているわけじゃないのよ。感動したりするとどうしてもやりたくなるの」
(あ。半分は何も考えてなかったのか……)
今更ながら大物ぶりにため息。しかしアピールを忘れない。
「だからそれは僕が引き受けますから」
「あら。だめよ」
つれない答えに唖然となる恭兵。
「な、何でです?」
思わず尋ねてしまう。
「私、由美香を『お義姉さん』なんて呼びたくないわ」
帰ってきたのは予想のナナメ上の答え。
「い、いや。結婚まで飛躍しなくていいですら」
「私にとってはあなたは親友の弟なんですもの。手を出したりしたら由美香に怒られちゃうわ」
恭兵は体から力が抜けるのを実感していた。
(こんなとこでも邪魔か! 姉貴~~~)
心中で血の涙を流す。
「それにね、私が弟君取っちゃったらなぎさちゃんに悪いわ」
「な、何でなぎさのことがここで?」
「意地っ張りはダメよ。二人は好き同士なんでしょ?」
微塵も疑ってない瞳。祝福の意思すら感じる。
「ちょ、ちょっと待って。先輩はなぎさにあったことがあるみたいだからそのときに何か勘違いしたのでは? 百歩譲ってあいつが僕を好きだとしても、僕の方はあいつのことなんてまったく」
「そうなの? でも今日は随分なぎさちゃんのことを話してなかった?」
「!?」
いわれて見れば。恭兵は自分の失策を呪った。
引き合いに出したつもりがなぎさの話題ばかりというのはまずかった。
「嫌いなら話しになんて出さないものね。私、馬に蹴られて死ぬのはいやよ。弟君」
「……もうなんでもいいです」
結局この人にとっての自分は親友の弟にすぎない。
それを痛感させられてプレイボーイのプライドがずたずたになった恭兵である。
ゴンドラの扉が開く。二人の時間が終わった。
夕暮れの遊園地から駅へと向かう二人。
いくら振られたといえど途中で女性を放置するような真似はしたくない恭兵は、最低でも駅までは送り届けるつもりであった。
「そうかぁ。言われて見ると由美香の前じゃリラックスしているものね」
「姉貴が男だったら似合いの二人だったかもしれませんね」
やけくそではなくこれは実感していた。
二人の性格の違いが上手い具合にかみ合っている。
同性だから親友であるが、異性だったら恋人になっていたかもしれない。
「そう言えばもう一つあるのよ。何でみんな揃って私のことをこういうのかわからない言葉が」
「なんです?」
予想がつかない。
「天然とかボケてるとか言うのよ。ひどいわよねぇ」
(い、いや。単にみんな正直なだけかと)
言われて当然の言葉と思っていたので逆に予想外だった。
それを口に出すほど空気が読めないわけではない恭兵。
最寄り駅も同じである二人。疲れもあり出発の時ほど会話ははずまない。
けど気まずいわけでもない。
そして別れ際の一言。
「今日はいろいろありがとうね。おかげで気楽になったわ」
「先輩のお役に立てたなら光栄ですよ」
何とかいつものペースを取り戻した。ただしこの言葉は口からでまかせではない。
例え振られても心の重石を取り除けたのならそれで良いじゃないか。
ある意味自分を慰めていたが。
「もうこんな時間。送ってくれてありがとう」
「いえ。どういたしまして」
結局は自宅まで送った。男として見られていないから「送り狼」になるかもとは考えられていない。
(傷つくよなぁ)
それは表情に出さない。そして美百合がドアの向こうに消えるのを見届ける。
彼女は最後に言葉を発した。
「じゃあね。恭兵君」
最後の最後に「親友の弟」ではなく「一人の男」として扱われた。
そう思う恭兵であった。
帰りの足取りは軽くなった。
月曜日。
いつものように女子の取り巻きの中心にいる恭兵。廊下を移動中だ。
その背中をバーンと叩いていくなぎさ。
「おっはよー」
思わず蹲る恭兵。何とか立ち上がる。そして怒鳴る。
「なぎさっ。お前なにすんだよっ。このがさつ女」
「貴公子」が言葉を荒げたことに驚く取り巻きたち。
「へっへーん。どうせあたしはがさつですよーだ。栗原先輩みたく優しくはなれませんよーだ」
「それでもちょっとは見習ったらどうだ」
「やーだよ。あたしはあたしだもーん」
まるで小学生のようなやり取り。ある意味互いに自分をさらけ出している。
(そうだよ。あたしはあたし。このままキョウくんにぶつかっていこう)
(なんだコイツ。随分と表情とか変わったな)
なぎさの変身…否。「復帰」に戸惑う恭兵。そして
「由美香。弟君。なぎさちゃんといいムードみたいね」
「なぎさちゃんはあのバカにはもったいないけどね。美百合」
二人の「姉」が「できの悪い弟」を見守るべく二年の教室まで出向いていた。
そしてその表情は優しさに満ち溢れていた。
優しい女の子。それだけは覆らない美百合の評判である。
次回予告
夏。プール開き。泳げない上に体形にコンプレックスを持つ美鈴と詩穂理は憂鬱に。逆になぎさは待望の水泳授業に大張り切り。
そしてまりあの提案で海水浴へとでむくことになり、そこでも珍騒動が。
次回PLS 第9話「Just Like Paradise」
恋せよ乙女。愛せよ少年。