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PLS  作者: 城弾
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第8話「Fallin’ Angel」Part2

「きゃーっっっっ」

 白昼堂々「王子様」である恭兵に対しての抱擁。

 取り巻きの女子たちが悲鳴を上げるのには充分だった。

 それは決して歓喜からくるものではなく、絶望感がもたらしたものだ。

 そして相手が上級生であろうと関係ない。突っ掛かるものもいる。

「ちょっとあんた。何ふざけたマネをしてんのよ」

 リボンが赤いので二年のようだ。美百合のつけている緑のリボンが目に入らないらしい。

「あら。何か粗相をしちゃいました?」

 皮肉でもとぼけているのでもない。彼女は本気で理解していない。

 まったくトゲのない声で問い返す。その間も恭兵を抱き締めたままだ。

 当の恭兵は思わぬDカップのアタックに顔が緩むのを抑えられない。美男子台無しである。

「いいから恭兵君から離れなさいよっ」

 怒気というより殺気に近くなる女子たちの声。

 それをあび続けていても平然としている美百合である。


(せ、先輩。その連中は本気で危ないからあまり刺激しないで)

 自分も恭兵が好き。それだけに美百合の行動は賛同できないものの、この場は美百合に対する心配が先に出るなぎさ。

 しかしどうしていいかわからないままではあったが……


 恭兵の顔がいきなり引き締まる。

(あれ? 先輩。もしかして……)

 柔らかく、そしていい匂いをさせながら心地よい感触で圧力をかけてくる美百合の肉体に違和感を覚えたので表情が変わったのだ。

(こいつらのせいか!)

 取り巻きが与える言葉による圧力。それが美百合の「異変」。

 そう感じ取った恭兵は声を張り上げようとした。しかしそれは出来なかった。

「このバカっっ」

 甲高い声で叫び声が上がったかと思ったら、首筋に強烈な一撃を見舞われた恭兵。

「きゃっ」

 反対に美百合にのしかかるように倒れこむ。さすがに美百合も支えきれず離してしまったので地面にキスする羽目に陥った恭兵。

 そこに仁王立ちしていたのは体操着姿の姉。由美香。部活のランニング中に見つけたらしく乱入してきた。

「ね、姉さんこそ何を」

 頭をさすりながら恭兵が立ち上がる。

「あんた人の親友にまで手を出す気?」

 当らずとも遠からじ。恭兵は美百合に対しても憧れを抱いている。

 だから抱擁も振りほどけなかった。

「誤解だよ。姉さん。今のに関しては栗原先輩から」

「そーよそーよ」

「その女がいきなり抱きついたのよ」

 ここぞとばかしに避難する「取り巻き」達。

 それをひと睨みで黙らせる由美香の眼力。

「美百合。あんたまたやったの?」

 呆れたような口調と表情。

「だって。弟君かっこよかったのよ。それでつい」

 まったく悪びれる様子のない美百合。

「こいつのどこがいいのよ。そりゃ見てくれは多少はいいけど、中身はてんでガキよ」

「延髄切りを見舞う女子高生もどうかと思うけどな」

 ボソッといった一言を聞き逃す由美香ではない。

 瞬時に足元を蹴り飛ばし転倒させると、恭兵の右足を折りたたみ左足に乗せる。

 そのむこうずねの部分を抑えるように自身の右足を入れ、恭兵の右の太ももを支点としてのてこの原理で足を痛める。

 プロレス技の4の字固めだ。女の柔肌ゆえに密着して抜けられない。

 恭兵はグラウンドを叩いてギブアップの意思を示しているが容赦なし。

「すごいすごい。由美香。また技をマスターしたのね」

 無邪気に称える美百合。

「ほんと。出来の悪い弟を持つと苦労するわよ。あんたの弟さんはおとなしいけどね」

 喋りながらも「制裁」に余念がない。どうやら「できの悪い弟」のために制裁のための技をマスターし続けているようだ。

 一方の美百合は現状を理解してないのか、場違いなほどいい笑顔を見せる。

「ええ。可愛いから一日一回はギュッと抱き締めているのよ」

「……あんた実の弟までそれやってんの?」

 美百合の奇行にはなれているはずの由美香も呆れ顔。

「どうでもいいけど早く離れてくれ。痛い」

 激痛でしゃべれなかった恭兵がやっと言葉を紡ぐ。

「じゃあもう人の親友に手を出さないと誓うか?」

 選択の余地のない問いかけである。もちろん答えは一つ。

「誓う誓う。だからぁー」

 やっと戒めを解かれた。


「ちょっと。いくら実の姉でもひどくないですか?」

 取り巻きの少女たちが文句を言う。

 由美香は答えない。ただひと睨みしただけだ。

「ひっ」

 一旦は怯える少女たちだが数に任せて責め立てようとなった。

 恭兵自身の姉に対してではあるものの、本人も被害をこうむっているから彼のためになると勝手に判断してであった。

「あらあら」

 計算づくか。それとも天然か。

 美百合が春風のように柔らかい物腰で割って入る。

「けんかはよくないと思うの。由美香はちょっと短気で、気が短くて、すぐ怒るけど」

「……あんた、それってあたしが物凄い短気だって強調しているわよ」

 毒気を抜かれる由美香。

「でもとってもいい子なのよ。弟君に対してもきっと愛情で接していると思うの。だから許してあげて」

 とんでもない理論と男ならとろけ、女なら脱力するその口調に少女たちはやる気をそがれた。

「はぁ」

 もう全てがどーでもよくなり、肝心の恭兵を置いて解散してしまった。


(すごい。あれだけ殺気立った連中を笑顔だけで追っ払った)

 遠巻きにみていたなぎさは美百合の大物ぶりに舌を巻く。

(外国の童話にこんなのがあったっけ? 風は旅人のコートを脱がそうと強く吹くがダメで、太陽が照らすと自分からコートを脱いだって話。力押しじゃなくてあの柔らかさがいい場合もあるのか)

 改めて遠くからひとつ上の少女をよく見る。

 高校生ではあるもののかなり完成に近いプロポーション。

 特に豊かな胸元は母性を強調している。

 長い髪は天然の栗色故に重さを感じさせない。

 整った顔を最大限に魅力的に見せるその笑顔。

 なぎさは急に自分が女としてはまるでレベルが低いような気がしてきた。

 充分になぎさも魅力的ではあるがこの年頃の少女が陥りやすい思考。

(かなわないな…見た目は仕方ないとしてもあんなに女らしく出来ないよ)

 同性の目でも美百合の穏やかな「お姉さん」ぶりは魅力的であった。

(キョウくん…やっぱりお淑やかな方が好きなのかな)

 がさつな自分じゃ…さらに負のスパイラルにはまるスプリンター少女であった。


「ふう。ひどい目にあった」

 着替えて帰途に着く恭兵。足をさすっているからダメージは大きいのだろう。

「弟くん」

 後ろから柔らかい声が呼び止める。下駄箱でなら全校生徒が通る。3年の美百合がいても不思議はない。

「先輩。どうしたんですか?」

 女の目を意識したとたんに口調すら気取ったものになる。

「大丈夫? 脚」

「ああ。平気ですよ。サッカーで鍛えてますから」

 涼しい表情で言うが実はかなり痛みが残っている。

 女の子が相手となると生半可でないガマンが出来る男なのである。

「ごめんね。由美香って基本的にいい子だけど、物凄く乱暴なの」

「……いや、僕の姉ですからよく知ってますけど……」

「あっ」

 本気で失念していたらしく、驚いて口を手で押さえる。そして赤くなる。

(か、可愛い。とてもじゃないけど姉貴の親友とは思えないぜ)

 元々気にしていた相手にこのリアクション。

 「本命」のまりあが優介ばかり追いかけ自分には振り向かない。

 しかもその追いかけ方も凄まじい。

 一年のときは「優介が好き」とはカミングアウトしてなかったこともあり、どことなく余所行きの態度だったがそれが上品なお嬢様に見えた。

 しかし最近見せるパワフルさに若干引きつつある恭兵。

 それに対してこちらは思った通りの可愛いお嬢様。

 天秤が傾く。

「先輩。デートしません?」

 思った瞬間には言葉に出している。

「デート?」

「ええ。今度の日曜日。二人で何処かに行きませんか?」

「そうね。迷惑かけちゃったし」

(いえ。むしろそれは姉貴の言葉ですが)

 しかしそれをわざわざ打ち消すような事は言わない。

「お詫びの印でお受けするわ」

(お詫びってのが引っかかるが、連れ出せばそれでよし)

「先輩。何処か行きたいところありますか?」

「図書館はどうかしら」

「図書館?」

「ええ。私も受験生だし」

 それはデートではなく勉強会である。とてもではないが『色気』がない。

 やんわりと方向転換させる恭兵。

「たまには息抜きも必要ですよ。外の空気を吸いに行きましょう」

「それじゃ動物園か遊園地がいいわ」

「(結構子供っぽいな)いいですよ。それじゃ日曜の10時に駅前で」


「栗原先輩」

 恭兵が去ったところになぎさがきた。まさに入れ違いだった。

 同じ運動部でも女の子となれば着替えにも時間が掛かる。それゆえのスレ違いだった。

「あら。足の速いなぎさちゃんだったかしら?」

 女の名前は一発で覚えるらしい美百合。

「はい。二年の綾瀬なぎさです」

「そうそう。なぎさちゃん。それで、ご用は何かしら?」

「あの……」

 恭兵が美百合にも惹かれる理由を知りたいと思っていたなぎさは、たまたま美百合を見かけたら思わず声をかけてしまったのだ。言葉に詰まる。

 考え無しの行動だった。

(しまったー。なんていえばいいんだろう?)

 焦るなぎさ。だが美百合はせかしたりしない。いつものようにニコニコと赤ちゃんを見つめる母親のような微笑を浮かべていた。

 そして彼女はまたもなぎさを抱き締めた。

「慌てなくていいのよ。落ち着いて。楽にして」

 まるで母親に抱かれる赤ん坊の気持ち…この安らぎはこんなだったかなとなぎさは思う。

 リラックスしたら聞きたいことが口をついて出た。

「あの…どうして先輩はそんなに何でもできるんですか?」

 恭兵が憧れる「お姉さん」。それに近づきたくて尋ねる。

「なぎさちゃん。私は何にも出来ないわ。あなたみたいに速く走れないし、まりあちゃんだったかしら? あの娘みたいに可愛くもないわ。それから…美鈴ちゃんはなんていってたかな?」

「詩穂理ですか?」

「そう。詩穂理ちゃん。あの娘のように学年トップを立て続けに取るような頭のよさもないのよ」

 決して自嘲ではないが淡々と語る。

「詳しいんですね…」

「美鈴ちゃんの仲良しさんだから訊いたのよ。美鈴ちゃんの料理のセンスもとてもいいわ。あの子、お良だけでなくてお掃除や裁縫も上手なの。きっといいお嫁さんになるわ。だから次の家庭科部部長は美鈴ちゃんにお願いしようと思っているの」

「それでも……それでもキョウくんはあなたを…」

 思わず叫んでいたなぎさ。

「キョウくん? ああ。由美香の弟くん」

 その反応になぎさははっとなった。

 うかつにも自分の思いを吐露していたことに。

 しかし美百合はなぎさを揶揄するようなマネはしない。

 さらに優しくそして強く抱き締める。

「ねぇなぎさちゃん。弟君はわたしのことなんて大して気にしてないと思うわよ」

「そんなはずはないです……キョウくん。昔からお嬢様とかお姫様という女の子が好きだったから。あたしじゃ絶対そんな風にはなれない」

「でも、私もあなたのようにはなれないわ」

 そっとなぎさのぽらーテールを優しく撫でる。

「風になびく髪の毛。かっこよかったわよ」

 優しい声がする。だがその異変をなぎさは感じ取る。

(先輩…震えているの?)

 寒さか。恐怖か。どちらもありえない状況だが、小刻みに美百合は震えていた。

「そう。私じゃあんなふうに走れないわ。なぎさちゃんのとってもすごいところよね」

 ここで抱擁をやめる。まるで震えを悟られまいとしてである。

「なんで名前が海にまつわるなぎさちゃんなのかしら? こんなに速いのなら『かもしか』と『うま』とかの方が陸の生き物っぽくていいのに」

「いえ…そんな名前いやですから。それに足が速いかどうかは赤ちゃんのときにはわかりませんし」

「そうね。確かにかもしかちゃんじゃ可愛くないわね」

「そうそう。そうでしょう」

 美百合本人には震えをごまかす意図はなく、本気で言っていた。

「それならウサギちゃんではどうかしら? 足が速いし可愛いわよ」

「そ…それはちょっと可愛らし過ぎて照れるというか。むしろ見た目といい足の速さといいぴったりの女がいますけど」


 そのころ、テニス部の居残りで試合をしていたまりあ。相手は同じクラスで同じ部活の長谷部里緒だ。

 白熱のラリーを続けていたがくしゃみをしてボールを逃してしまった。

「あーあ。つまんない落とし方してるわね。まりあ」

「仕方ないでしょ。くしゃみなんて…くちゅん」

 可愛らしい音でくしゃみを連発。女ばかりだがその可愛い声や容姿で不覚にも『萌え』ていた。

「それにしてもあんた。お嬢様の割りに足が速いよね。ボールに追いつくもん」

「ふふふっ。足が遅かったら優介に逃げられちゃうしね」

「……むしろフットワークかしら。ピョンピョンと。その二つお下げもウサギの耳みたいだし」

 自分はショートボブの里緒がちょっと羨望をこめて言う。

「ホント。あんた可愛いよね」

 女でありながら素直に口に出して褒めてしまうほどのまりあのビジュアルである。

「ありがと。でもそれを一番言ってほしいのは……」

 もちろんみんなわかっていた。その寂しそうな表情に同じことを考えた。

(そういやウサギって寂しいのも苦手なんだっけ)


 下駄箱。こちらも可愛らしく笑う美百合。

 まだ完全ではないが大人の色気も出てきている。そういう可愛らしさもある。

「そうね。やっぱあなたはカモシカちゃんでもウサギちゃんでもなくてなぎさちゃんよね」

「はぁ……」

 ペースがまるでつかめない。

 惚けていたらまた抱き締められた。今度は震えていない。

「だから人を羨ましがってもダメよ。あなたはあなたなんだから。私になんてなれないわ。私もあなたにはなれない」

 その口調にやや硬いものを感じた。

「先輩?」

 しかしはぐらかすように体を離した。

「自信もってね」

 なぎさにはそれはまるで美百合が自分に言い聞かせているようにも感じられた。

「じゃあね。なぎさちゃん」

 微笑みながら美百合は下駄箱から校門へと歩いてゆく。

(自分に自信もってと言われても……それを見失ってしまったあたしにどうしろと?)

 なぎさは自問自答を繰り返して、その場に立ち竦んでいた。


「なぎささん?」

 かなり長い時間惚けていた。何しろ着替えの済んだまりあが現れるほどである。

「まりあ……」

 立場としては美百合と同等の立場の少女。

 今度はこちらにアプローチをかけようとするなぎさ。

「ねぇ。一緒に帰らない?」

 その表情になにかあると感じたまりあは、テニス部の仲間たちに断りを入れて二人で帰ることにした。


 道すがら事情を話された。

「なるほど。栗原先輩みたいに成りたくて訊きに言ったら、逆に自分らしくしなさいと言われたわけね」

「うん。でもこのままのあたしじゃキョウくんはきっと振り向いてくれないし。だからキョウくんの追いかけているあんたや先輩みたいになりたいのに」

「ふぅん。そんなに自信がないんだ。だったら変身して見る?」

「え?」

 言うや否やまりあは携帯電話を取り出して通話を始める。そして

「話はついたわ。土曜の午後にでもウチでやりましょ」

「ちょっと待った? 今『ケイコ』って名前が出なかった? まさかあのコスプレ娘を呼んだのじゃ?」

「ポニーテールがダメならツーテールやウェーブにしてみましょ」

 自分をおもちゃにする相談をしていたと気がついて、なぎさは激しく後悔した。

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