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PLS  作者: 城弾
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第6話「Passenger」Part2

「お兄ちゃんって……」

「どっちの?」

 おずおずという双葉に対して、勢いのある千尋。

「あ……きっと千尋ちゃんのお兄さんだよね」

 答えたのはアンナではなく別の当事者である双葉であった。

「えと……ほら……ウチのお兄ちゃんはアンナのこと投げ飛ばしたし。それで好きになるはずないよね」

 一見へりくだっているが、明らかに「大好きなおにいちゃんを取られたくない」というのが丸わかりな双葉。

「じゃあウチのアニキだって言うの? 冗談! それだとしたら趣味悪いよ。オタクだし」

 こちらは「なんでか信じられない」というニュアンスである。

 ちなみに『オタク』というのは特撮に関してである。

 千尋は父親の仕事は理解しているし、それで収入を得ているのもあり口にこそしないが感謝していた。

 しかし兄である裕生はスーツアクター志願で、実際に訓練として武術を嗜み鍛えてはいるものの、どうしても言動が「オタクくさい」

 千尋はどちらかというとオタクに寛容なほうではない。

「やっぱ双葉のお兄さんでしょ? 渋いし」

 これといって好意を抱いてはいない。だが嫌う要素もない。そんな千尋の一言。

「あうう。確かにお兄ちゃんは寡黙でかっこいいけど……」

 ブラコンもここまで来ると、ちょっと恐い。

「ねぇアンナ! 本当にどっちをさして言ったの?」

 おとなしい双葉としては、異例の強い口調。

 後ろめたいことはないものの、両者の気迫に気圧されてたじろぎ口ごもるアンナ。

「どっちって……そりゃあ……」

 ここで頬を染める。

(間違いない!)

(どっちかに一目ぼれしてる!)

 「とんでもない事態」に軽くパニックになりかける二人。

 まるで救いのようにこのタイミングでチャイムが鳴る。

「いけない。遅刻になっちゃう。急ごう。双葉。アンナ」

 千尋が走り出す。後からついていくアンナと双葉であった。

 これでうやむやになったのは言うまでもない。

 千尋にしたらうやむやにして、流してしまいたい心理があったのかもしれない。


 年頃の少女たちである。恋の話は蜜のように甘く、捉えて離さない。

 まして「ヒロイン」が自分たちの親友。

 そして「相手役」が自分か、もう一人の親友の兄のどちらかだ。

 気にならないはずがない。

 アンナに探りを入れる双葉、ストレートに問いただす千尋だが、休み時間をのらりくらりとかわされる。


 昼休み。千尋と双葉は屋上で弁当。アンナは学食で定食だった。

 さすがに質問攻めも疲れて、一旦冷却期間を設けるべく、学食で弁当とはしないで離れて屋上で食していた。

 ちなみに座席に限りがあるので、可能な限り混雑時にはパンや弁当の生徒は別の場所で食べるのが恒例だった。


 そろそろ日差しが強くなってきた。しかし紫外線とかお構い無しの少女たちは、日の光と戯れながらの食事を選択した。ご丁寧にレジャーシートまで持参している。

「ねぇ。千尋ちゃん。アンナはどっちのお兄ちゃんが好きになったのかな?」

 どうしてもそれが気になる双葉。弁当を食べる箸も進まない。

「うーん。あたしは双葉のお兄さんだと思うんだけどなぁ。投げ飛ばしたといっても、避難目的だし。その力強さに惚れたとか」

「でもでも。それならがっしり受け止めた千尋ちゃんのお兄さんだって」

「ウチのアニキ。体力は無駄にあるからね」

 スーツアクターを将来の職と決めている裕生は、毎日のトレーニング……ニュアンスとしては「鍛錬」が近いか。それを欠かさない。

 ヒーローに憧れる彼は、幼い頃から様々な武術を学び、柔道。空手。剣道の有段者になっている。

 口調がぞんざいな割りに、誰も不快感を示さないのは知らないうちに「礼」を尽くしているのかもしれない。


「それにね。アンナには悪いけどアニキには先約があるからね」

「槙原先輩?」

「なんだ。双葉も知ってたんだ」

「そりゃあわかるよぉ。槙原先輩。千尋ちゃんのお兄さんの前だと、表情が優しくなるもん」

 生真面目な詩穂理は、どうしても表情がきつくなりがちだが、裕生の前では女の子らしい柔らかい表情になることも少なくない。

 その態度のギャップから、周囲には裕生に対する恋心はミエミエであった。だが

「妹の親友とはいえど、無関係の一年が感づくシホちゃんの思いに気がつかない激ニブなんだよ。バカアニキ」

 性格なのか。それとも「修行中の身」ゆえ恋愛は避けているのか、邪険にこそしないが詩穂理に対する態度は幼なじみの域を出ない裕生。

 やはり「超鈍感」というのが一番ありえる。

「でも……血が繋がってないから絶望はないよね」

 視線を落とし暗い表情になる双葉。

(うわぁーっっっっ)

 そっちに話しを持っていかれると千尋は困る。


「ああ。でもそれだと双葉のお兄さんには南野先輩がいるかぁ」

 女同士である。視線の意味には気がつく。

 双葉の思いを知りつつ、わざとこう運んだのは言外に「実の兄妹は結ばれないんだから」と強調している。

「美鈴ちゃん?」

 それを知ってか知らずか、双葉は明るい口調を取り戻す。

 一歳年上の美鈴にちゃんづけなのは、やはり幼い頃から一緒に遊んだ仲だからだ。

 もちろんそういう関係でなかった詩穂理には「槙原先輩」という双葉。

 これが千尋になると詩穂理は幼なじみだから「シホちゃん」だが、美鈴はやはり「南野先輩」となる。

「どうなのかな? 仲のよい幼馴染というだけの気がする」

(いやいや。双葉。それめちゃくちゃ自分に都合のいい解釈だから)

 千尋にも双葉が大樹に兄に対する以上の感情を抱いているのは丸分かりである。


「要するに!」

 弁当も残り少なくなってきた。同時に議論も終盤になってきた。千尋がそれを宣するように声を上げる。

「どっちが『ターゲット』でも、アンナは苦労するよね。血の雨が降らなきゃいいけど」

「やめてよぉ」

 基本的に荒事は苦手である双葉。最愛の兄が絡んでいてはなおさらである。


 食べ終わって、なんとなく転落防止用の柵にもたれかかって下を見ていた二人。

 輪になってバレーボールをしている面々がいる。

 別に高校の昼休み。不思議でもなんでもない光景である。

「あ。お兄ちゃん」

 ひときわ目立つ巨漢の上に双葉の目である。見つけるのも当然。

「あ。ほんとだ。兄貴もいる」

 千尋も見つけた。男4人。女四人の構成。

「あのロングヘアはシホちゃんかな」

「あの小柄な人は美鈴ちゃんだね」

「ツインテールは高嶺先輩?」

「ポニーテールは綾瀬先輩かな?」

「じゃああの金髪は話に聞く火野先輩かな?」

「あ。誰か抱きついた」

「女の子?」

「ううん。ズボンだし男みたい」

 言うまでもなく優介である。

 どうやら輪になってバレーボールで遊ぼうということらしい。

 同じクラスの面々である。不思議はない。

 興味をなくしかけて千尋が後ろを向くと「ああっ」と双葉が声を上げた。

「なによぉ。いきなり大声出して」

「あ……あれ……アンナ」

「ええっ?」

 そう。金髪のツインテール。こんな目立つ外観では屋上からでもすぐにわかる。

 それが大樹や裕生のいる輪の中に、自ら飛び込んで行ったのだ。

「千尋ちゃん」

「うん。双葉。あたしらも行くよ」

 先刻までのけだるさはどこへやら。二人は慌てて校庭にかける。


 校庭にたどり着いた二人の反応はまさに好対照。

「アンナ!」

 異国の親友の元に駆けつけたのが千尋。

 ちなみに彼女はちょうど大樹と裕生に挟まれた状態。

 裕生基準にしての反対側には詩穂理。大樹基準の反対側には美鈴がいる。

「あ。チヒロ。フタバ。一緒に入らない?」

「それはいいけど……」

 にこやかに言うアンナに戸惑う千尋。

 もしアンナが一目ぼれしたのが裕生としても、実の妹の自分は決して恋敵にはなり得ない。

 だからこの態度は判断材料にならない。


「おにいちゃん」

 真っ直ぐに大樹のところに行ったのが双葉。彼女のブラコンはかなり知られていて、誰ももう驚かない。

 小さな子供が自分の親の元に駆け寄るように一直線に駆け寄る。人目がなければ抱きついていたかもしれない。

「双葉ちゃん」

 言葉で反応したのは寡黙な兄ではなく、幼なじみの美鈴。

 いわば恋敵になる二人だが、双葉は自分が実の妹と信じているので恋敵とは思っていない。

 また美鈴の人格を知っているので、大樹が美鈴と結ばれるなら仕方ないかなという気持ちもある。

 否。正確に言うなら、無理やり納得しようとしている。自分に言い聞かせている。

「お兄ちゃん。私も一緒に」

 アンナを無視した……というよりは、同じでも大樹しか目に入ってなかったという方が表現は近い。

「いいんじゃない? このくらいならぎりぎりいけると思うし」

 スポーツ少女のなぎさがまとめる。


 11人で輪になる。バレーボールをレシーブしながら、可能な限り続けるというだけのシンプルな遊びだ。

 別に落としたところでペナルティがあるわけではないが、長く続くと若干プレッシャーになる。

「いいわね? 行くわよ」

 まりあからスタートなのは深い意味は何もない。

「優介」

 その愛を込めて優介に向けて優しく打つ。

 もちろん優介がまりあからの「それ」を受けるはずがない。

 見事に避ける。

「おっと」

 反対に「逃してたまるか」とばかしに恭兵が拾う。

「アンナちゃん」

 まりあの手前、他の女子に返したくはない。

 しかしこの手の遊びでストレートにまりあに返すのがよくないのは暗黙の了解というものだった。

 無難にゲストの一年生留学生に渡す。

(これでアンナがどっちに返すかで)

(好きになったのがわかるかも)

 思わず真剣な表情をする千尋と双葉。だが

「チヒロ」

 アンナのトスが自分に回ってきて面食らった。

 とりあえず受ける。そして極力打ちやすい球をスポーツが苦手な少女に。

「シホちゃん」

 普段の冷静さがウソのように慌てる詩穂理だが、なんとか不恰好ながらボールを拾う。

 しかし加減を間違え、高々と上がる。

「ヒロくん」

 任せたいのは大好きな幼なじみ。

「任せろ」

 裕生は跳んだ。そして空中で思い切り蹴った。

「シュート!!」

 その強烈なボールはたまたま大樹の所に飛び、それを彼は難なく片手で受け止めた。

「お兄ちゃん!」

 兄の身を案ずる妹。しかしそれは杞憂。まったく問題なく立っている。

「風見」

 いうなり裕生に投げ返す。そして

「手を使え」

 ボソッと一言。

「悪い悪い。高嶺が『いいわね。行くわよ』と、言った上に、ちょうど俺が『五人目』だったもんで蹴っちまった」

 詳しい人でないと理解不能なコメントである。


 一方、妹チームは金髪の親友を観察していた。

 明らかにときめいている表情。

(どっち? 空中でシュートを決めたアニキ? それとも)

(あの強烈な球を受け止めたおにいちゃんのどっちにときめいているの?)

 両者共に親友と兄の間で振り回されていた。

 極端な話し、親友が自分の義姉になると言うことも。


 裕生から仕切り直しである。

「南野」

 詩穂理ほどではないがこちらも決してスポーツが得意ではない美鈴。

 それを承知しているのでソフトにトスを上げる。

「わ。わ。きゃっ」

 やはり慌てて受け止めた。何とか球を上にあげる。

「ぼくに任せて」

 なんと優介が出てきた。

「ちょっと!? わたしの打った球は避けて、美鈴さんのは自分から行くの?」

 柳眉を釣り上げて怒るまりあ。

「当然ジャン」

 見た目より意外と運動のできる優介は、喋りながらもきちんと球を打ち上げる。

「大樹君にぼくの愛を込めて」

「いらん」

 短い一言で全否定。それでもボールは打ち上げる。双葉のほうに優しく。

(お……おにいちゃんからのボール。大事にしなきゃ)

 そう思った彼女はついボールを「キャッチ」してしまった。

 そして愛しそうに抱き締める。

 その様子に大半が引いた。

 言うまでもなく、NGである。


 双葉からやり直し。

 やはり運動の苦手な彼女は、とりあえずおかしな球でも拾ってくれる期待をして

「綾瀬先輩」

なぎさのほうに打つ。

「OK」

 ふらふらする打ち難いボールだったが、スポーツ万能のなぎさは難なくそれを拾う。

 パンスト着用で、そこにスカートが絡まって動きにくそうなものだがその「ハンディ」をものともしない。

 もっともまりあもオーバーニーソックスなので、スカートの裾がソックスに触れてまとわりつくのは同じであるが。

 美鈴は短いもの。詩穂理は推奨される紺のハイソックス。

 千尋も同じ。双葉は白のハイソックス。

 余談だが足回りの邪魔にもかかわらず、生足を出したがらないので制服のスカートのときはパンスト着用のなぎさだが、海やプールなどで水着の場所は例外で。

 回りが水着という状況だと安心するらしく、このときばかしは人前で足をさらす。

 普段まるで日光に当ててないのと、神秘のヴェールに包まれているため、その素足は実際以上に美しく見られるが、それでも彼女のトラウマは消えずパンツルック主体。

 これは動きやすさもあるにはある。


 普段隠している反動なのか、水着は競泳用ではなく上下分かれているものを好む。

 それから名前のせいでもあるまいが、泳ぎはかなりのものである。


 閑話休題。

 正確にはコントロールできなかったボールがふらふらと上がる。

 それがちょうどアンナと大樹の間に。

「はーい」

 元気よくアンナが走る。ボールに気をとられて大樹が見えていない。

(危ない)

 誰もがそう思ったが、ぶつかってきたアンナを大樹が両手で抱きとめた。

 ボールが虚しく地面に落ちてどこかへといってしまう。それを追いかける裕生。

「危ないぞ」

「あ……ごめんなさい。ダイキ先輩」

 殊勝に頭を下げるアンナ。

(あれ?)

 違和感を感じる千尋と双葉。双葉は安堵も混じっている。

(なんか……お兄ちゃん相手の態度……)

 ぶつかったことに対する侘び。下手に避けると転倒の危険性があるというといえど、抱きとめられたのに特に表情は変わらないのだ。

 どう見ても恋する相手に向ける表情ではない。

(双葉のお兄さんじゃないのかな? アニキのほう? まさかね)

 しかし可能性が高くなり、不安になる千尋であった。


 まだ休み時間はたっぷりある。

 春になり、冬の間縮こまっていた体を動かしたくてたまらない。

 だからそんなにさっさと引き上げたりしない。続行する。


 何度目かのアンナへのボール。

 今度はアンナの真正面だから走らない。激突の危険性はない。

 しかし高々と上がったボールに、アンナが痺れを切らして跳ぶ。

 バレーの試合で言うなら、ネットをはさんでのジャンプしてのそれに似ている。

 しかしタイミングを誤った彼女は空中で空振りして、あげく前方に回転してしまう。

「きゃああああっ」

 背中から落ちる。それを救ったのは今度は裕生だった。

「よっと」

 発端となった事件同様にアンナを「お姫様だっこ」で受けとめる。

「大丈夫か?」

「は……はい」

 ここではっきりした。

 なにしろ裕生に向けた顔のその顔が赤く染まっているのだから。

 失敗を恥じる表情ではない。


(ウソ……アンナが好きなのはあたしのアニキの方?)

 自分が「兄と親友の間で振り回される」のに確定した千尋は、呆然と立ち尽くすだけだった。

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