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PLS  作者: 城弾
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第6話「Passenger」Part1

 五月。新入学を果たし、ゴールデンウィークも過ぎ、無気力状態に見舞われる現象。

 いわゆる五月病がまさにこの時期。


 留学生。アンナ・ホワイトは本来なら九月進級だが、日本の学校にいるので周辺同様に四月に新しい生活になっていた。

 だからこの特有の現象に悩まされていた。


 夕暮れの屋上。西日を眺めつつため息をつく。

 159センチの身長だがひどく小さく感じられたのは「寂しさ」から来るものか?

 プロポーションは日本人的というか。十代半ばといえど、欧米女性に抱くイメージと違い、それほど胸は目立たない。

 反面、引っ込むところはきちんと引っ込んでいる。日本人的スタイルだった。

 両親が日本びいきで、和風の低カロリーの食事を好んだためこういう体形になったのである。

 彼女が日本人相手のコミュニケーションに困らないのは、この親日家の両親によるところが大きい。


 アンナには二つの自慢がある。

 一つ目はその美しい金髪。くすみ。淀みのない金の糸。

 おろせば腰を通り越して太ももまで届く長さだが、それを左右に分けて高い位置から垂らしている。

 美容用語ではツーテール。サブカルチャーではツインテールと呼ばれる髪型である。

 来日にあたりその髪型にしたのは、それが大人気と認識していたからである。

 早く打ち解けやすくするべく、「受けのいい」髪型にしていた。


 それとは対照的に嫌っていたのがつり目。きつい印象があると嫌がっていた。

 本人は別に人当たりのきついほうではない。むしろ人懐こいのだが、その目つきで「怒っている」と誤解されることがしばしば。

 だからなるべく笑顔でいようと心がけている。


 ちなみに、ツインテールにしたのにはこのつり目を逆手に取ったのもある。

 「そういう顔」が受けていると認識したので、ツインテールとつり目がセットならいいかもしれないと考えた。

 海のように青い瞳。雪のような白い肌の小顔で、まるで人形のようだと男子よりむしろ女子に人気である。


 その可愛い顔でため息を繰り返す。


 足音が響く。聞きなれた声が階段の途中から屋上まで響いてくる。

 女……少女特有のハイテンションな喋り声。それにエコーが掛からなくなる。屋上に出たのだ。

「あっ。いた」

 セミロングのおとなしそうな少女が、見つけて嬉しそうに微笑む。

「なにしてんのよ? こんなところで」

 三つ編みお下げを二つ。左右に垂らしている勝気な印象の少女が、やはりやや威圧的な声で言う。

 ただしまったく威圧する意図はない。

「チヒロ。フタバ」

 彼女の二つ目の自慢。それは日本で得たかけがえのない親友の存在。

 沈んでいた表情を笑顔に変える存在。


「どうしたのよ。こんなところでボーっとして」

 遠慮なく言う千尋。印象どおりの性格と見てよい。

「うん。ちょっと考え事」

「考え……事?」

 小首をかしげる双葉。女ばかりである。男相手に可愛く見せるぺく振舞っているわけではなく、つまりは単なるクセのようなものである。

 それでいて可愛らしく見える。


「もしかしてアンナ……ホームシック?」

 遠慮のない仲である。ずばりと切り込む千尋。

「うん……正直言うとちょっとね……」

 隠さず素直に言う辺りが文化の違いか?

「お父さんとお母さんは一緒だから、誰かあっちに好きな人でも残してきたの?」

 双葉のこの反応はやはり女の子ということか。

「男の人? そういうのはいなかったなぁ。友達はいっぱいいたけど。みんな元気かなぁ」

 そういうとまた遠い目に。かける言葉を失う二人。さすがにアンナも雰囲気を感じ取った。

「もう。私よりフタバはどうなの?」

「わ…私!? 私の好きな人……」

 寡黙な兄の顔が脳裏に浮かぶ。紅くなる頬に両手それぞれ当てて身悶える。

「いやぁん。そんなコト言えるわけないじゃない」

 そりゃあそうだ。実の兄に対して家族のそれではなく、一人の男に対して抱く愛情を持っているなどとはいえない。

 だがこれは正解ではない。この兄妹は連れ子同士で血のつながりはない。

 しかし物心つく以前の話ゆえ、本当の兄妹のように暮らしてきた日々がある。

「相変わらずお兄ちゃんが好きなんだね。チヒロはどう? お兄さん好き?」

「はぁ? あたしがあのアニキを?」

 身も蓋もない反応である。しかしこちらの方が現実的。

「たとえ血の繋がりがない関係でも恋愛関係になるのは100%ないわ! 大きな子供だもん」

 これは別に双葉に対する揶揄や皮肉ではない。

 兄妹に血の繋がりがないのを知っているのは二人の親。そしてたまたまその秘密を共有する羽目に陥った南野美鈴だけである。

 当事者すら知らない事実であった。


「好きな人かぁ」

 喋っていて気がまぎれた…しかもたいがいの女子が嫌いではない恋愛話である。

 若干だが元気を取り戻してきたアンナ。

 意図してやったのなら大したものだが、何の計算もしていなかった二人。

 それだけにこの「予想外」の展開に喜ぶ。

「いつかは……私もパパとママの様に結婚するんだね。なんだか信じられないや」

 確かに15歳の少女に「結婚」は夢の国の物語かもしれない。

「ねぇ。アンナの国じゃどんな風に結婚式を挙げるの?」

 ホームシックと聞いておきながら、出身地の話しをするというのもまだ浅はかではあるが、そこは千尋の明るさがカバーした。

「うーん。日本のドレスを着る結婚式と変わらないと思うよ。でも…あの風習はないかな」

「あの風習?」

 鸚鵡返しに尋ねる双葉。

「うん。あのね……」

 ここで彼女は赤くなってしまう。自分が新婦となったイメージを抱いてしまったのだ。

 きゃーっきゃーっと十代特有のハイテンションで叫ぶ。

 思考の目まぐるしい変化はこの世代の少女によくあること。

 とりあえずアンナが元気になったので深く追求しない二人であった。


 次の日。

 いつものように双葉は兄・大樹。そして共通する幼なじみの美鈴と共に電車で蒼空学園の最寄り駅に。

 マンションの前でアンナと合流。後は校門前で千尋たちと合流するはずであった。

 しかしこの日は異変があった。


 普通の高校である蒼空学園にも、殴り込みをかけてくる輩がいたりする。

 登校時となるとはた迷惑この上ない。

 ちょっと珍しいのは明らかにこの招かれざる客は日本人ではない。東洋系でもない。

 白人にしか見えない。

「ダイチ・ダイキというのはお前か?」

 茶色い髪。耳たぶには派手なピアスが三つついている。その男が確認すべく尋ねてくる。

「そうだが」

 校門の外側で律儀に答える巨漢。彼をこのならず者たちがブロックしている。

「へっ。なんでも悪漢高校の奴らに勝ったそうじゃないか? それなら俺たちの挑戦も受けるよな」

 つまりはそういうことだ。

「受けん」

 無口な大樹らしい簡単な一言。

「はいそうですかと帰れるか。やってもらうぞ」

 一方的に宣告する。そして名乗る。

「オレの名はジョージ」

「エリック」

 金髪のリーゼントの少年が続く。

「ディック」

 そばかすの少年。

「オリバー……二世」

 パーマのきつめな少年。

「二世?」

「そうよ。おれ達の親は同じ名を持つ。そしてこの日本にあるある学校の創設者」

「ジョージ・エリック・ディック・オリバー・ハイスクール。略してGEDOハイスクール」

 うわさに名高い不良の巣窟である。大樹はため息をついた。

「仕方ない。相手をしてやろう」


「大ちゃん……」

 はらはらしているのが大樹の幼なじみ。南野美鈴。

「お兄ちゃん……大丈夫かな?」

 心配はしているが狼狽していない双葉。

 何しろ大樹の風体である。倒して名を上げようとするものもいる。

 しかしたいがいは追っ払われる。それを知っているのだ。


 ならばと双葉といるときを狙うのは愚の骨頂。しかしある意味では正解。

 彼女を狙えば望みどおり本気の大樹と戦うことになる。

 ただし……病院送りも数知れず。妹を守るためとなるとリミッターが簡単に外れてしまうのだ。

 ほとんどは数を頼み武器を持つ。そして大樹は妹を守っての闘い。

 だから正当防衛になる。罪に問われない。


「あのー、みなさん。恥ずかしいからやめません? それにこの人強いですよ」

 アンナが前に出て英語で語りかける。

「アンナ。危ないよぉ」

「大丈夫よ。帰ってもらうようにお願いするだけだから」

 青い瞳の少女はチャーミングに笑い、再び日本人相手に恥をさらしているものたちに向き直る。

「あぁ? なんだお前。日本人の味方か?」

「いえ。国なんて関係ないですから。とにかく自分の学校に帰った方がいいですよ」

 なんとか穏便に済まそうと「説得」を続けるアンナ。

 英語を使うのは

1 正確なニュアンスを伝えようと思うと、当然だが母国語。

2 会話の内容を多数の日本人から伏せる事により、メンツを保ち撤退をしやすくさせる。

3 同じ言語で親近感を持たせて、聞く耳を持たせる。

 そういう狙いだった。

 しかしそれをぶち壊しにする存在がいた。

 それも「味方」だ。


「いくら大地が強くとも、四人がかりとは卑怯だろう。俺が加勢するぜ」

 本来なら反対側から自転車で来るはずの風見兄妹と詩穂理。

 しかしこの闖入者によって阻まれていた。

 それを打破する狙いもあり、加勢となる。

「ああ? 俺たちに楯突こうってのか?」

 日本語でお定まりの言葉を叫ぶ。

「ふっ。だとしたらどうする」

 芝居がかって…というか実際に芝居をしている裕生。

「ふざけたやろう…うぉっ?」

 ジョージが絶句したのは裕生が助走も何も無しでジャンプして、校舎を囲む塀の上に飛び乗ったからだ。

 そして裕生は四人を相手に指を指す。

 登校時間の校門前である。蒼空学園の生徒たちが何事かと遠巻きにみている。ギャラリーが増えてきたところで裕生は口上を。


「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ。聞け。あくに…外道ども」


 相手に合わせて「悪人」というフレーズを、アドリブで「外道」に差し替えた裕生である。

 足場の狭い塀の上でポーズまで取る。

 伊達にスタントの訓練はつんでいないということらしい。

「オレは……」「恥ずかしいからやめてよっ! アニキ」

 甲高い声で決めの台詞を遮られた。

 もちろん止めたのは千尋。かっとなって叫んでしまってから後悔した。

(しまった! 身内だとばらしちゃった)

 他人のふりという選択肢が浮かばなかったらしい。

 後ろでは詩穂理がおろおろしている。運動神経が皆無の彼女は、この手の荒事となると何もできない。


 兄をこよなく愛する双葉は、その「愛の力」で普段の気の小ささがウソのような行動をとることがある。

 大樹の前に移動して、両手を広げて守るように立つ。

「皆さん。やめてください。お兄ちゃんはケンカなんてしません」

「ああ? ウソをつくな。悪漢の連中を追っ払ったというじゃねぇか」

「この前の人たちとはお料理の勝負をしたんです。お願いだから帰ってください」

 どちらかというと信じてもらえない話であるが、何一つウソはついていない。

「うるせぇ」

 痺れを切らした四人は一直線に並ぶ。そしてそのまま突っ込んでくる。

 当然だがこれは軸をずらす大樹。だがそれが狙い。囲まれたのだ。

「え…と?」

 狭い歩道である。幅に限度がある。ずれた方向にアンナがいた。彼女も囲まれた形だ。

「ひゃっひゃっひゃっ。女を庇いながらどこまで戦えるかな?」

 下卑た笑いをあげるオリバー。絶対的優位を確信して哄笑する4人。

 その中で大樹は妹の親友に侘びる。

「すまんな……」

「いえ…フタバが無事で何よりですけど……どうしよう……」

 スポーツは得意。しかし格闘技はそれほどでもない。

 ましてや道場でもリングの上でもない。無法者4人相手に囲まれたのだ。

(ああ。どうしよう。私が邪魔をしてフタバのお兄さんが袋叩きにでもなったら顔向けできないわ…)

などと考えていたら足元から地面の感触が消えた。

「え?」

 大樹にリフトアップされていた。高々と持ち上げられる。

「風見」

 なんと裕生に向かってアンナを放り投げた。

「きゃああああああああああっ」

 当然だが悲鳴もでる。

「おう」

 裕生も理解していたらしく塀の上からジャンプ。空中でアンナをキャッチして、そのまま着地する。

 左腕で背中を。右腕で足を持ついわゆる「お姫様だっこ」だ。

「大丈夫か?」

「は……はい」

 放り投げられた興奮のためか、顔が赤いアンナは浮ついた声で返答した。


 いよいよ一対四のハンディキャップマッチになるかと思いきや、

「ぶるぁああああああっ」

 竹刀をもった生活指導。若元が雄たけびと共に駆けつけてきた。

「どこのどいつだ。朝っぱらから殴り込みとはいい度胸だ」

「なんだ? おっさんこそ引っ込んで……」

 いえなかった。竹刀の先端が口元に突っ込まれたからだ。

 見事に遠慮のないやり口に、殴り込みをかけてきた面々が青くなる。

「い…いいのか? 国際問題になるぞ」

 虚勢を張るが通じない。ゆらりと竹刀を手に迫る若元。

「ガキがな……不始末しでかしたらどうすると思う?」

「え……知るかよ」

 そういったエリックののどもとにも一撃。呼吸困難に陥り、悶絶するエリック。

「折檻するに決まってんだろうか!」

 体罰問題とか国際問題まるで無視。他校の生徒だろうと容赦なく叩きのめす生活指導だった。

「風見裕生。来陣」

 ポーズをつけて乱入しようとする裕生を、必死に詩穂理が止めていたりする。


「アンナ。大丈夫?」

 千尋が駆けつけてきた。既にアンナは下ろされて、自分の足で立っている。

「ごめんね。お兄ちゃんが放り投げたりして」

 兄の代りに謝る双葉だが、上の空。

「アンナ?」

 様子がおかしい。そして次の台詞は二人を脅かすには充分だった。


「ねぇ。お兄さん。素敵だね」


 きらきらと目が輝く様は、恋する少女のように見えた。

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