第25話「Confession」Part2
原宿。
服を買いに来るならとここに来たまりあたちだが、竹下通りの入り口で四人は固まっていた。
あまりの人の多さに臆していた。
多さだけではなく「人種」の違いにもだ。
同じくらいの年頃の少年少女たちなのだが、学校では見かけないタイプばかりだ。
「美鈴。ちょっと怖いかも」
犬の耳を模したカチューシャと首輪をモチーフにしたチョーカーのせいもあり、小犬がおびえているような印象がある。
「話には聞いてましたが、実際に来てみると圧倒されますね……」
冷や汗を垂らす詩穂理。
「誰だよ? ここに来ようなんていいだしたのは?」
なぎさが顔を向ける。
「ごめん。わたし」
申し訳なさそうに小さく手を上げるまりあ。
「せっかくだからみんな来たことのない場所にしようと思ったんだけど……わたしが間違っていたわ」
原宿は全員の活動テリトリーから外れていた。
それなら行ってみようとなったのだが、いざ来てみるととてもではないがなじめそうな気がしなかった。
「まだ渋谷の方が落ち着けるかも知れないですね。どうします?」
詩穂理が提案するのだが、三人は詩穂理の背後に目を向けている。
景色を見ている顔のむきではない。
「? どうしました? 後ろで何か?」
振り返ると三人の男子が近寄ってきていた。
詩穂理が顔を向けると表情を明るくして、まっすぐ向かってきた。
雑踏をかき分けてあっという間に詩穂理の前に。
「あの、槇原詩穂理さんですか」
三人の少年がいたが代表で一人がおずおずとたずねていた。
「はい。私ですけど」
詩穂理は三人の少年を記憶と照らし合わせていたが、その中にこの三人の顔はない。
「やっぱり。あのグラドルの!」
うれしそうに言う少年。
「グラドル!? 私、そんな風に言わてるんですかぁ?」
驚いて声がひっくり返る詩穂理。
「ファンです。とてもきれいだなって思ってました」
きれいと言われて嫌な気分のする女子はいないが、あからさまにその三人は胸元に視線を向けていた。
「あ、ありがとうございます」
胸に集中する視線に「またか」とは思ったものの、一応は「ファン」に対して礼を言う。
「サインください」
「ええっ? サインなんて私…」
自分がサインを求められるなんて考えもしなかった詩穂理は、サインの練習などしてなかった。
悪意ゼロなのはわかるし、ファン心理と思うと無下に断れず困った詩穂理。
「ごめんな。あたしら急いでるから」
なぎさが助け舟を出す。
別にすごんではいないがアスリートである。
強い気持ちを要求されることが多く、それをここでも見せた。
「あ。は、はい」
長身の少女に威圧されたか三人の少年は退散していく。
「綾瀬さん。ありがとうございました」
詩穂理が頭を下げる。
「ちょっとかわいそうかも」
美鈴の同情もわかる。彼らは単なるファンなのだ。
「いいんだよ。プライベートなんだし」
バッサリと切り捨てるなぎさ。
「それでですが、場所を変えませんか?」
詩穂理の提案。
「うん。ここじゃだめだわ」
「そうね。渋谷に行ってみましょ」
まりあの意見に異を唱える者はいなかった。
一駅隣の渋谷に散歩と見物がてら歩いていく。
春の日差しが柔らかく、歩くにはいい日だった。
ところが渋谷に向かう際中でも詩穂理は「ファン」に捕まった。
しかもまりあやなぎさ。美鈴まで芸能関係と勘違いされサインを求められる始末。
たまらず逃げ出した。
今度は駅に向かう。とりあえずちょうど来た山手線に飛び乗る。
進行方向もあり車内で検討して池袋へと移動した。
池袋駅に着く。
「どうして池袋なの? しほちゃん」
「見てください。南野さん。綾瀬さんも高嶺さんも」
ホームを見渡すやたらと「気合の入った」可愛らしい服装の少女たちが見受けられる。
どちらかというとまりあの着る服に近い。
対して渋谷や原宿にいたような人たちは見当たらない。
「いいわね。これならわたしたちも目立たなくていいわ」
似たような服装の少女たちに親近感を覚えたまりあが安堵する。
「しかし詩穂理。あんたよくこれ知ってたね」
「一年の時、同じクラスだった里見さんに付き合わされたんです。『おとめろーど』というんだそうです。その印象があって」
ちなみに本屋だからと付き合ったらそこはBL本専門店。
女子ならみんなBL好きなわけではない。当時は詩穂理も拒絶反応があって、逃げ出した。
「デパートもあるから、ここでなぎささんのスカートを買いましょ。わたしたちのもね」
「うう。どさくさ紛れにごまかせるかと思ったのに」
結局スカート中心にかなりの数を買い込んだなぎさ。
付き合いと言いつつ楽しんで、自分たちのも買って行ったまりあたち。
それは一部を除いてそれぞれの自宅と発送して身軽になる。
1セットは翌日の日曜に着るためまりあの家へと運ばせた。
「さぁて。これからどうしましょうか? どこかいい場所知ってる?」
誰ともなしに尋ねるツーサイドアップの美少女。
「サンシャイン通りなんてどうですか? 遊戯施設はたくさんあった記憶が。サンシャインビルにある水族館も楽しそうです」
答えたのは黒いタイトスカートでハーフアップのメガネっ子。
「よし。遊ぼう」
遊びと聞いて小学生以来の私服ミニスカートの恥ずかしさを忘れた長身少女。
「いこいこ」
遊園地帰りにしか見えない犬耳カチューシャの小柄な女子が賛同。
池袋駅東口からサンシャイン通りを目指す。
移動するその途中で不快なにおいに思わず立ち止まる。
「なんか臭くない?」
顔をしかめるまりあ。
「そうですか?」
平然としている詩穂理。
「してるよ。タバコのにおい」
なぎさも心底嫌そうな表情になる。
「あそこからだよ」
鼻をつまむ美鈴がさしたのは喫煙コーナー。
歩道の一部なので煙はそのままだ。
まりあたちは足早にその場を去る。
横断歩道を渡り煙が及ばなくなったところで止まる四人。
「わたしタバコ嫌い。パ……お父様が吸うのも嫌だったの。今のおうちになってからは誰も吸わないから、久しぶりに嗅いだあの匂いはきつかったわ」
「うちもパ……父ちゃん含め誰も吸わないし」
着せ替え人形にされた腹いせか、まりあの口調をまねるなぎさ。
「……なんで今まねしたの?」
思わず出てしまった呼び方を指摘され赤くなるまりあ。
「言ってないじゃん。パパなんて」
にやにや笑うなぎさ。クリスマスパーティーで弱みを見せた形のまりあ。
「美鈴のところも誰も吸わないから……しほちゃんはタバコ吸うの?」
「なんでそうなるんですかっ?」
思わず突っ込みを入れる詩穂理。
「だ、だってしほちゃんだけ平気なんだもん」
たじろぐ美鈴。それでもいうことは言う。それで腑に落ちた詩穂理が説明する。
「父がヘビースモーカーなんです。あと最近になって分かったんですが、姉も喫煙者だったんです」
「詩穂理さんのお姉さん?」
三人とも面識はない。詩穂理をそのまま大人にしたイメージを抱いた。
清楚なイメージとタバコが結びつかない。
実際は「ギャル」であるが。
「母も妹もタバコの煙を嫌って父の書斎には寄り付かないのですが、私は小さな時から本のたくさんあるそこが好きで、タバコの煙にも慣れてるんです。逆に落ち着くくらいで」
最後が余計だった。
「小さいころから煙草の煙が平気って……やばいね。これ」
「ええ。詩穂理さんが成人したら吸いだしそうだわ」
「あ、でもしほちゃんならかっこいいかも」
「なんで揃いも揃って私が喫煙者になる前提なんです?」
抗議の声もいささか弱い。
「詩穂理。吸わない自信ある?」
「た、たぶん」
「なんでそんな弱気なの? 本当に吸ってないんでしょうね?」
「ないです。少なくとも口に咥えたことはありません。けど」
「けど?」
「副流煙はたくさん吸っているので、下手したら一日4~5本くらい吸っているのと変わらないかも」
それで吸わない自信がなかったのだ。
「大丈夫でしょ。風見君はアスリートでは無いけど、体には気を遣っているみたいだし。百害あって一利なしのタハコをお嫁さんに吸わせたりしないと思うよ」
「どうかしら? 彼は詩穂理さんには甘いから、ベランダとかでなら吸わせてあげそう」
「駄目だよ。しほちゃん。元気な赤ちゃん産むのにタバコはいけないよ」
「だからタバコは吸わないと」
タバコは否定したが
「「『風見君との結婚は?」」」
盛大に突っ込まれた。
もっとも美鈴となぎさの場合はブーメランにもなりかねなかったが。
「それは……そのぉ……時が来れば」
今度は詩穂理が真っ赤だ。
教室でプロポーズされたので否定しきれない。
「いいなぁ。詩穂理さん。なぎささんも美鈴さんも両想いで」
突如としてまりあが落ち込んだ。
理由はこの発言だけで十分にわかるが、それだけにフォローのしようもない三人だった。
「だけどいよいよわたしの番ね。優介に絶対『好き』だって言わせて見せるわ」
一人で立ち直る。
「そ、その意気その意気。その根性があれば何でもできる」
やっぱり体育会系だった。
「お手伝いするね。みんなのおかげで美鈴も大ちゃんと……」
赤くなってしまう美鈴。
「そうですね。みんなで助け合ってきましたし」
直接の手助けてなくても「心の支え」にはなっていた恋愛の同盟。
「みんな……ありがとう!
暖かいことばに感極まるまりあは、思わず抱き着きに。
一番近くにいた美鈴が「捕まった」形に。
路上で突然に出た美少女同士の抱擁にざわめく周辺。
「危機一髪でしたね」
カメラ慣れはしても人前はまた違う詩穂理が難を逃れてほっとする。
「まったく。栗原先輩かよ」
何も考えずに抱きつく癖のある先輩を連想していたなぎさ。
それからゲームしたり食事をしてまりあの家へと移動した。
この「女子会」最後のイベント。お泊り会になる。
その隣家。水木家では正月以来の一家勢ぞろいである。
しかしやや重い雰囲気である。
「それじゃ優香。優奈。お前たちはこのままだな?」
帰ってきた主。水木大介が確認で尋ねていた。
「うん。大学あるし」
「私も同じ」
大学生の長女と次女は返答する。
「わかった。くれぐれも気を付けろよ」
「はーい」
「お父さんたちもね」
「ああ」
さみし気な笑みを浮かべる大黒柱。
「あとはみんな一緒だな」
「ええ。あなた。これすらずっとよ」
こちらは迷いを振り切った笑みの水木優子。
だが亜優と優介の双子姉弟に笑みはなかった。
夜の高嶺家。
入浴も済ませ最後のイベント。パジャマパーティーがまりあの部屋で行われる。
客を泊める部屋はあったが四人とも同じ部屋だ。
まりあのベッドに小柄な美鈴が一緒に寝る。
床に客用の布団を二組用意して、そこになぎさと詩穂理である。
ただし今はその布団の上に輪になって座っていた。
それぞれが思い思いのお菓子などを用意している。
「やっぱり修学旅行とは違うわね」
それぞれ寝るための服である。
まりあはピンクのネグリジェ。フリルがふんだんにあしらわれている。
「まりあちゃん。可愛い」
「ありがとう。でも美鈴さんのも可愛い」
美鈴は赤いパジャマだが、やはりところどころに白いフリルがあしらわれている。
互いにほめあう形だが、それぞれの服の趣味が近いので必然的にそうなる。
「そんなフリルだらけで寝にくくない?」
なぎさは青いジャージだった。同じ17歳女子だが極端に違う。
「そんなに気にならないわよ。気になったとしても寝ちゃえば同じだし」
意外に現実的なまりあの返しだったのだが
「それにこれって童話に出てくるお姫様みたいでしょ? これを着るとわたしもお姫様になった気がするのよ」
平常運転の答えが続く。
「あんた普段がお姫様そのものじゃないか」
なぎさがポテトチップスの袋をあけながら言う。
「それを言うならなぎささんだって」
お姫様がチョコ菓子を開封しながら切り出す。
「まさかそれ一着で部屋着も寝間着もジョギングも?」
「まっさかぁ。これはパジャマ。部屋着は緑のだよ。走るときは赤いの」
「……でも、全部ジャージなのね」
「楽じゃん」
「そうかなぁ? なんか夢の中でまで運動させられそうで美鈴はちょっと」
棒状のスナック菓子を開封して一本口にした。
「しかし詩穂理。あんた本当に黒が好きだな」
矛先を変える意図か、あきれたようになぎさが言う。
詩穂理も女性用パジャマだか、見事なほど真っ黒なのである。
美鈴の着ているパジャマと違い、フリルなどの装飾もないシンプルなものだ。
「黒って地味だけど強い色で好きなんです」
「地味だが強い」は詩穂理そのものだった。
「しほちゃんは御菓子いいの?」
美鈴の言う通りお菓子はなく、詩穂理の前にあるのはペットボトルのお茶だけである。
「ええ。モデルのお仕事もあるので太らないように気を付けないといけませんから」
生真面目な性格ゆえ、誘惑を断ち切っていた。
こんなふうにいい意味で「たわいのない話」を続けていた。
ただしゃべるだけで楽しかった。
「しっかしあたしら、恋人いるのに女同士でつるんでてしょーもないなー」
なぎさが軽口をたたく。
「だから今のうちなのよ」
まりあの言葉にハッとなる一同。
「そうですね。それぞれの相手と付き合いだすと、どうしてもそちら優先になりますしね」
「もともとあたしらは、それぞれの恋を成就させるために組んでたし」
「でももうお友達だよね。目的は果たしてもみんなずっとお友達よね?」
「もちろんよ。美鈴さん。それでもやっぱりお嫁に行ったりしたら、こんなふうにできなくなるから」
この日まりあが強引なまでに進めていたのが理解できた。
「だから、今だけでも」
静かな笑みを浮かべるまりあ。
心を許した相手にのみ魅せる笑い顔。
同性でありながらなぎさ。美鈴。詩穂理はときめいてしまった。
「まりあちゃん。大好き」
美鈴がまりあに飛びつくように抱き着く。
「もうー可愛いなぁ。あんたは」
なぎさだと試合で優勝して抱擁するかの印象だ。
「私も失礼します」
なんとも律儀な一言を入れてから抱き着く詩穂理。
「わっ。苦しいぃ。きゃっ」
三人に抱き着かれたまりあは押し倒される。
「あっ。ごめんなさい」
最後に抱き着いた詩穂理が離れる。
「わ、悪い」
なぎさも離れるのだが
「まりあちゃん。柔らかい。それにいいにおいするね」
ほほを赤らめながら美鈴が言う。
美鈴の顔はまりあの胸元にある。
「美鈴さん。ここまで近寄って顔見たことなかったけど、こうしてみると本当に可愛いわ」
こちらも怪しげな…否。「妖しげ」な表情のまりあ。
『可愛いもの好き』の二人が、もつれ合って倒れこんで密着して変な気持ちになってきた。
「こらこら。美鈴。大地君とキスまでしといて女に走るのか?」
「高嶺さんも! それじゃ水木君のことを批難できないですよ」
二人にとがめられてまりあと美鈴は正気に帰った。慌てて離れる。
「まったく。水木君だけじゃなくてまりあまでそっち方面に走らなくてもいいだろうに」
「ある意味、似合いの二人ですね」
なぎさと詩穂理になじられるまりあ。しかし
「そっかぁ。わたしさっき美鈴さんのこと本当に可愛いと思ったのだけど、優介もこんなふうに男の子にときめいたのかしら?」
かなりの危険発言である。
「またひとつ優介のことを理解できたわ。これを活かせば優介がわたしと付き合うようにできるわ」
自信満々なお嬢様。
「『敵を知り己を知れば百戦危うからず』とは言いますが」
「ポジティブシンキングは悪くないけどさぁ」
「美鈴が悪いの? ねぇ、美鈴のせいなの?」
眠りつくまでこんな調子であった。
翌朝。まりあたちは休みだというのに早目のに起きた。
シャワー。朝食。着替えて髪を整えていく。
この日は四人での予定は何もない。
だがまりあ以外の三人は午後からそれぞれの相手とのテートがあるためここで解散。
三人とも前日買った服に着替えている。
パステルカラーが愛らしい春物の服。
なぎさは前日で慣れたのか、ミニスカートでにも耐えられるようになっていた。
まりあはその見送りで家の外にまで出ていた。
「それじゃみんな。デート楽しんできてね」
「うん。またね。まりあちゃん」
「なんかあたしらばっか悪いな」
「気にしないで。わたしも今から優介をデートに誘うから」
ジョークとは思えない笑顔である、
「逞しいですね……」
こちらは苦笑の詩穂理。
噂をすれば影。隣家から優介。そして亜優が出てきた。
「優介! 亜優!」
いきなり駆け寄るまりあ。放置された美鈴達は苦笑。
「まりあ!?」
隣家である。たまたま同時に出てくるなど不思議ではない。
それなのに不自然な亜優の驚きだった。
「なぁに? そんなに驚いて。ねぇ。優介……」
同意を求めつつ優介をデートへと誘おうとした時だ。
双子姉弟に続くように彼らの父。水木大介が出てきた。
(もしかしたら?)
優介たちの父が単身赴任で不在とは聞いていた。
優介以外に男がいないはずのこの家から出てきた男性が父親かとまりあは察した。
かしこまったまりあに気が付く大介。
極めて単純に考えた。
「亜優。お友達かい?」
「うん。こちら高嶺まりあさん。私の友達なの」
「初めまして。高嶺まりあです」
元々礼儀作法は叩き込まれているが、相手が自分の「義父」になるかもしない人物と飛躍した発想に至ったまりあは、ことさらかしこまって挨拶する。
「まりあ。それにみんな。紹介するわ。私たちの父よ」
なぎさたちにも紹介した。頭を下げる三人。
「そうか。みんな亜優や優介と仲良くしてくれたんだね。ありがとう」
(くれた?)
詩穂理だけが過去形に気が付いた。
「僕も単身赴任していたけど重要なポストについてね。本腰を入れることにしたんだ。それで家族と四月から一緒に北海道で暮らすから」
「え?」
何を言われたか理解できなかったまりあ。
いや。理解することを拒絶したというべきか。
「だから北海道に引っ越すんだよ。ぼくと亜優も転校するんだよ。それで思い出づくりしていたんだよ」
泣きだしそうな表情でされた優介のConfession――告白だった。