終末教の被害1
「俺たちはまだ運が良かったな」
「あるいはかなり善戦した、といえるのかもしれない」
何が起きたのかという説明のためにルドンアカデミーの講堂に集まっていた。
トモナリが見回してみると最初に集まったよりもいくらか人が少ない。
「私たちは死者が一人、重軽傷者はいるもののほとんどが無事だったからね」
カエデは深いため息をつく。
トモナリたちの被害は死者一名である。
ブラジルの覚醒者が亡くなってしまった。
死体を操られて、そのせいで大怪我を負った子はいたけれど、アメリカのジェレミーたちのフォローが素早くてなんとか死者はそれ以上でなかった。
死者は出たものの、トモナリたちはまだ無事な方であった。
当然他のゲートにも終末教は差し向けられていた。
襲撃の仕方は様々である。
トモナリたちはゲートから出た瞬間に別の場所に飛ばされた。
ゲートから近くにあった廃工場である。
他の場所ではゲート前で襲撃されたり攻略人数に余裕があるゲートに飛び込んできたりと、トモナリたちの方は割と特殊な襲われ方であった。
そして被害の大きさも違う。
終末教としては単に倒すだけではなくスカウトするということも目的の一つである。
そのためにさっさと全滅させるなんてことはしなかった。
だが何人か見せしめのように殺して従わせようとしたり、無理やり誘拐してしまうなど被害が大なり小なり出ていた。
「そして流石の中国だな……」
メイリンを始めとした中国は無事であった。
同行していた他の国に被害は出たが、中国の覚醒者に死者も連れて行かれた人もいない。
一番ひどい被害を受けたのは前回優勝のカナダであった。
どうやら最後まで抵抗したらしい。
カナダは日本と同じく別の場所に飛ばされてしまった。
異常事態が起きていると連絡を受けて待機していた教員たちが周辺を捜索したが、マコトのように抜け出して連絡してきた人もいなかったので見つけるのに時間がかかった。
結果として生徒の半分が命を落とし、残りの半分も重傷で入院中である。
幹部クラスの覚醒者が出てきたようで、生徒を守ろうとした教員にも死傷者が出たぐらいなのだ。
死者を操るジョン・ドゥもかなり危険な相手であるが、容赦のない幹部クラスの相手に比べればまだいくらかマシだった。
「まあ暗いのもしょうがないよな」
講堂の雰囲気はかなり暗い。
それだけの被害が出たのだからしょうがない話である。
「‘よく集まってくれた’」
壇上にルドンが上がる。
「‘今回終末教により大きな被害が出た。これによって予定されていた個人戦は中止とする’」
当然の判断である。
こんな時に交流を目的として戦ってなんかいられない。
参加できなくなってしまった人も多いので文句を言うような人は誰もいなかった。
「‘意図せぬものではあったが終末教という連中がどんなにクソ野郎か分かったはずだ’」
被害を受ければ身に染みて終末教のヤバさというものがわかる。
口先だけでは決して伝わらない経験ができたという側面があることは否めなかった。
「‘交流戦はここで終わりとなる。だが我々はここで終わるつもりはない’」
「……何を言い出すんだ?」
「‘連れて行かれてしまった者がいる。それぞれの国で未来となるべき若者だ。捕らえた終末教から拠点の位置を聞き出した。我々は終末教の拠点を襲撃する’」
もちろんただやられただけではなかった。
倒さず捕まえた終末教の覚醒者もいる。
誘拐されたり、死にたくないからと終末教に降った子もいて、ルドンはその子たちを奪還することを計画していた。
やられっぱなしで終わるなんてこと考えてはいなかった。
「‘ついては各国の教員に助力を要請する。中には被害を受けておらず関わりがないと言うものもいるかもしれないが、この問題はもはや被害を受けたものだけのものではないのだ’」
アカデミーの教員は実力者揃いである。
被害を受けたから復讐したい者、さらわれた生徒を助けたい者など思惑は様々あるだろう。
何にしても協力してもらえるならばルドンとしても助かる。
「‘すでにS級覚醒者を有するギルド二つの協力を取り付けた’」
ルドンは仮に教員たちの助けを得られなくとも終末教を襲撃するつもりだった。
「‘加えて……希望するものは終末教の襲撃に同行することを許そう’」
「‘それは危険でしょう!’」
希望するもの、という言葉と同時にルドンは行動を見回した。
教員だけではなく、今回交流戦に参加しているトモナリたちのような覚醒者も希望すれば連れていくというのだ。
ルドンの言葉に反発が起こる。
希望すれば、という条件はあるものの、希望すればいいだけなら実質的に条件などないに等しい。
「‘実際に戦うことはないだろう。だが復讐心は大事だ。実際の過酷な戦いを経験することもまた大事である’」
襲いかかってきた終末教に復讐したいと思う人がいてもおかしくない。
現実に戦わせるようなことはしないが、拠点の襲撃に同行させることで少しでも復讐の心が満たされることはあるかもしれない。
加えて覚醒者とモンスターというだけでなく、どこかで起こりうる覚醒者と覚醒者という対峙を冷静に見つめることができる場になる。
より強烈に終末教への反感を植え付ける作戦なのかもしれないが、かなりキツイやり方をするものだなと驚いてしまう。