最近幼馴染が冷たいのは彼氏が出来たからだろうか?
「おはよう瑞希」
「……おはよう健人」
朝、家を出ると瑞希も丁度家を出る所だったようでばったり鉢合わせになる。
「一緒に学校行こうぜ」
「……別に良いけど」
瑞希はいわゆる幼馴染というやつだ。
中学までは毎日一緒に登校していたが、高校に入ってからは朝練があったりですっかりそういった機会も無くなっていた。今は試験期間前ということで朝練は無いのでこうして久しぶりに一緒に登校することになったのだが。
「瑞希、なんか眠そうだな? 大丈夫か」
「……大丈夫よ、そっちこそテストの準備は大丈夫なの?」
「俺か? ああ、まあ……ぼちぼちかな。いつも通りマイペースでやるさ」
嘘である。寝不足で死にそうだ。
「そう……余裕ね」
う……なんか瑞希が最近冷たい気がする。前はあんなに可愛げがあったのに。
「おい健人、お前なんで翠川さんと一緒に歩いてたんだよっ!!」
「はあ? あいつとは幼馴染だからな」
「嘘だろっ!? なんて羨ましい……学園のアイドル翠川瑞希が幼馴染とか聞いてねえぞ」
そうか……高校からの奴は俺たちの関係を知らないんだよな。まあ……ほとんど接点も無かったし当然か。
それにしても――――学園のアイドルか……
瑞希は高校に進学すると同時に眼鏡からコンタクトに変えた。髪も伸ばしてぐっと大人っぽい雰囲気になった。アイツの可愛さは俺だけが知っていたんだけどな……。
「なあ健人、翠川さん生徒会長と付き合ってるって本当なのか? 何か聞いてない?」
「……知らねえよ」
瑞希と同じバスケ部のエースで生徒会長の黒川隼人先輩。最近瑞希と一緒にいる所を頻繁に目撃されていて嫌でも耳に入ってくる。
別に……俺と瑞希は単なる幼馴染で――――だからアイツが誰と付き合おうが俺には関係ない――――そう思っていたんだけどな。
「瑛太、テストに集中しないとまた赤点とるぞ」
「はあ……だよな、それに引き換え良いよな、学年一位さまは余裕で」
「馬鹿野郎、俺だって努力してるんだよ、こう見えてもな」
そう――――俺は死に物狂いで努力している。
理由は単純だ。
偶然聞いてしまったからだ。瑞希が友人に好みのタイプを聞かれて自分より成績が良い人って答えていたのを。
瑞希は運動神経抜群で成績も悪くない、しかも努力家だ。せめて成績だけはアイツに負けるわけにはいかなかった。意味なんてないかもしれない、でもそれしか俺には出来なかったから。単なる意地だ。
瑞希は前回のテストで学年五位まで順位を上げて来ていた。あの様子を見る限り今回のテストも気合十分で臨んでいるに違いない。大切なのは今回の結果だ、過去の栄光に胡坐をかいている余裕など俺には無いのだ。
「あと5分だぞ」
三回目の見直しをする。名前ヨシ、誤字脱字無し、空欄無し――――完璧だ。
「なんだよまた一位はお前かあ……」
「まあな」
瑞希は――――二位か。
なんとか勝てたけど、これでまたアイツの株が上がるんだろうな……本当にすごいよ。
「最近翠川さん学校休んでるらしいぞ。何か知ってるか?」
「瑞希が? いや……何も聞いてないけど」
テスト前具合悪そうだったからな……風邪でも拗らせたのか。
「……健人、何? 私を嘲笑いに来たの?」
「具合悪いのかと思って見舞いに来たんだよ、ほらお前の好きなすあま買って来たぞ」
「……上がって」
そういや瑞希の家に上がるの久し振りだな。
「学年一位……おめでとう」
言葉とは裏腹にすごい睨まれている。
「お、おう、お前も二位だろ? すげえ頑張った――――」
「――――二位じゃ駄目なの!! 二位じゃ……意味がないの」
み、瑞希……お前なんで泣いて……? そんなに悔しかったのか。
「何でよ……なんで勝てないのよ……健人のばか……馬鹿あああ!!!」
ぐはっ!? 感情を爆発させた瑞希の投げた枕が顔面にヒットする。
こんな時なのに瑞希の良い匂いがするなんて思ってしまう俺は心底どうしようもないと思う。
「うええ……お、落ち着け瑞希、悔しいのはわかるけど俺にだって負けられない理由はあるんだ」
ああ、そうだよな。見た目は変わっても中身は俺が知っている瑞希そのものだ。なにも変わってなんていない。
繊細で傷付きやすくて――――まるでエメラルドみたいだよ。
華やかで派手な表面の裏は傷だらけで――――本当は結構不器用で――――でもお前はそれでも……必死で頑張って乗り越えて来たんだよな。俺は隣でずっと見ていたから知ってる。
だから俺は――――そんなお前の隣に居たいから、頑張っているんだ。瑞希にとって恥ずかしくない男でいたいから。
「……理由って何よ?」
「実はさ、聞いちゃったんだよ。お、お前の好きなタイプって自分より成績が良い奴なんだろ? だからさ――――」
「……へ?」
泣くのも忘れてポカーンとしている瑞希。なんだよ……そんなに驚かなくたっていいだろ。
「え……ええええええっ!?」
「だからなんで驚いてるんだよっ!!」
「だ、だって……それじゃあまるで健人が私のこと好きみたいじゃない」
「……好きだよ、悪いかよ」
「え……ええええええっ!?」
はあ……こりゃあ脈無しだな。眼中にも無かったってことかよ、俺……馬鹿みたいだ。
「安心しろ、だからもう次からはお前が一位取れると思うぞ。じゃあな……」
これ以上はいたたまれない。瑞希の顔が見れない。
「ちょ、ちょっと待って!! ち、違うの!! 私も同じなの!! 健人に振り向いて欲しくて頑張ってたの!!」
「……へ? 瑞希お前何言って――――」
「だって――――私聞いたんだから、好きなタイプは自分よりも成績が良い子だって!! だから私――――」
「ああ……それはだな……交際を断る口実で使っていただけというか――――」
なぜか俺は結構告白される機会が多かったから断る理由が必要だった。まさか瑞希に聞かれていたとは……。
どうやら瑞希は俺が他の子と付き合ってしまうのではと焦っていたらしい。
だから地味な自分を変えるためにコンタクトにして髪型も変えてイメチェンした。黒川先輩には勉強の特訓をしてもらっていたらしい。ちなみに黒川先輩の彼女も一緒だったらしいが噂が独り歩きしたようだ。
「おはよう瑞希」
「……おはよう健人」
「雨だな」
「雨だね」
二人で梅雨空を眺める。
「傘どうしたんだ?」
「ん? 忘れたから入れて」
「家……目の前なんですけど?」
「彼女の可愛い甘えだよ?」
「し、仕方ねえな、入れよ」
上目遣いの破壊力半端ねえ……
「瑞希、カバン濡れるから」
「う、うん……」
濡れないように密着せざるを得ない、恐るべし相合傘。
「なあ瑞希、次のテストはどうするんだ?」
「もちろん全力で獲りに行くよ、私たちの間には――――何人たりとも割り込めないって見せつけるためにね!!」
「よし、見せつけよう」
「うん!!」
「ただでさえ梅雨で鬱陶しいのに見せつけやがって――――爆発してしまえ」
瑛太のつぶやきはどんよりとした灰色の空に消えていった。