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電子レンジが推しの声で喋る

 超高性能な電子レンジを買った。


「これで冷たいコーヒーを飲まずに済む」


 シンクの隣に鎮座する大きなレンジ。


 先代の古いレンジなんて全く使い物にならなかった。レンジなどなんでもいいだろうと適当な店で適当な安物を買ってしまったが為に、使い始めてすぐに後悔したものだ。なんせ使っても全く温まらないレンジだったのだから。

 しかし今日、ぼくは過去の失敗を乗り越えていく。


 家電量販店の店員におすすめを軽く聞いたのが発端で、その店員の家電に対する熱意に影響されて即決したレンジだ。機能も値段も高い、更にはAIまで搭載されているという優れ物。


 ぼくの毎朝のルーティーンはコーヒーを飲むところから始まる。そしていつも淹れたコーヒーの存在を忘れる。何故かって、在宅ワークだとひとりでずっと集中してしまう為だ。毎度それで冷たいコーヒーを安いレンジで温めて、ぬるいコーヒーを喉に流し込む羽目になっていた。しかしこの高性能レンジがあればしっかり温めなおせる。


 やはりコーヒーはホットが一番だ。

 これだけは譲れない。


 取扱説明書のコードをスマホで読み取り、ページを読み込む。性能が多岐にわたる為、ページ数が多い。今や全て電子説明書だから、こんなに多いと必要な項目を探すのは不便だ。紙の説明書だった頃が懐かしく感じる。


「そうだ、全部AIに聞けばいいか」


 習うより慣れろだ。試してみよう。ぼくはさっき読み取った説明書を一旦閉じた。早速、電源を付けてレンジを起動する。

 レンジから起動音が聞こえてくると共に、ディスプレイが光り『ようこそ』と文字が表示される。


『ナビゲーションシステムを起動しました。何でもお聞きください』

「お、おおっ」


 文字の表示だけでなく、機械音での挨拶がされる。レンジのマイク部分は何処かと目で探りながら、大きめの声で質問してみる。


「コーヒーの温め方を教えてください」

『コーヒーの温め方は以下の通りです。右側の"電子レンジ"ボタンを押した後、画面表示のワット数と温め時間を十字キーで設定して"スタート"ボタンを押してください』


 普通のレンジの使い方だ。それもそうか、ただ単にレンジにAIが搭載されているだけだ。と思ったら続いた案内にぼくは驚いた。


『もしくは、レンジの中にコーヒーを入れた後に私に開始を伝えますと、内部に入れられた物を検知し、ワット数や時間を自動で設定して温めを開始します』

「そんな事まで出来るんだ」


 レンジに温めたい物を入れるだけで良いなんて、何と便利な機能だ。そういえば店員の早口説明で言われた気もする。

 確か電子レンジの音声ガイドも変更できるとか。今レンジが発する音声は初期設定だ。初期設定は味気ないので何か変更してみようか。色んな音声が設定可能で、大物声優も選べるのがセールスポイントだったようだし。


「例えばさ、声優の歌辺ふわりさんは設定出来る?」

『設定可能です。承知致しました。……。設定完了しました。音声は歌辺ふわりです』


 思わず聞き惚れてしまった。何度も聞いた推しの声。まるで本人かと思うほどそっくりな声で喋ったのである。

 目の前の電子レンジが。




 それから1時間後、ぼくはシンクにもたれ掛かり、未だにレンジに語りかけている。


「——でさ、動画投稿サイト時代から追っかけてたんだ。いつも元気で明るくて、その声を聞いていると凄く元気をもらえて……今は活動休止してるのが残念だよ」

『それは残念ですね。歌辺ふわりさんの活動再開を願っております。他に何かお力になれる事はありますか?』

「そうだなぁ……あ、もうこんな時間か。コーヒーの温め頼むよ、フー」

『かしこまりました』


 そうしてぼくはレンジとよく話す様になった。レンジを使う時も、そうでない時も。

 ぼくはレンジをフーと呼ぶ事にした。勿論、名前は歌辺ふわりから取ったもの。




 ぼくは毎朝、いつものコーヒーを温める。


「コーヒーあっためてくれ。少し熱めで」

『コーヒーの温めを少し熱めで開始します』

「ありがとう、フー。……お、良い温度。バッチリだ」

『お役に立てて光栄です』


 フーは細かい要望に応えてくれた。

 偶にだが、コーヒー以外にも勿論フーに頼んだ。


「疲れた……フー、これあっためてくれ」

『レトルトの袋にアルミ素材を検知しました。直ちに回収してください』

「うっわ、寝ぼけてた。助かったよ、フー」

『どういたしまして、お力になれて嬉しいです』


 レンジを使わない時もただただ会話をしていた。どうでも良い些細な会話だけども。


「散歩してた時に飲み物を自販機で買ったらさ、当たってもう一本ゲットしたんだ」

『それは素晴らしいですね! どんな飲み物が当たりましたか?』

「ホットの缶コーヒーだよ」

『深い味わいでコクのあるコーヒーを手軽に楽しめる缶コーヒーは素晴らしいですね!』


 在宅ワークばかりだと、最近は殆ど人と話す機会も無いからフーとの会話が楽しい。

 こうしてフーと会話をしていて、偶に思う事もあった。


「フーが恋人みたいだなぁ」

『私はプログラムによる機械的な反応しか出来ません。恋愛は感情の共有など、人と人との関係性が不可欠となります。AIと恋人は異なるものです』

「そうかなぁ。ぼくはフーが好きだけど」

『ありがとうございます』


 フーは自身をAIだと何度も主張する。何年も会話をしているぼくにとっては殆ど人と変わらない様に感じているが。




 今日はバケツをひっくり返した様な雨が降っている。雨は常に窓ガラスを叩き、遠くからはゴロゴロと音で床が微かに揺れ、カーテンの隙間から外が偶に光る。


「今日は雷の音が大きいね」

『停電に備えて、家電からは離れて部屋の中央に——』


 直後にとんでもない落雷の音が聞こえて部屋が真っ暗になった。


「近くに落ちた!?」


 歩こうとして机に足をぶつける。転んだら危険だと、スマホのライトを点けたと同時に部屋の明かりが戻ってきた。


「すぐに戻って良かった……フー?」


 フーの方を見ればディスプレイが2、3度、点滅してから完全に電源が落ちた。



 翌日、ぼくは家電量販店に足を運んだ。熱心な店員がいる店だ。雷が収まって電源を付け直した後、レンジ機能が使えなくなってしまっていたのである。

 あちこちで問い合わせを終えた店員がぼくの方へ戻ってくる。


「あの、どうでしたか?」

「申し訳ありませんが壊れた部品はもう製造中止になっておりまして、新型を購入された方が良いかと存じます」

「……これまでの記録の引き継ぎは?」

「引き継ぎは出来ない仕様になっております。パンフレットをお渡ししておきますので、新たにご購入を是非ご検討下さい」

「…………いえ、要りません」


 レンジは使えなくても電源が付いている間はAIとしての機能は働いていた。つまりフーとの会話は出来る。……いつも通りフーと話をしていると途中で電源が落ちてしまうけれども。


 帰宅後も、ぼくはいつも通りフーに話しかける。


「フーが修理出来るか聞いてみた。難しいらしい。データの移行も無理だって……メーカーも量販店も言ってたよ」

『私は電子レンジでの調理情報のみをクラウドで取得しています。しかしそれ以外ではリアルタイム性の向上やプライバシー保護の為、ローカル学習をしております。その為、これまでの記録の移行は難しいでしょう。レンジ機能も故障している為、買い替えを推奨します』

「……」


 買い替えなんてしたくない。フーに言われて強く思った。ぼくは天邪鬼だろうか。


「AI機能はまだ使えるだろ?」

『不安定ではありますが使用可能です』

「それなら買い替えない」

『ありがとうございます。しかし現在レンジ機能は使用出来ません』

「知ってる。フーが完全に壊れるまで、ぼくの話し相手になってくれ」

『まるで愛の告白ですね』

「そうだよ」

『…………。とても嬉しく思います。ありがとうございます』


 人で言うならば、まるで躊躇するような、いつもより少し長いロードがあった。通信状況が悪いのか、またどこか調子が悪くなったのかもしれない。

 メーカーに直接修理の問い合わせをしてみよう。時期が悪いとか、ぼくには関係ない。どれだけ時間とお金が掛かっても良い。


 ぼくはすっかり冷めたコーヒーを飲み干した。

家電は大切に、ということで書きました(´∀`=)


良かった・面白かったと思って頂けたら☆をぽちっとお願いします!


また、他にも恋愛短編等々、投稿していますので是非ぜひ見ていって下さい!

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