三メートルの恋人
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僕の恋人はのっぽだ。三メートルもある。突然変異だとか言われているけれど、まったくもってそのとおりなのだろう。ニンゲンにしてはデカすぎる。彼女は体躯とは反比例する格好で気が小さく、大きな身体を持て余し嫌がっていて、暇を見つけては泣いてばかりいる。生きていく上ではそれなりにつらいことだろうし、しょげたくなる気持ちだってわかる。彼女は学校にすら通えずにいる。「通え」と言うほうが残酷だ。引きこもるしかないのだ、彼女の場合。
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やけに天井が高い家、部屋。優しい彼女の両親が、彼女のためにあつらえた。彼女が外に出られないことはやはりやむを得ないことで、だからこそかわいそうで、だからこそかまってやりたくなるというもので……。僕は中学のときからバスケをやっていたのだけれど、高校一年の夏に辞めた。僕には才能があるからだろう、えっへん、監督からも部長からもえらく慰留された、えっへん。でも、固辞した。僕だけが高校生活を謳歌するのは、とても申し訳なく思えた。「それはなんか違うなあ」とも感じた。彼女があたりまえの日常を送ることができない状況――それこそそれは凡人には理解できない領域なのだろうと思う。彼女の気持ちをカンペキに理解することなんて誰にもできない。それでも努力はしたい――そうあって然るべきだし、そういうことなのだ。僕の決意はいつだって固い。
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そも、彼女は大阪から越してきたニンゲンで、だから当然と言うべきだろう、そっちの方言でしゃべる。僕が部屋を訪れるたび、彼女は「かんにんね? かんにんね?」と詫び、それからもごもごと口籠り、申し訳なさそうに俯く。正座していても、カノジョは大きい。僕は見上げないといけない。
「かんにんね? ホンマにかんにん。シゲちゃん、モテるやろうに……」
「謝るのは良くない。言ってるだろ、何度も、フミのことが好きだって」
僕の恋人――フミは顔を真っ赤にした。
「せやけど、そんなん、申し訳ないよぅ……」
「かわいそうなのは、フミだ。そうであることに終始する」
「ウチはええねん。これはなんかの罰なんや」
「それってなんの罪?」
「前世で悪いことしたんやよ」
「馬鹿か、きみは。立ちなよ、フミ」
「へっ?」
「いいから、立ってよ」
おずおずといった感じで、フミは腰を上げた。
僕も立ち上がった。
やにわに、おもむろに、僕はフミのことを抱き締めた――といっても、背に両腕を回すことくらいしかできないのだけれど。
「協力してもらわないとだけど、僕ときみはキスができる。セックスだってそうだ。きみは何も気に病む必要なんてない。どう? これだけ言っても、説得力がない?」
「そんなこと……そんなこと、ないよぅ……」
えーんえん。
僕の小さな頭を抱き締めながら、フミは泣いた。
ホント、少し身体が大きいだけではないか。
なのに区別なり差別なりをしようという輩は、絶対に馬鹿だ。
そいつらがしつこいようなら、そいつらのことは僕が必ず殺してやる。
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放課後、今日もフミの部屋にいる。彼女は今日もぺこぺこ「かんにんね? かんにんね?」と謝罪をくり返す。いいのだ、そんなこと。何度もそう言っている。嫌であれば嫌いであれば、僕は足繁くここに通ったりしない。
「ちょっとした案を持ってきた」
「あ、案?」
「たとえばフミ、きみはセーラー服を着てみたいとは思わないかい?」
「そ、それは、着てみたいけど……」
「だったらその道のプロにお願いして、あつらえてもらおうと思うんだけど」
フミは顔を真っ赤にして、ぶんぶんとかぶりを振った。
「え、ええよぅ、そんなん。メッチャ恥ずかしいよぅ」
「僕が一緒に撮りたいんだ」
「とっ、撮りたいん?」
「うん。セーラー服姿のフミと、一緒に写真を撮りたい」
息を飲み息を止め――そんな表情のフミ、目を見開いている。
「ホンマにええのん……?」
「いいんだよ」
フミはいよいよぽろぽろと泣き出して――。
「わからへんよぉ、なんでシゲちゃんがそこまで優しいんか、うちにはわからへんよぉ……」
「好きってだけでいいじゃないか。何度言わせるの?」
「せやけど……じつは、うちのことを憐れんでのことちゃうのん?」
「舐めないでよ。僕は間違ってもそんなことはしない」
フミは泣くばかりだった。
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僕はフミを「コロッケを食べに行こう」と誘った。近所の――古ぼけたアーケードにありながらも評判の名店で、そこの八十円のコロッケ――じゃがいもの風味が豊かなコロッケがべらぼうにおいしいのだ。
当然だろう、フミは渋った。外を出歩くのが怖い気持ちはよくわかる。何せ三メートル――目を引くに決まっている。でも、僕は公園のベンチに並んで座って、ほかほかのコロッケを一緒に頬張りたかった。たがいに絶対に青春すべきだと考えたのだ。いいだろう、それくらい。僕もフミも年頃の若者なのだから。
「行くよ、フミ」
「せやけど――」
家から出ても尻込みするフミの手を乱暴に引き、「いいから付いてきて」と言って、僕はずんずん足を進める。
「シゲちゃんは酷いよぅ……」
「本気でそう思ってるの?」
「思わへんけど……」
「僕が守る」
「えっ」
「僕が守ると言ったんだ」
僕に変化はない。
フミの手が、にわかに熱を帯びたように感じられた。
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コロッケを買った、二つで百六十円。コンビニでお茶も買った。準備万端。夢にまで見た――なんて言うと大げさかもしれないけれど、恋人とコロッケを食べたかったという謎めいた願望を抱いていたことは事実だ。白いロングコートに季節はずれの麦わら帽子姿のフミは、大きな口なのだけれど小さな口でコロッケを齧った。途端、彼女は目を丸くした。「おいしい……」と驚いたふうに言ったのだ。
「だろ?」僕は得意げだ。「メンチカツもおいしいんだけど、僕はコロッケという食べ物に脈々と流れるチープさが好きなんだ」
「それ、ぜんぜん褒めてへんやん」フミが「うふふ」と笑った。「おかあさんにごめんって言わなあかんわ。だって、こっちのほうがおいしいんやもん」
その感想がまた愛らしくて、僕はつい微笑んでしまった。
「さあ、次に行こう」
「えっ、まだどっかに連れてってくれるん?」
「パンダだ」
「パンダ?」
「上野動物園だよ。電車で一本。便利だよね」
顔を俯けた、フミ。その間にも「わーっ、メッチャデカ女、メッチャデカ女!!」などと心無い言葉を浴びせて走る幼子などなど――。
「行けへんよ。うち、はよ家に帰りたい……」
「ダメだ。僕はきみと一緒に動物園に行くんだ」
「シゲちゃん……」
「行こうよ。損はさせないから」
僕はにっこりと笑んだ。こんな満面の笑顔、フミに出会えなければ、きっと持ち合わせることはなかった。
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分厚いガラス戸の向こうにパンダを認めたときのことだった。フミが「わぁ」とまあるい声を発したのだ。感動したように「かわいいなぁ」と言ったのだ。
「そうなんだ。かわいいんだ」僕もパンダに視線を送ったまま、目を細めた。「でも、来月には中国に帰ってしまうんだ」
「うん。知ってる」
「うん、だからね、実物を一緒に見たかったんだ」
「おおきにね……?」
「いいんだよ」
まだまだ小さな双子のパンダが、木登りをしたり木からぽてんと落ちたりしている。かわいい、はっきり言って。パンダの愛嬌は反則だ。
いろいろな動物を見て回った。中でもフミが気に入ったのはカバだった、コビトカバ。舎の中にいて、その名のとおり、小さなカバである。でもしっかりとカバカバしている。問答無用のカバなのである。そこがかわいいのだとフミは言った。「カピバラさんよりもかわいい」とのことだった。果たして、カバとカピバラは比較すべき動物なのだろうか。わからないけれど、フミが喜んでくれるなら、それで良かった。
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フミのセーラー服が届いた。背を向け、着替え終えるのを待ち、「え、ええよ?」と控えめなオッケーが出たところで彼女のほうを振り返った。ほんとうにセーラー服姿だった。胸が大きいものだからそれに突き上げられておへそが覗いている。スカートはオーダー通り短くて――脚だって綺麗だ。著しく魅力的に映る。頬ずりしたいくらい。
最初、フミはスカートの裾を両手で押さえ、もじもじしていたのだけれど、「かわいいよ」と言ってやると、「えへへ」とはにかんでみせた。僕の隣ではフミのお母さんとお父さんが泣いている。三人とも苦労人だ。だけど、みんなでがんばって生きようとしている。健気だとは思わない。ただ、立派だなとは思う。
「シゲちゃん、ホンマ、おおきにね?」
「いいんだよ。僕はきみのことがほんとうに好きなんだから」
「結婚、してくれる……?」
「いきなり話が飛躍した」僕は「あはは」と笑った。「安心しなよ。約束する。結婚する。添い遂げる」
力が抜けてしまったように、フミは膝から崩れ落ち――。
「浮気、してもええんやからね?」
「しない」
「しても、ええんやよ?」
「だから、しない」
近づき、右手を伸ばし、頭を撫でてやった。
苦しみ、そして喜び、なんでもかんでも共有したい。
フミはえーんえーんと泣く。
今日も、泣く。
かわいい。
ほんとうにかわいいんだ、僕のフミは。
僕はきっと三メートルにはなれない。
なれないけれど、彼女への気持ちはホンモノだ。
愛したいし、愛しつづけるんだ。




