98 光のシャワー
寝室に入ったのでかぶせていたバスタオルを取ると、エリスレルアはかなり不機嫌な顔をしていた。
リュアティスは、途中で向こうへテレポートしていかれるのではと心配していたのだが、いつもならとっくに腕から下りようとしているのに、今回は機嫌が悪いだけで下りようとしない。
「リュアティス、私も看病する。
あっちに戻りたい」
もしかして、エリスレルア、実はかなり疲れているのでは?
近距離とはいえ二人を連れてテレポートしたのだ。
かなりの負担だったとしてもおかしくない。
しかも、ベランダからも飛び降りたんじゃなく『力』を使っていたし、花壇にも『力』を……
「ね、さっきの花壇の花、すごく光ってたけど、何をやったの?」
聞きながらベッドに近づいていく。
「え?
えっとね、元気に咲いてねってことで、『力』を分けるの。
そうすると、何もしないより何倍も元気に咲いていられるの」
エリスレルアをベッドに座らせ、上着を回収して肌掛けを肩に掛けると、彼女は両手でその端を掴んでにっこり笑った。
「ありがと」
彼女の左手側に並んで座るリュアティス。
「いい雨が降ってたから水をあげたくなったって言ってたね」
「うん!
雨が降ってるほうが……えっと……効果がよくて、地面に染み込むの」
「へー、すごいね~」
「えへへ、それほどでも」
テレて肌掛けを深くかぶったエリスレルアを微笑んで見つめていたリュアティスは、練習していたことをやってみることにした。
「ね、これ見て」
心の中で光魔法を詠唱し、差し出した右手の上に光の玉を浮かべる。
「わあ……きれい……」
その玉が二つに分かれ、次に4つに、そして8つにと、どんどん分かれて小さくなっていく。
「おおーー!」
数えきれないほどたくさんの小さな光の粒になって寝室の天井近くに浮かんでいたそれらは、次第にエリスレルアの上に集まり、リュアティスの合図で次々とエリスレルアに降りかかった。
「きゃあーー! きれーーーい!」
白い光の粒がキラキラ光りながら跳ねて、触ると温かく、穏やかな空気に包まれる。
胸の奥がだんだん温かくなってきて、強い眠気に誘われたエリスレルアは、リュアティスにもたれかかった。
「リュアティス……眠い……」
クスッ
『今、夜だから。
眠っていていい時間だよ』
『でも、光、まだ見ていたい……』
『また見せてあげるから、今はおやすみ』
そう言って右手で頭を撫でていると、エリスレルアは寝息を立て始めた。
「おやすみ」
ベッドに横たえて肌掛けを掛け、エリスレルアの額にそっとキスを落としたリュアティスは寝室を出ていった。
リビングに戻ると、大量のバスタオルは消えていて、ソファで眠っているルオレアスには掛け布団が掛けられていた。
レミアシウスさんってものすごく片付け慣れてるよな。
やっぱり、エリスレルアの所業への対処で鍛えられたんだろうか?
向かい側のソファに座ったリュアティスは、ルオレアスに視線を向けて軽いため息をついた。
「何をやっておられるのですか、兄上」
エリスレルアから聞いたわずかな情報だと、彼女のことをレフィナーサと呼び、水をやりに行ったからひどい目にあったと言っていたようだけど。
レフィナーサって確か……兄上に毒を塗ってしまったと心を病んで湖に身を投げたっていう婚約者の女性だよな。
ほかにも何か辛いできごとがあったのだろうか?
そんなことを考えながら一番上の兄を見ていると、ルオレアスが目を開けた。
眩しそうに右腕を目の辺りに当てる。
「……ここは……」
「お目覚めになられましたか、兄上」
「リュアティス……」
「なぜあのようなところに倒れておられたのですか?」
「あのような……?
……ああ、花壇か」
ふっと息を吐き、目を閉じるルオレアス。
「こんな雨の夜は、どうしてもレフィナーサのことを思い出してしまってな。
外を眺めていたら、お前の婚約者の子を見かけて……声をかけたんだ。
雨に濡れて風邪でもひいたらと保護しようとしたのだが……
まったく濡れていなくて……よく見たら寝間着のままで……
あの時のレフィナーサが重なって、抱きしめたら消えてしまったんだ」
「それは―――」
エリスレルアがテレポートしたからだとリュアティスが言いかけた時、起き上がったルオレアスが両手で顔を覆い、叫んだ。
「こんな雨の夜だったんだ!
やっと立ち直りかけていたのに!
母上のご病気は自分のせいだと、俺から遠ざかろうとしていた彼女が、やっと笑ってくれるようになっていたのに!
久しく抱いていなかった彼女と愛を確かめ合って、腕の中でまどろんでいたレフィナーサが、花壇に水をやり忘れたと……
雨が降ってるからやりにいかなくていいと止めたのに、雨がかからないところに鉢植えがあるからって薄い寝間着の上にガウンを羽織って出ていって……戻ってこなかった」
えっ!?
「一緒に行けばよかったと……どれだけ後悔したか……」
そのまま湖に?
と、一瞬思ったリュアティスだったが、当時彼らは王都にいたはずで、夜更けに女の子一人で湖までなんて行けるはずがないと思い直す。
「なかなか戻ってこなくて、不安になって、探しに行ったら……
彼女は……泥水の中に倒れていたんだ……一糸まとわず……」
えぇっ!!
「まだ近くにいた下劣なやつらは瞬殺したが、立ち直りかけていた彼女の心は壊れてしまった。
俺は彼女を守れなかった。
たった一人、愛していた人なのに……守り切れなかった。
俺が王太子でなければ、事件に巻き込まれることもなく……あんなことにはならなかったんだ」
うつむいて涙を流しているルオレアスに、掛ける言葉が見つからないリュアティスだが、何か言わないといけない気もする。
イヤな思いをさせるだけかもしれないけれど。
「聞いていた話と違っています。
僕は、兄上に毒を塗ってしまって心が壊れ、湖に身を投げたと聞いていました」
「湖に身を投げたのは本当さ。その理由が違っていただけで。
あの夜のできごとを知っているのは俺だけだったから誰にも言わなかった。
それだけが、俺に残された、唯一彼女を守るためにできることだったんだ」
兄上は5年間、誰にも言わずに、一人で耐えていたのか……
そう思うと、いてもたってもいられなくなり、リュアティスは先ほどエリスレルアに降らせた光魔法でつくった光の玉のシャワーを、ルオレアスに降らせた。




