97 輝く花とバスタオル
しばらく話を聞いていると、眠くなってきたのかエリスレルアがあくびをした。
「じゃ、そろそろ、私、お部屋に帰って寝るね!
あ! その前にー」
ピョンとベッドから下り、窓に駆け寄る。
「まだ雨降ってる!
お水の続き、やりに行こっと!」
「これから!?」
て、そのまま!?
「着替えないと、って言ったでしょ?」
「そうだった……うーむ……仕方ないので着替えてから行く」
とぼとぼと寝室の扉に向かうエリスレルアに、止めるのは無理だと悟ったリュアティスは、自分もベッドを下りて、近くにあった上着を手に取った。
それをエリスレルアに差し出す。
「これを上に着て。
僕も付いていくから」
エリスレルアがここに来てからだいぶ経つけど、もしかしたら、兄上がまだいるかもしれないし……
室内用のサンダルを履き、別の上着を手に取って着ると、エリスレルアがうれしそうに笑った。
「リュアティス! ありがと!」
ニコニコ笑いながら寝室を出て、部屋の扉のほうではなくベランダへ向かって歩くエリスレルアを見ていると、常識って何だろう、と思えてくる。
彼女が少しだけ虹色に光ると、二人の身体はフワッと浮いて、夜明けまでもう少しある暗い庭にゆっくりと降り立った。
「上手くいった! よかった」
失敗していたら……
ま、落ちるだけなので、彼女も僕も大丈夫だろう……たぶん。
さーっと降っている感じだが、結構な量の細い雨が降っている。
その中を普通に歩いていくエリスレルアの頭や肩、腕など、普通ならびしょ濡れになりそうなところに当たった雨が細かく跳ねてキラキラ光り、リュアティスはみとれて立ち止まった。
自分の右手を見ても、空を見上げても、雨は降っているのに少しも濡れない。
降っているのに傘を差さなくてもいいっていうのは、ものすごく便利だな。
これを魔法で再現すると、どうなる?
そんなことを考えながらエリスレルアのところまで行くと、薄暗がりの中なのに、左右で明らかに花の様子が違っているのがわかった。
左半分の花々は光り輝いている。
「これは……」
「こっちの半分やった時に、ルオレアスさんが来たの。
こっちだけじゃ、残りの半分が可哀想でしょ?」
「まあ……確かに……」
こんなに差があっては、途中でやめるのはちょっと……
リュアティスが見ている前で、エリスレルアは右半分にも虹色の水を撒いた。
「雨が降ってるとね~
地面にもよく染み込むの」
花壇全体が輝いている。
「これで当分平気だね~」
満足そうなエリスレルアに、「何が?」と聞きたかったが、どうでもいいか、とリュアティスは聞くのをやめた。
「そろそろ、戻ろう」
「うん! ん? あれ?
リュアティス、あそこに誰かいる」
「え?」
輝いている花の光にぼんやりと照らされて、誰かが倒れているのが見えた。
あれは!
「兄上!」
駆け寄って抱き起す。
「兄上! しっかりしてください! 兄上!」
額に手を当てる。
すごい熱だ。
「エリスレルア、どこかの部屋に運んで!」
「うん!
あ、おにいさま!」
レミアシウスさん?
『お花の水やりだよー。気持ちのいい雨が降っててね!
じゃなくて、リュアティスさんのおにいさんが、倒れてて熱だから運ぶね!』
彼女がそう言った瞬間に3人はエリスレルアたちの部屋へテレポートしていた。
リビングに現れたリュアティスたちに駆け寄ったレミアシウスは、リュアティスに上体を支えられているびしょ濡れのルオレアスの片手を左手で取り、額に右手を当てた。
そのまま目を閉じて少しの間集中していた彼は、ふうと息を吐いて微笑んだ。
『大丈夫。
雨に打たれていたせいで低体温症を起こしかけて、それに反発して熱が出ただけみたいだ。
もう少し放置していたら肺炎とかを引き起こしていたかもしれないけど、これなら熱が下がれば回復するんじゃないかな』
よかった。
「レミアシウスさんって、病気もわかるんですか?」
『あまり難しい病じゃなければね。
材料が揃えばそれなりに薬も作れるよ。
まあ、薬は種族っていうか、人によって合う合わないがあるから、知らない人相手にはなるべく作らないようにしてるけど』
それはそうか……
『今回は、薬はいらないな。
ただ、このまま濡れた服を着せたままにしておくのはよくない。
泥汚れも付いてるし……
とはいえ、侍女さんたちを起こすと大ごとになりそうだし……
エリスレルア、風呂場のバスタオルを―――』
『わかった!』
ドサドサッ!
『これだけあれば足りる?』
『……多過ぎる……』
少し離れた床の上にバスタオルが山積みになっている。
これって、たぶん……あるだけ全部だよね……
『……まあ、あとで戻そう……
着替えはとりあえず……僕ので着れるかな』
そう言ってレミアシウスは自分用の夜着や新しい下着などをクローゼットから取り寄せ、ルオレアスの衣類を全て洗濯かごに送った。
!
山積みのバスタオルから1枚手に取り、エリスレルアが近づいてくる。
『おにいさま、バスタオルで身体を拭くんでしょ?
……え!』
それまでルオレアスの上体を抱えていたリュアティスは、自分でもどう動いたのかわからないほどの早業で、エリスレルアが持っていたバスタオルを彼女の頭にかぶせた。
「リュアティス、何するー」
「エリスレルアは見なくていいの!」
「あ……ごめん……リュアティス君……」
「いえ……早く、着せてください」
ったく。
「リュアティス、前が見えない……」
「見なくていいって」
「えー! どうして!」
「どうしても!」
「むーー!」
『いいもん! 透視するもん!』
なんだってーー!
バスタオルをかぶせたまま、リュアティスはエリスレルアを抱き上げた。
「きゃわっ!!
何する……どうして怒ってるの?」
「どうしても!」
リュアティスはそのままエリスレルアを寝室へ連れていった。
『おにいさま! リュアティスさんが怒ってるの!』
『お前が悪いと思うぞー』
『どうして!』
『どうしても』
しばらく苦笑いしていたレミアシウスは、バスタオルを引き寄せてルオレアスの身体を丁寧に拭き、服を着せた。
ソファのところまで運び、横たえる。
「あいつ……目が覚めたらいないから、どこに行ったのかと思ったら……
花に水やりに行って王太子殿下を拾ってくるって、どういうこと?」
また何かやっかいごとじゃないだろうな 、と思いながらも放っておくこともできず、レミアシウスはこの時間にいつも作っているおやつではなく、スープを作ることにした。
『リュアティス君、僕、ちょっと厨房に行ってくるから、少しの間よろしくね』
『いってらっしゃい』




