95 帰る家
その夜は珍しく曇っていた。
雲をどけるか透視しないと、普通に見ただけじゃ星が見えないので、少しだけテンションが下がったエリスレルアだが。
「明日は、雨かな」
そう思うとすぐに機嫌は直った。
彼女は雨も好きなのだ。
どこを散歩しようかと思いながらベランダで空を見上げていると、レミアシウスが部屋から出てきた。
「そろそろ中に入れ。湯冷めするぞー」
「そしたら、またお風呂に入るもん」
「とにかく、入れ。クッキー焼いてみたんだ」
「え! クッキー?」
彼女が部屋に駆け戻ってテーブルを見ると、白っぽいクッキーと茶色っぽいクッキーがあった。
「チョコクッキーだ!」
「ふふん~♪」
テーブルに駆け寄るエリスレルア。
「おにいさま、どうして?
チョコは無理って、言ってなかった?」
「書庫の本を見てたらさ、カカオの代わりになりそうな豆を見つけたんだよ。
ちょっとくせがあるんだけど、ここら辺で採れる物だとその豆しかなくてさ。
その、酸っぱい渋みみたいなのを取り除けば結構チョコレートっぽくなるんだ」
一つ食べたエリスレルアの顔がパーッと輝く。
「おいしーーい!
やっぱりおにいさま、すごい!」
「ふふふ~ん♪
ただ、これ、『力』を使わないと作れないんだよ。
たくさん作るにはもっと加工しやすい豆じゃないとダメだから、みんなには内緒だぞ?」
レミアシウスが口止めすると、案の定、エリスレルアが聞いてきた。
「リルちゃんにも?」
「リルちゃんにも!
このチョコは、リルちゃんがおかあさんに頼んでも作ってもらえないからな」
「そっか~」
いかにも残念そうだが、それは彼も一緒だ。
「どっかに、もっと簡単に作れる実があるとは思うんだけど、この世界だとコーヒーも珍しいみたいだし。
移動手段が馬車じゃ、遠くの国とかと交流するのも大変なんだろうな」
「テレポートしたら一瞬なのにねー」
苦笑いするレミアシウス。
「一瞬じゃなくてもいいけどもう少し早く移動できないと生ものとかも厳しい。
まあ、この世界にはこの世界の発展具合があるから、あまり干渉し過ぎてもいけないだろうけど。
にいさんがいる世界だって、星によっていろいろあったろ?
自動車とかない代わりに、すっごくおいしいものがあったりさ」
「あ、そうかも!
リスの森のお水、とってもおいしいよー!」
「だから僕たちも、何がよくて何がいけないのか、よく考えてやらないとな」
「うん!」
うなずいたあと、自分も何かいいことをしたいと思ったのかエリスレルアが考え込んでしまい、それを見て、レミアシウスは余計なことを言ってしまったのではないかと、焦り出した。
「べ、別に、無理して探さなくていいんだぞ?
そういうのは思いついた時でさ!」
「……うーん……」
完全に失敗した気がする。
「リンシェルア、明日、帰っちゃうって言ってたけど、馬車でよね?」
「そうだろ」
「私が運んであげるってのは、どう?」
それは……いいのか? 悪いのか?
……なんとも言えない、難しいところだ……
帰ると言っても王都にではなく公爵邸にだから、それほどエリスレルアの負担にはならないため、構わないとは思うレミアシウスだが、移動した形跡がないのにリンシェルアが移動していること自体がダメな気もするのだ。
ここに来ていることをよその人が知らないのならまだしも、来るのに馬車で移動してるから、休憩所のみんなとか、知ってるだろうし……
だけど、そもそも、王妃様が元気になったことは秘密のはずだから、こっそりと移動してるか……
判断しかねたレミアシウスは、結論を先送りした。
「明日、王妃様に聞いてみよう」
「うん!」
王妃様が上手に断ってくれることを祈ろう。
「それにしても、リンシェルア、ホントに帰っちゃうのかなぁ」
「仕方ないだろ?
王妃様のご実家は、あっちなんだし」
「そうだけど……なんか、寂しいんだもん!
……うーん……あ!
いいこと思いついた!」
きっと、ろくでもないことに違いない……
「あっちのお屋敷を、ここに運ぼう!」
やっぱり!
「絶対ダメ!」
「ぶーー!」
ふくれっ面をしたエリスレルアに、レミアシウスはため息をついた。
「あっちのお屋敷には、あっちになくちゃいけない役目があるの!
それをこっちに持ってきたりしたら、あっちの人たちが困るだろ?」
「そうかもしれないけど、寂しいんだもん!
リルちゃんたちも、おうちができたら、そっちに行っちゃうんでしょ?」
「そりゃそうだよ。
この家はロドアルさんの家じゃないんだから」
ため息をつくエリスレルア。
「なんで、そこでため息なんだ?
今までどおり、遊びに行けばいいじゃないか」
「なんか、いいな~って羨ましくって」
羨ましい???
エリスレルアの思考回路に付いていけなくて混乱したレミアシウスは、ほかにも周りに人がいたとはいえ、彼女が生まれてから自分が星に戻るまでの110年間、ほぼ一人でエリスレルアの兄として彼女にいろいろ教えていたセルネシウスを、改めて尊敬し直した。
「なんで羨ましいんだ?」
「だって、みんな帰るおうちがあるんだもん。
私も帰りたくなったのー」
ええっ!?
「えっ! お前っ!
午前中、にいさんに、帰らないって言ってたじゃないか!」
「ん?
あーー、違うよーー!
セルネシウスおにいさまのところに帰るんじゃなくて、おうちに!
帰りたくなったの!」
「え?」
「だって、ここ、レステラルスさんのおうちでしょ?
私のおうちじゃないじゃない。
だから私も帰りたいんだけど、おうちがないから帰れないから、羨ましい」
ああ、なんだ、そういうことか。
それはレミアシウスもずっと思っていることなので、エリスレルアの気持ちはよくわかった。
「僕もそれは考えててさ。
どこかにいい場所ないかな、とは思ってるんだ」
「え!
じゃ、私たちもお引っ越し?」
エリスレルアの瞳がワクワクと輝き出し、レミアシウスは大急ぎで付け足した。
「でもまだ無理だぞー!
こっちのお金、まだあまりないから、ここを出ちゃうと生活に困るぞ?」
「どうして?」
「どうしてって……
そりゃ、山奥で自給自足とかでいいなら、今すぐでもできなくないけど……
買い物したり、したくないのか?」
「買い物はどうでもいい。
家があって、時々、こっちにも帰ってくるとかできれば。
そしたら、あちこち帰れて楽しいでしょ?」
なるほど。
それはありかも。
小さな部屋でもキープしておいてもらえれば目撃者の心配がないから、部屋から部屋にテレポートする分には問題ない。
伯爵邸でも、公爵邸でも、ラーレス家でも、王都でも……
家に帰れば、たとえエリスレルアが近くにいたとしても、ここよりよほど気楽に過ごせる。
伯爵邸でエリスレルアほど堂々としていられないレミアシウスにとっては、そっちのほうが断然いい気がしてきた。
僕的にはレステラルスさんちの近くにしてほしいけど、そこは目をつぶってでも実現したい。
「よし! 明日にでも場所探しに行くか?」
「やったー!
私はね~、リスの森か、フェンリルちゃんたちの近くがいいかな~
あ、でも、ほかにもいいところがあるかもだよね!」
どっちも結構遠いな……
どっちかっていうと、リスの森のほうがマシ?
公爵家寄りだけど伯爵家との間にあったはずだ。
途中に経由できる小屋かなんかを建ててそこまでテレポートしてあとは馬とか乗れば、伯爵家やロドアルさんちの手伝いとかも行きやすいかもだし。
「じゃ、明日レステラルスさんたちにちょっと話してみるかな」
「うん!」




