94 過去の事件と現在の悩み
「リュアティスー、いるかー? 入るぞー」
「……どうぞ……って、返事する前に入ってきてるじゃないですか」
「いいだろ~? 俺とお前の仲じゃないか」
どんな仲ですか。
扉を閉めたルオレアスは、そのまま歩いてソファにドカッと腰掛けた。
「話は母上から聞いた。すまなかったな。
許嫁を解消したという公式発表は俺のとこまで届いていたんだが、あんなに可愛いお嬢さんが婚約者になってるってことは、欠片も届いてきてなかったんだ」
「それは……」
「それは、彼女が異世界から来た人でまだ幼く、婚約の意思確認ができていないから、というのも聞いた。
意思確認できない人と婚約できる裏技があるなんて今の今まで知らなかったが」
ため息をついて、リュアティスは向かいのソファに座った。
「彼女の兄君や父上たちが、僕の意思を尊重してくれたからできただけです」
「そうか」
婚約者について説明したあとに、正しくは婚約者ではないけれど僕の気持ちに変わりはないから今までどおり婚約者だと紹介させてほしいと頼んだら、エリスレルアは了承してくれた。
それにしても兄上、夏季休暇前にお会いした時と纏っておられる空気が全然違うな。母上の身体から毒が消えたことで、兄上のお心も少しは晴れたのかも。
優しく微笑んで自分を見ているルオレアスの様子に、リュアティスは、あの事件が起こる前の兄に戻ったように感じて、うれしくなった。
今から5年前の年の暮れ、年明けに行われるルオレアスの成人の儀とそのすぐ後に行われる婚姻の儀の準備で王城はにぎわっていた。
誕生日が過ぎて10歳となっていたリュアティスたちも招かれて、王都の公爵邸で和やかに過ごしていたある日、事件が起きたのだ。
当時子どもだったリュアティスは、危険だから外に出るなと数名の侍女とともに部屋に閉じ込められ、訳のわからないまま数日が過ぎた。
婚姻の儀は取り止めとなり、年明けにおこなわれた成人の儀にはリュアティスも出席したのだが、そこにリンシェルアの姿はなく、ルオレアスに笑顔はなかった。
その後案内されて行った先には厳重に魔法陣が張られた部屋があり、その中のベッドにリンシェルアが横たわっていた。
あの時僕は、母上のお傍に行けないことに憤慨していたが、大人たちはみんな怒りと悲しみの混ざった顔をしていて、兄上は人目もはばからず泣き崩れていた。
何が起こっていたのかをリュアティスが知ったのは、それから数ヶ月後、アークレルト公爵と共にリンシェルアが公爵領に帰ってきてからだった。
レステラルスが話してくれたのだ。
「ルオレアスと婚約者のレフィナーサ姫が王城の庭を散策していた時暴漢に襲われてルオレアスが怪我をしたのだ。
怪我自体は大したことないものであったのだが、あいにくその場には回復魔法が使えるものがおらず、2階の廊下にいたリンシェルアが助けを求める姫の声を聞きつけて駆け付けたのだ。
だが、彼女が到着する寸前に、侍女の一人が怪我によく効く薬だと言って姫に薬を差し出し、それを姫が塗った直後にルオレアスが苦しみだして、リンシェルアがすぐさま解毒の魔法をかけようとしたが、別の侍女が『その毒には消そうとすると毒を受けた者が死ぬ呪いがかけられている。瞬時に殺すか、毒が回るのを待つか、選びなさい』と言って、自害したようだ」
!!
「リンシェルアは咄嗟に判断し、消すのではなくルオレアスの体内から自分の体内へ、影響を最小限に封じ込める魔法をかけて毒を移した。
毒は猛毒で、わずかに漏れ出したものもすぐに浄化する必要がある。
王城では充分な暮らしが望めないため、実家であるここに戻ってきたようだ。
馬車ごと魔法陣で包んでの移動は大変だったろうに」
「それで母上は、お庭のおうちにお住まいに……」
「ああ、そうだ。
だが、これからはいつでも会いに行けるぞ?
魔法陣の中には入ってはいけないがな」
子ども心に、それでも遠くで心配しているよりは何倍もいいと思ったものだ。
それから数ヶ月後にお会いした兄上が、別人のように変わっていて、しばらく声がかけられなかった。
責任を感じて心を病んでしまったレフィナーサ姫が、湖に身を投げて亡くなってしまったのだ。
それからルオレアスは、リュアティスの前以外では笑わなくなった。
第1王子であり王太子であるからそれなりに笑みを浮かべてはいるのだが、上辺だけだ。
婚約者がいなくなったため、縁談がいろいろと持ち込まれたがどれも本気にはなれず、数名の女性とそれなりの関係を結んでいるだけのようだった。
だから、兄上がエリスレルアに「妃になってくれ」と言ったのは、兄上にとっては画期的なことなんだけど……彼女はだめだ!!
「兄上、エリスレルアはダメですけど、そろそろどなたか本命となられそうな方をお探しになっては?」
「!
余計なお世話だ、リュアティス。
それより、母上に聞いたぞ?
お前が男女関係のことで悩んでいるようだと」
え!
母上、余計なことを!
「僕は別に、悩んでなど……」
……悩んでるか?
「悩んでいるわけではありません。
みんな、どうしているのかな、と思っているだけで」
「それを悩んでいると言うんだ」
……まあ、レイテリアス兄上に相談するよりはマシか……
レイテリアス兄上は相談内容を逆手に取って彼女を奪い取りそうなんだよな。
僕も彼女も気づかないうちに。
「僕は……その……傍にいたいのですが、学園に連れ帰ることはできません。
彼女は異世界の人で、学ぶ内容が違い過ぎて一緒に通えませんし、たとえ通えることになったとしても、ずっと一緒にいられるわけでもなく、しかも、王都は誘惑だらけです。
エリスレルアはここにいるのが一番いいとは思うのですが……それは僕のわがままでしょうか?」
リュアティスは真剣に質問したのだが、ルオレアスは目を丸くした。
「……それがお前の悩みなのか?」
「……はい」
ほかにもいろいろあるにはあるが……
思わず吹き出してしまうルオレアス。
それを見てリュアティスは途端に不機嫌になった。
「何がおかしいのですか」
「いや……悪い。
あー……なんていうか、俺はお前が可愛いままで、安心した!」
可愛いままって……来年には16になる男に言う言葉ではないでしょ!
「……兄上に相談した僕がバカでした。
今のは聞かなかったことにしてください」
「悪かったって!
だが、お前が今言った悩みは、学園に入る前の子どもが抱える悩みだぞ?」
「え?」
「7,8歳の子がさ、パーティかなんかの機会に遠くにいた許嫁の子に初めて会って、仲良く遊んだりしてさー。
で、また遊ぼうね、って分かれて。
また何かの機会に会って……てのを繰り返しながら10歳くらいになって、もうすぐ学園に通うなーって思い始めた頃に抱える悩みだ」
えーっ!!
リュアティスは真っ赤になった。
「ま、でも、せっかくリュアティスが相談してくれたんだ。
俺も真剣に対策を考えてやらないと、だな」
腕を組み、目を閉じて思案し始めるルオレアスに、恥ずかし過ぎて身の置き場のないリュアティスは、ほかのことを聞いてみることにした。
「もっと大人な相談もありますよ!」
「ん? どんなやつだ?」
「え……と……その……………」
ええい!
「彼女を絶対に誰にも渡したくない……全部僕のものにしたいんです!
どうしたらいいのですか!」
「それは簡単だ」
ルオレアスはにっこり笑った。
「彼女と結婚すればいい」
ガクッとうなだれるリュアティス。
…………相談する相手を間違えた。
「それができるなら、相談なんてしていませんよ」




