91 手段は選ぶべき
レミアシウスが扉のすぐ傍で待っていると、ノックする音がした。
「失礼します。リュアティスです」
「どうぞ!」
すぐに扉を開けられ、リュアティスは中へ入った。
「リュアティス様……」
立ち上がるセフィテア。
「何かご用ですか、リュアティス様」
「きみこそ、こんなところで何をやっているんだ」
「わたくしはレミアシウス様にお願いがあってここへ来たのです。
殿下には大変申し訳ございませんけれども、それが終わるまで、外でお待ちいただけませんでしょうか?」
セフィテアは、学園での彼女とは別人に見えるほど強い意志を秘めた目をしている。
……いや……学園でも、充分強気だったか……
「彼は僕の客人だ。
ここの言葉もようやく話せるようになってきたばかりだ。
その彼に、何の用があるんだ」
はぁ、とため息をつくセフィテア。
「わたくしは物心ついた時からリュアティス様の許嫁として生きてまいりました。
礼儀作法を学び、教養を身に付け、どこに出ても恥ずかしくないようにと。
もちろん、それは許嫁だから、だけではございません。
貴族の娘として必要なことがほとんどです」
うつむいて両手を握り締める。
「それでも、厳しい躾に耐えられたのは殿下の隣に立ちたかったら。
お傍にいて見劣りしないように、失礼に当たらないように、とがんばれたのは、許嫁だったからではありません!
リュアティス様には伝わらなかったかもしれませんが、わたくしは心の底からお慕いしていました!
だからがんばれたのです。
……ですが、結果は、許嫁の解消。
わたくしの絶望がどれほどのものだったのか、殿下におわかりですか?」
ああ、彼女は、まだ、吹っ切ることができないでいるんだ、とレミアシウスは思った。
(悲しみの中に沈んだままで、諦め切れないでいる。
そりゃ、そんなに簡単には割り切れないよね。
動揺したとはいえリュアティス君を呼んじゃったの、まずかったのかも…)
リュアティスは何も答えず、黙って見つめている。
「わたくしの心はリュアティス様に占有されたままで、気持ちの整理もできていませんのに、家にいれば別の方の許嫁にされてしまう。
それがイヤで家を出ました。このまま死んでしまっても構わないと。
それが、何の因果か、寄りによって殿下の想い人に助けられてしまう始末。
そして、レミアシウス様の温かいお心に触れて、何とか気持ちを切り替えようとしたのですが……あの少女……
リュアティス様に対して礼儀の欠片もないあの少女……
少女というより粗野な子どもではありませんか!」
!
「あの子と婚約できたとは思えません。
それなのに、あの子が殿下の婚約者になれたのはなぜですか?
なぜ、あの子を婚約者にされたのでしょう?
そう考えていたら、思い至ったのです。
わたくしとの許嫁を解消したかったからではないかと」
セフィテアは目に涙を浮かべながらリュアティスを見た。
「それならわたくしも同じことを!
レミアシウス様に婚約者になっていただいて、新しい許嫁の話を断りたかったのです!」
それを聞いてレミアシウスは、若干しょんぼりした。
黙って聞いていたリュアティスが口を開いた。
「セフィテア。
確かに僕は、きみがどんな思いでいたか、わからないでいた。
あの頃の僕は恋愛自体に興味なかったから」
一旦言葉を切り、ほんの少し微笑む。
「それが……彼女のことを…好きになって、いろいろなことがわかった」
昨日なんて、セフィテアと同じことをしてたし。
自分のほうを見てほしい。
嫌われたくない。
ほかの誰かを好きになったらどうしよう。
僕のことを好きになってほしい。
でも、人を好きになると、楽しいことが増えるけど苦しいことも増える。
リルちゃんとニコニコ笑って遊んでる彼女を見ていると、そのままでいてほしくなってくる。
「彼女は確かにまだ子どもだよ。
彼女と出会う前の僕を見ているような気になってくるほどに」
エリスレルアのことを想って浮かべていた笑みを消し、リュアティスは抑えがたい憤りに彩られた視線をセフィテアに向けた。
「だが、彼女を婚約者にしたのは、許嫁を解消するためじゃない。
ずっと傍にいたいと思える人は彼女だけだと思ったからだ。
同じ理由で、許嫁を解消した。
それを………」
『それならわたくしも同じことを!』だと?
僕が一体どんな思いで彼女を婚約者にしてほしいと頼んだと思ってるんだ!
ハッとするレミアシウス。
『それは言わなくていいことだよ!』
「それをお前の―――」
「ただいまー! あー、お腹ペコペコー!」
扉が開いてエリスレルアとリルテが部屋に入ってきた。
リュアティスは「それをお前と口実と一緒にするな!」と叫ぶところだったが、なんとかそれを飲み込んだ。
「レミたん、ただいまー! あ、王子しゃまもいる!
王子しゃまも、ただいまー」
「………………おかえり」
「ん? リュアティス、どうしたの? 元気ない」
「僕もお腹空いただけだよ」
「そっか! 今日のおかずは何かな~」
「おかずの前に、お前、ちゃんと手を洗ったか?」
「しょれは大丈夫よ、レミたん!
リルテがしっかり、見張ったから!」
エリスレルアの笑顔を目にして、爆発しそうになっていたリュアティスの心も落ち着いてきた。
貴族の許嫁は親が勝手に決めることがほとんどだ。
セフィテアはその回避方法をほかに思いつかなかっただけなのだろう。
「とにかくセフィテア、そういうことだから順番を間違えるな。
目的のためには手段を選ばないような輩にだけはなり下がるな」
でないと、僕も同じ末路をたどりそうで怖い。
「しばらくこの家で、頭を冷やして考えろ」
そう言うとリュアティスは部屋を出た。
「えっ! レルたん、王子しゃま、行っちゃったよ!」
「えっ? そんなにお腹空いてたのかなぁ?」




