84 忘れていたこと
リュアティスが触れたのは1秒にも満たない時間だった。
その一瞬に、耐えられないほどの眩しい光がエリスレルアを直撃し、結果、気づいたらエリスレルアはどこかの草原に立っていた。
「ここどこ?」
空には星が光り輝き、やわらかい風が吹いて広がっている草が揺れている。
背の高い草に隠れて、だいぶ前にレミアシウスが作ったくぼみが一つの調理台があった。
「あれ? ここ、最初の島?」
なんで、ここ?
そう思った時、『声』が聞こえてきた。
『エリスレルア!』
!
リュアティスさん!
『どこに行ったんだ! 返事して!』
えっと……どうしよう……
なんだか、返事し辛い。
抱き寄せられただけでそれまでの何倍もまぶしくなった光の中にいた自分に、リュアティスの顔が近づいて何か触れたと思った瞬間、自分ではどうにもできないほどの光の塊に跳ね飛ばされそうになり、エリスレルアは逃げ出した。
しばらくリュアティスさんには近寄りたくない。
けど。
離れてるのも、寂しい気がする。
エリスレルアが、返事をしようか、どうしようかと迷っていると、焦っているようだったリュアティスの『声』が真っ暗な感じになった。
『そんなに……返事もしたくないほどイヤだった?』
イヤとかじゃなく……
『ごめん。イヤならもう……しないから、返事して』
イヤなんじゃない。
『……全部リュアティスさんで埋まって、私の場所がなくなりそうだったの』
『……えっ?』
『いっぱいのところをもっといっぱいにはできないの!
だから、近くにいたくないけど、でも、遠くも寂しいの。
どうしたらいいの?』
少し間が空いて、返事があった。
『いい方法を考えたいから、戻ってきて』
『……光、いっぱい、来ない?』
『うん』
エリスレルアは、ベランダへ戻った。
☆ ☆ ☆
触れた瞬間に感触がなくなり、リュアティスは、今まで話していたのは夢か妄想だったんじゃないかと思って、しばらく固まっていた。
いや、そんなはずない!
わざわざベランダへ持ってきたテーブルとか、彼女が置いたソファや花びんの花とかはちゃんとある。
エリスレルアがいないだけだ。
ってことは……………逃げられた!?
どこへ!!
『エリスレルア! どこ! エリスレルア!』
呼びかけても返事がない。
呼吸を整えて捜索範囲を広げ、彼女だけに届くように高出力発信をおこなう。
これも、二人の『魔法』から学んだ魔法の使い方だった。
まず、広範囲魔法の攻撃対象を、全体ではなくその範囲内の一定の条件のものだけにする練習をした。
これがなかなか難しかったのだが、できるようになると、エリスレルアを見つけるのはそれほど難しくなかった。
彼女が完全に気配を消そうとしているか、または、すごく遠くにいると見つけられないかもしれないが、今のところは見つけられている。
それは、エリスレルアに初めて話しかけた時に彼女の『声』に向かって話しかけたことから、彼女から発せられている独特の波長に敏感になっていて、今ではそれほど集中しなくても感じ取ることができるようになっているからだった。
範囲をかなり広げながら何度も呼びかけたのに返事がない。
これは……聞こえていても返事をしていないのかも……
―――キスしたこと、そんなにイヤだったんだろうか?
『返事もしたくないほどイヤだった?』
うれしかったんだ。
僕のこと、恋人って言ってくれて。
『ごめん』
止められなかったんだ。
でも、返事したくないほどイヤだったのなら。
『イヤならもう……しないから、返事して』
もう二度とキスできなくなるかもしれないが、リュアティスはこう言ってみるしかなかった。
そして、ようやくエリスレルアは返事をしたのだ。
そのあと少し会話して、彼女は戻ってきた。
が。
ベランダに現れたエリスレルアは、リュアティスを認めると、ベランダの端の手すりまで離れた。
……相当警戒されている……
『何もしないから』
近くにいたくないって、言ってたな。
『……傍にいるのがイヤなら、僕は部屋に戻るよ』
エリスレルアを見つめたままゆっくりと動いて、リュアティスが部屋に戻ると、エリスレルアはテーブルのところまで来た。
窓越しにリュアティスを見つめる。
『……イヤなんじゃないの』
『え?』
『イヤとかじゃなくて、光がいっぱい過ぎなの。
もういっぱいなのに、もっとすごい塊が来たの。
だから、逃げちゃった。
ごめんなさい……』
あの、一瞬で!?
一瞬っていうのもおこがましいくらい触れた瞬間だった。
王都で、眠っている彼女に口付けた時以上に短かったのに……
『リュアティスさんの光、大好きなのに耐えられない。
だから近くにいたくない。でも、いないのもイヤ。
どうしたらいいの?』
どうしたら。
『もう少し考えていいかな?』
『……うん』
エリスレルアはソファに腰掛けた。
彼女の発言を考えると、僕は近くにいてもよさそうだ。
けれど、近づき過ぎてはいけない。
ほんの少しのつもりでも、彼女にはそうじゃないんだ。
それはたぶん……まだ、彼女が本当の恋に目覚めていないから。
その時、リュアティスは思い出した。
エリスレルアへの想いを自覚した日、彼女を傷つけるのはたとえ自分自身であっても許さないと誓ったことを。
いつの間に忘れていたんだろう。
こんな大事なことを。
僕は、エリスレルアを傷つけたわけじゃない。
でも、追い詰めたことだけは確かだ。
リュアティスは寝室へ行き、サイドテーブルの上にある手紙を封筒に戻して内ポケットに入れ、引き出しを開けた。
『エリスレルア』
『うん?』
『僕は……王都に帰るよ』
『え?』
そこにあった魔石を手に取る。
『僕は、あなたの傍にいたい。
でも、それはきっと、これからもあなたを追い詰めることになる。
だから、王都に帰る。
あなたは、これまでどおり、僕のところへ来たい時だけ来ればいい』
恋人だって言ってくれたけど、それは、ずっとギュッと抱きしめていたい人だということで、彼女は僕に恋をしたわけじゃないんだ。
おそらくその僕との温度差が彼女には耐えがたいものになっているのだろう。
そんな彼女に一方的な想いを押し付けちゃダメだ。
『……リュアティスさん!』
『大丈夫。今までと何も変わらない。
じゃあ…………またね』
リュアティスが魔石に魔力を込めると、魔石を中心にして魔法陣が広がり始めた。
この魔法陣が消えると同時にリュアティスは王都へ向かって転移する。
エリスレルア……またね。
最大限に広がった魔法陣が消える直前。
テレポートしてきたエリスレルアが、その魔法陣をかき消した。




