79 素直な手紙と婚約者
辺りが暗くなってきたので、小さな光の玉を魔法で出してそれを浮かせ、内ポケットから出した手紙の封を切って内容を読んだリュアティスは、体温が急上昇して身体が硬直した。
なんだ、この、手紙はーー!
真っ赤になっていることを気づかれたくなくて明かり用の光の玉を消し、急いで手紙を封筒の中に戻して懐にしまった。
「リュアティス?」
一刻も早く帰って、一人でゆっくり浸りたい!
エリスレルアを落ち着かせるためと手紙を守るために言葉を尽くしていた彼だったが、実のところ彼自身もいっぱいいっぱいだったのだ。
使う言葉を間違えないように、誤解されないように、と。
ネスアロフといろいろ作戦を考えたり、一人でベッドに転がりながら、こういう時にはこう言えば僕のことを気にしてくれるかな、とか考えていたのに。
単純な言葉でまっすぐに、自分の気持ちと感謝の言葉を述べているだけのエリスレルアの手紙に、リュアティスは完敗した。
『あなたのエリスレルアより』
わかってる。
僕の手紙をまねただけだって、わかってる。
でも、嬉しくて仕方ない!
感想も言わずにさっさと手紙をしまってしまったリュアティスに、エリスレルアは心配になった。
「変だった? 綴りとか、違ってた?」
あ…
「いえ、とても素敵な手紙で、早く家に帰りたくなっただけだよ」
「え、家に?
……そんなこと、書いてない」
あ、えっと……
「もっとちゃんとゆっくり読みたいなってことだよ。
こんな素敵な手紙を破ろうとしていたなんて……
僕には怒る権利があると思うんだけど」
リュアティスがいたずらっぽい表情になり、エリスレルアは一歩下がった。
「リュアティス、いじわるな顔!
破ろうとしたのは、渡す前だから、時効!」
時効!?
「時効は早過ぎない?」
「ん?
……違う…………時効じゃなくて…………未遂!」
破ること自体は未遂だけど、渡す前なんだから、そもそも罪には問えない。
気に入らない手紙を書き直そうとしただけだ。
けど、せっかくだし。
「未遂でも企てた罪は重い。
エリスレルアには眩しいのを10数えるまで我慢してもらおう!」
この前、3で限界だったからな。
「えぇぇっ! 10は長いよ!」
「手紙を破こうとするからだよ」
「うーーーー」
「もし破ってたら、100数えてもらうところだった」
「えっ!」
(途中で逃げよう……)
そう思ったエリスレルアだったが。
「途中でテレポートしたら、また最初からだからね」
「えーーー!!」
フフ……面白い。
「はーい、じゃ、ここまで来てください」
両手を広げて待っているリュアティスに、破ろうとしなければよかったと後悔しながらエリスレルアは近寄った。
その身体をふんわりと抱き寄せて、ギューッと抱きしめる。
「眩し! 早く!」
自分の魔力を渡しながら、リュアティスが数え始めた。
「いーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーち」
「!!」
「にーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい」
「リュアティス!」
「さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」
「1個が長い!!」
「え? そう? じゃ、短くするね。
いーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーち」
「え!」
「にーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい」
「また1から!?」
「さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」
「ていうか、まだ長い!」
「エリスレルア……案外わがままだよね。
じゃあもう少し、短くするか。
いーーーーーーーーーーーーーーーち」
「え!」
「にーーーーーーーーーーーーーーーい」
「また1から!?」
「さーーーーーーーーーーーーーーーん」
「て、1、2、3じゃないの?」
「それじゃ、3数えてるだけじゃないか。
10数えるって言ったでしょ?」
「そうだけど!」
「じゃ、10数えるよ。
いーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーち」
「元に戻ったーーー!!」
面白過ぎる。
「にーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい。
さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」
自分が何かしゃべるたびにまた1からになることにようやく気づいたエリスレルアは、今度は黙って眩しいのに耐えた。
「きゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーう。
じゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーう。
はい、終わり」
「は………ハハハ……眩し………頭の中……クラクラ……」
ヨロヨロとリュアティスから離れたエリスレルアだったが、その分魔力はたくさんもらえていて、その髪は光り輝いていた。
リュアティスはリュアティスで3分の1くらい魔力を送ってしまっていたが、かなり長い間抱きしめていられたので満足していた。
「もう暗くなる。
伯爵邸のエリスレルアの部屋のベランダまで僕を連れて飛んでくれるかな?」
森の中を傷だらけになりながら帰らせるわけにはいかない。
「うん!」
ベランダに着いた二人はそこの扉から部屋に戻った。
リュアティスが部屋に入った時、リルテはリザフィーナとセフィテアの間でジュースを飲んでいた。
「あ、王子しゃまとレルたんだ!」
二人の間から抜け降りて、駆け寄るリルテ。
「レルたん、髪が光ってりゅー!」
「リルちゃん! リュアティスが、たくさん魔力くれたの!
今なら、王都にだって行けるよ!」
「え! 王都? リルテ、行ってみたい!」
「じゃ、行こー!」
「待て待て待て!」
その場のノリで王都へ行こうとしたエリスレルアたちをレミアシウスが止めた。
「もうすぐ夕飯だから、王都はまた今度!」
「えー? リルテ、王都行ってみたい―――」
「夕飯! 私、お腹空いたー!
リルちゃん、ご飯食べに行こ!」
「レ、レルたん…リルテ…王都……」
「王都はいつでも行けるじゃない!
それより、ご飯だよー」
(((……そうなの?)))
レミアシウスとリザフィーナ、セフィテアの3人はそう思ったが、リュアティスだけは、やはりリルちゃんでも食事には勝てないんだ、と得心していた。
エリスレルアがリルテの手を引いて出ていき、レミアシウスが話しかけてきた。
『よかった~。
行くのはともかく、戻ってこられなかったらどーするつもりだったんだろ?』
ホッと胸を撫で下ろしているレミアシウスにリュアティスも賛同する。
『公爵邸のほうならおじいさまがいろいろ対応してくださったでしょうけど、寮のほうだとネスアロフしかいなくて、困っていたかもしれません』
『だよねぇ』
はあ、と二人でため息をついたあと、レミアシウスがにっこり笑った。
「仲直りできた、のは、みたいで、よかった」
「えぇ……それは……まぁ……」
そうだ、手紙、早く読みたい!
「僕は母上に挨拶してから食堂へ行こうと思うのですけど、どちらにいるかご存じですか?」
「レステラルスさんのところ、かな?」
「そうですね、王妃様はそう言ってこの部屋を出ていかれましたから」
リザフィーナが同意し、レミアシウスがうんうんとうなずいた。
部屋を出ようとして、エリスエルアの言葉を思い出す。
『リュアティスと一緒に大きく育ったあの子のほうが、婚約者!』
エリスレルアがこの世界に来なければ、あの言葉はおそらく現実となっていた。
セフィテアのことは苦手だったけど、そのうちなんとなくそういう関係になり、僕のためにいろいろやってくれていたこともかわいく思えたりして、それはそれでいい人生を送れたのかもしれない。
だけど。
『私をおいていく人は婚約者じゃないって思った!』
リュアティスは、服の上から内ポケットに手を当てた。
僕はもう、エリスレルアに出会う前の僕には戻れない。
僕の『婚約者』は、彼女ただ一人だ。
たとえ………そう。
―――たとえ、彼女が僕をおいて、行ってしまったとしても。
リュアティスは、レステラルスの部屋へ向かった。
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