76 久しぶりの会話
二人を探し始めてから既に2ヶ月以上が経った。
ルイエルト星の大洪水は現在も継続中で、まだまだ続く。
セルネシウスは、エリスレルアたちが戻ってくる確率が高い、二人が滞在していたマンションで二人を探していた。
用があって自ら世界を渡る時はルイエルト星から行くので星の『力』が使えるため平気なのだが、今はそれが使えない。
異世界との間の壁の開きやすい場所を探すのにも、そこを開けて向こうの世界に二人がいるかどうかを探すのにもかなりの『力』が必要で、さすがのセルネシウスも連続して長時間集中することができなかった。
なんとか無事でいてほしいと願いながら探していたある日、彼の胸にエリスレルアの悲痛な『声』が届いた。
その『声』はかすかで、彼女が何を叫んだのかは聞き取れなかったが、それがどの世界から聞こえてきたのかはわかった。
「この世界は……」
それは、セルネシウスが「ここであってほしくない」と思ってあとまわしにしていた数十個の次元のうちの一つだった。
複雑な構造の壁が何重にもなっていて外から開くことがかなり難しく、無茶をすると外側の壁から壊れていくパターンのもので、それが壊れる時には、壊した側の世界にも被害が及ぶような造りになっているのだ。
「いくら向こうから壁を開いていたとはいえ、こんな複雑な壁、あの髪の長さのエリスレルアに越えることができるものだろうか?」
渡り慣れている僕だって、できれば越えたくない部類の壁なのに。
実際に越えているのだから、越えられたのだろうけど。
自分でいれたコーヒーを飲みながら、次元の壁に手を当てる。
このマンションでセルネシウスがやっていたのは、ただ二人を探すだけだったため、他にはサポートと護衛を兼ねたルイエルト星人が一人か二人、時々いるだけだった。
エリスレルアの『声』が聞こえたタイミングに、周りに誰もいなくてよかった、とセルネシウスは思っていた。
助けを求めるかすかな『声』ではあったが、自分が危機に陥ってあげた悲鳴ではないと感じられたからだ。
けど、たぶん、彼女が生まれた時からずっと傍にいた僕にはそれがわかったけれど、ほかの者だと、助けを呼んだことしかわからなかっただろう。
つまり、大騒ぎになっていた可能性がある。
クラフィアスなんて、洪水中とか気にも留めず、ルイエルト星に飛んで帰り、『力』を得て迎えに行こうとしたかも。
そのリスクを考えて、セルネシウスは彼らがいる世界が特定できたことを言わないでいた。
特定できてはいてもそれだけで、迎えに行くには何重にもなっている壁を少しずつ開けていかなくてはならないからだ。
もっと簡単なところだったらなー。
パッと開けて、サッと渡って、シュッと帰ってくるんだけど。
1枚ずつ、開くことができる部分を探して、そこに小さな穴を開け、固定する。
いきなり大きく開けてしまうと自動修復作用が働いて閉じてしまうのだ。
今開けているサイズでは、小さ過ぎてテレポートはできないが、開通すればテレパシーは使えるようになる。
テレパシーが使えるようになれば、無事かどうかの確認や向こうの世界のこととかを知ることができる。
もしも危険を冒してでも連れ帰る必要があるような世界だったら、開けた穴を一気に開いて向こうへ渡り、自動修復されるので、今度は向こうの世界から同じ作業をおこなって戻ってくることになる。
「向こうの技術が学べたら、そのほうが断然安全で行き来もしやすいんだけど」
1日1枚ずつ穴を開け、約2週間後、やっとエリスレルアたちがいる世界まで開通した。
確かに二人が存在しているのを感じる。
早速呼びかけようとした時、強烈な悲しみを感じて、セルネシウスは固まった。
……なんだ、これ……
……エリスレルアだよな?
……でも……こんな悲しみ……今まで感じたことなかった。
って……えっ?
ドキン!!
―――まさか―――
胸の鼓動が速くなって、思考がまとまらなくなる。
えぇ!?
えーっと……もしかして、エリスレルア、罠に……って、うそでしょ?
ていうか、普通、そういう時って、幸せな気持ちとかがあふれてたりとか、優しいとか、温かいとか、なんていうか、ふわふわしているものでは?
や、まあ、それは、最終的に壊れたりしたら、不幸のどん底みたいになっちゃうかもだけど、悲しみから始まったりはしないでしょ!
あ、そうか。
ひと月とかふた月とか前に始まっていて、今終わった、ってことも……
いやいや、そんな………それはあまりにも可哀想っていうか……
声をかけ辛いじゃないかー!
いろいろ考えて変な方向へ思考が向かっているような気がしたセルネシウスは、一旦、考えるのをやめることにした。
……ちょっと、落ち着こう。
せっかく開けた次元の壁の穴が閉じないようにふたをしてそこから離れ、ソファに座ったセルネシウスは、ふうっと息を吐いた。
二人がいる次元がわかったことで早く状況確認したくなり、疲れがたまっていたのだ。
ちゃんと休むことにして寝室に向かい、仮眠をとるためにベッドに横になった。
「それにしても……何があったのか知らないけど、エリスレルアはたぶん、恋をしそうになってる」
―――僕のいない世界で!
自分の胸の奥深くから嫉妬にも似た感情が湧き上がってくる。
罠を張ったの、どこのどいつだーー!
そう叫びたい反面、もしあの悲しみが恋を失った悲しみだとしたら、と思うと、そんな悲しみを彼女に味わわせたくはないセルネシウスであった。
☆
☆
☆
2時間ほど眠ったお陰で、思考がクリアになった。
寝転がって天井を見たまま考えてみる。
もしも、エリスレルアが、向こうの世界の人に恋をしたら、どうなるんだろう?
エリスレルアは、ルイエルト星にとって、大切な姫だ。
いつか、なんとしても連れ帰らなくてはならないけど、彼女がいやだって拒否したら連れ帰るのは不可能だ。
本格的に好きになる前に、連れ帰るべきだろうか?
けど、さっきの悲しみは、何かがなくなったことで自分の心もなくなったかのような悲しみだった。
既に手遅れなのでは?
心がなくなるほどの悲しみって……なんだろう?
聞いてみるか。
わからないまま考えていても仕方ない。
起き上がってリビングに戻り、次元の穴をふさいだふたのようなものをセルネシウスが外すと。
ん?
―――泣いてる?
2時間ほど前に感じた悲しみとは違う、別な悲しみだ。
……この悲しみは―――以前、僕が感じた悲しみに……似てるかも。
そう思って、『声』を掛けることをためらっていると、だんだん彼女が落ち着いてきた。
今ならいいかな?
『エリスレルア』
『!! セルネシウスおにいさま!!』
『元気に過ごせてた?』
『うん!
リルちゃんと遊んでるのは楽しかったよ!』
よかった。
『あ……でもね……悲しいこともあったの……』
『……どんなこと?』
『ちょっと前、王都でリュアティスさんが死んじゃいそうだったの!
いなくなったらどうしようって、すっごく怖かった!』
リュアティスさん?
『けど、魔力を食べたら治ったの!
それでね!
優しい手紙を書いてくれたの!
そしたらそれが、破られて………燃やされたの……
すっごくすっごく悲しかった!』
『それって……今日?』
『うん!』
それが2時間前のやつかな?
『それで、泣いてたら、リュアティスさんが、今度、もっと長い手紙を書いてあげるから泣かないでって!』
……リュアティスさん……
『それで、レステラルスさんのおうちに戻って、リュアティスさんが、さっきの手紙のお返事を書いてって言ってね!
それを書いてたんだけど、こっちの言葉でハグをどう書くのかわからなくて!』
また、リュアティスさん!
『それで、先生に聞いたんだけど………』
ん?
興奮気味にしゃべっていたエリスレルアのテンションが下がった。
『先生のほうが、私より背が高くて』
んん?
『それで、お花を摘みにリスの森に来たんだけど……最初に会ったリュアティスさんと、今のリュアティスさんは何か違うなって思ってたら、よくわからないんだけど、泣きたくなった』
あぁ……やっぱり。
エリスレルアの話は、内容にかなりの飛躍があって、実際に何があったのかはわからなかったけど、最後の「泣きたくなった」だけは、僕にも覚えのあるものだった。
『でも、優しい光と眩しい光のどっちも好きだなって思ったら、涙が止まって、リュアティスさんに会いたくなった』
そうだろうな。
『そっか』
もっと詳しい情報が必要だ。
でないと正しい判断は下せない。
『でも、おにいさまとしゃべってたら、なんか、落ち着いた~。
リュアティスさん、呼ばなくてもいい感じ!
これだとすぐにテレポートして帰れる~。
お花摘みに来ただけだから!』
『レミアシウスはどこにいるんだ?』
『レステラルスさんのおうちだよ~。
この森は、あそこからだとちょっと遠いの。
私でも走ったらだいぶかかるかも』
なるほど。
『エリスレルア。
明日、時間は何時でもいいからそこにレミアシウスを連れてきてくれないかな?
久しぶりに、彼とも話したいんだ』
『わかったー!』
『じゃ、今日の通信は、これで終わり。またね!』
『またねー!!』
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