74 同じ気持ち
誰にも内緒で相談したいことがあると言われたリュアティスは、思いつめたような顔をしているレミアシウスに、何かよほど込み入った話をしたいのかなと思い、黙って付いていった。
『ここだよ』
ここって……地下牢じゃないか。
鉄格子の向こうには、洗いざらしのようなゆるくウエーブした髪を垂らした女性がいて、部屋の奥にある椅子にうつむいて座っていた。
『レステラルスさんの話では、ここしか結界が張れないらしい。
中では魔法が使えないから、きみも気をつけてね』
あぁ、なるほど。
鍵を持っている侍女が扉を開け、二人が中へ入ると座っていた女性が立ち上がってカーテシーをした。その手がかすかに震えている。
「顔を上げろ」
しばらく待ったが動きがないので促すと、うつむいたままだった女性がカーテシーを解いて顔を上げ、リュアティスはハッとした。
「……セフィテア……」
制服の時ですらキラキラと装飾品を身に付けていた彼女が、髪飾りどころかその髪をまとめてすらおらず、寮で普段着ていたドレスに比べてかなり質素なドレスを着ていることもあり、リュアティスは顔を見るまで彼女だと気づかなかった。
侍女が椅子を二つ持ってきて、外へ出た。
ジッと見つめ合ったまま微動だにしない二人に、レミアシウスが椅子を勧めた。
『立ち話もなんだから、リュアティス君、座って。
セフィテアさんも』
「……僕には話すことなどない。
失礼する」
扉へ向かうリュアティスの前に回り込むレミアシウス。
『待って!
気持ちはわかるけど、少しだけでも話を聞いてくれないかな?』
「聞きたくありません。
僕があの手紙を、どれほどの想いを込めて書いたか……
彼女に伝わるかどうかもわからないのに……願いを込めて書いたのに……」
『……リュアティス君……』
それを―――破り捨てられたんだ!
「そこをどいてください」
自分を見上げる怒りのこもった灰色がかった青い瞳に、レミアシウスは息をのんだが、ここで譲るわけにはいかない。
『そうはいかない。
この件に関しては、僕にも責任があるから』
「責任?」
リュアティスの瞳を見つめ返すレミアシウス。
『僕が、きみとエリスレルアの婚約を認めなければこんなことにはならなかった』
!!
『そうすれば、彼女はきみの許嫁のままだったんでしょ?
許嫁は婚約者ではないかもしれないけど、でも、婚約者同士が対等なら、許嫁だって対等じゃないか。
もし、彼女が許嫁のままだったら、同じ手紙を破いたとしても、彼女が罪に問われることはなかったんだ!』
レミアシウスの叫びが、リュアティスの胸に突き刺さった。
「……それは……」
『エリスレルアが誘拐された時、レイテリアスが言ってたよ。
あの時点ではまだ許嫁の解消が公にされていないから、エリスレルアが彼女に危害を加えられても許嫁であるセフィテアさんの正当性のほうが認められるって。
あの時は、そんなばかなって思ったけど、今はそれが当然だと思う。
何も知らない僕の妹に危害を加えようとしたことについては、絶対に許さないけど、セフィテアさんの気持ちは理解できる。
きみは、本当は、エリスレルアと婚約する前に、彼女とちゃんと話し合うべきだったんじゃないの?』
うつむくリュアティスを見て、セフィテアが口を開いた。
「レミアシウス様。
リュアティス様を責めてはいけませんわ。
リュアティス様にわたくしへの愛情がないのはわかっておりました。
話し合う必要などないのです。
貴族同士の許嫁関係は、元々家同士が勝手に決めたもの。
それが解消されただけなのに、割り切れなかったわたくしが悪いのです」
『セフィテアさん……』
「リュアティス様は、ちゃんと手順を踏んで解消してくださったのです。
貴族間では、相手が意に沿わない許嫁だった場合、身分によってはもっと手酷い扱いを受けることだって日常茶飯事なのですよ」
セフィテア……
『……貴族って怖い……』
クスッと笑ったあと、セフィテアは真面目な顔に戻り、跪いた。
「リュアティス様。
父がアークレルト公爵のもとへまいり、わたくしの許しを請うたと聞いておりますが、わたくしは許されないことをしてしまったと思っております。
今回のお手紙も、嫉妬のあまり、あなたからの大切なお手紙だとわかっていながら破り捨てました。
どのような処罰をお下しになろうと、お受けいたします」
「…………」
跪いているセフィテアに、背を向けてだまったままうつむいているリュアティス。
(なんで中学生の三角関係が、こんな大変なことになってるんだーー!)
長く続く沈黙に、レミアシウスは耐えられなくなった。
『リュアティス君。
セフィテアさんは、今のきみと同じだったんだよ。
恋愛に興味のない相手になんとか振り向いてもらおうとしていたんだ。
その相手が、自分じゃない人を選んだらどんな気持ちになるか……
今ならわかるでしょ?』
!!
「…………」
もしも、エリスレルアが……例えば、兄上を好きになったら……
僕は、どうするだろう?
ああ、そうか、とリュアティスは思った。
彼女の幸せを願う、それは、心からそう思っている本当の気持ちだけど、でも、兄上がいなくなれば僕のことを見てくれるかもしれないと、思ってしまうかも。
彼女が兄上に宛てて書いた愛の手紙を見つけたら、なぜ僕宛てじゃないんだと、僕も破ってしまうかも。
顔を上げ、レミアシウスを見つめたあと、リュアティスはセフィテアのほうに向き直った。
「誘拐事件のほうは、おじいさまが既にベシス侯爵に対して不問に付すと回答している。それを覆すことはおじいさまの処断に異を唱えることとなってしまう。
だから僕も不問とする」
「え?」
「僕の手紙を破り捨てた件については……」
目を閉じて、息を吐き、セフィテアを見つめ直す。
「あの手紙のことを僕がずっと引きずっていると、悲しみ続けてしまう者たちがいるから、この件も不問とする!」
「!!」
『リュアティス君……ありがとう』
「礼なんて、言わないでください。
あの手紙は、ほんとーーーに、がんばって書いたんですよ。
けど……ずっと問題にしていると……リルちゃんが泣き続けてしまいます」
『えっ……そっちなの?』
「はい……セフィテアが奪い取ったのは、リルちゃんの手からだったのです」
『あ~~~~』
二人は大きくため息をついた。
「え? あの……」
『でもさ、エリスレルアも悲しんでたろ?
だからロドアルさんち、消し飛んだんだよ?』
「えぇ。
でも彼女が悲しんでいたのは、内容よりも長い手紙を破かれたからのようで……
実は、ちょっと、落ち込んでいます」
『えぇえ?? それは……』
「はっきりと言ってましたから。
『長い手紙、うれしかったのに、なくなった!』と」
『うーん……それだけじゃないと思うんだけどなぁ……』
「そうでしょうか?」
うーん、と二人が考え込んでしまい、セフィテアが疑問を投げかけた。
「あの……リュアティス様。本当に不問でよろしいのですか?」
「ん? ああ、どうでもいいよ。
それどころじゃない気分なんだ。
あー、セフィテアも、もし、ずっとこんな気持ちだったのなら、謝るよ。
ずっと気づかないでいて、すまなかった」
「えぇ!?」
目をぱちくりしているセフィテアに向かって微妙に疲れ切ったような笑みを浮かべ、リュアティスは付け加えた。
「すまなかったとは思うが、僕がきみの想いに応えられないことには変わりない。
どうしてもこの人じゃないとだめだっていう人がいて、その人のことしか考えられないんだ」
セフィテアの瞳が潤み、慌ててうつむいてそれをぬぐった彼女は、顔を上げてにっこりと笑った。
「まったく。
リュアティス様は、不器用ですこと。
よろしいですわ。
手紙を破ったことを不問にしてくださったことに免じて、今までのわたくしへのおこないの数々を、許して差し上げますわ」
「……なんで上から目線なんだ……」
ふふっと笑うセフィテア。
「それにしても、殿下の好みがあのような幼女とは気づきませんでしたわ。
わたくしも、大人げなくにらみつけてしまって、可哀想なことをいたしました」
「えっ?」
『えっ?』
「まあ、あと10年もすれば、リュアティス様とお似合いになるかもしれませんけど。
その頃にはあの幼子も、恋愛に興味をお持ちになりますわよ」
ん?
ハッとするリュアティス。
「違う!!」
レミアシウスが吹き出した。
「僕が好きなのは、リルちゃん…あの幼子はなく、その隣にいたエリスレルアという少女だ!!」
「え?」
『リュアティス君……そんな大声で意中の人を明かすのはちょっと……ププププ』
もう一度ハッとしたリュアティスは、真っ赤になった。
「セフィテア!」
「はい!」
「不問にはしたが、お前のせいで僕の渾身の手紙が消滅してしまった事実はなくならない!
そのために僕は、もっと長い手紙を書かなくてはならなくなったんだぞ!
罰として、手伝え!」
「はい! ……え?」
レミアシウスは、大笑いしたいのを必死で堪えた。




