73 恋をしないと
ロドアルがしばらく住むことにした部屋に入り、そこのソファにネルティを横たえるのを待ってリュアティスが魔法を解除すると、彼女はゆっくりと目を開けた。
「ネルティ!」
「……ここは……」
「旦那様のお屋敷だよ、ネルティ。
無事でよかった」
「……ロドアル……ロドアル!」
抱き起こしたロドアルにしがみついて涙を浮かべるネルティの背を、ゆっくりとさするロドアル。
「あの家はなくなってしまったが、旦那様が新しい家を建ててくださる。
場所も、どこでもいいと言ってくださった。
家ができるまでここにいてよい、ともな。
だから…あの子のことを、怖がらないであげてくれないか?」
「!」
ロドアルの言葉に、ネルティとリュアティスは驚いた顔をした。
叔父上、そこまで提案してくださっていたのか。
「……でも……」
ロドアルが震えるネルティの身体を優しく包む。
「エリスレルアちゃんは、俺たちの家を攻撃して消したんじゃない。
ただ悲しかっただけなんだ。
それで魔法が暴走してしまっただけさ」
「わかっているわ……わかっていても、こわ―――んっ」
!
ネルティのセリフの途中で、ロドアルが唇を塞いだ。
赤くなるリュアティス。
こんな、明るいうちから何を……まだ夕方だぞ!
唇を離してロドアルが微笑む。
「怖くなったら、すぐに俺のところへ来い。
いつでもこうして抱きしめてやるから。
だから、あの子の前では怖がるな」
そう言うとロドアルはネルティの首元に顔をうずめた。
「ロドアル、待って……殿下が見ているわ」
「最後まで見られても俺は別に構わん。
怖がって震えているお前が可愛過ぎて、止められん」
「あぁ……ロドアル……」
見ていられるか!!
リュアティスは急いで退室した。
真っ赤になりながら、あんな落ち着け方もあるのか、と思ったリュアティスだが、今の自分には難易度が高過ぎる、と却下する。
あれは夫婦とかそういう関係になった者がやるものだ。
リルちゃんにも勝てていない僕がすることではない。
気を取り直して、リュアティスはエリスレルアたちがいる部屋へ向かった。
「リュアティス、おかえり!」
「王子しゃま、おかえり!」
「ただいま」
で、いいのか?
「王子しゃま、帰ってきたから、リルテ、かーたんたちのとこ、行こうかなー」
えっ! 今、まずいでしょ!
……えーっと……
「……リルちゃん、今、ネルティさんたちは難しい話をしていてね。
邪魔しちゃいけないんだよ」
「むじゅかしい?」
「そうなんだ。大人同士の。
だから、その、そっとしておいたほうが……いいんじゃないかなって……」
言いながら体温が上昇してきて、リュアティスはリルテから思わず視線をそらしてしまった。
「大人のお話……あ、しょうか!
かーたんたち、ナカヨシしてるのでしゅね!」
「はぁっ!?」
「?」
リュアティスは真っ赤になりながらリルテに視線を戻し、エリスレルアはハテナの顔をしてリルテを見た。
「リルちゃん……あのさ……」
リュアティスのところまでトコトコと歩いたリルテは腕を引っ張って彼をかがませ、小さな声で説明した。
「王子しゃま、あのね!
かーたんたち、いちゅも、これからむじゅかしいお話をしゅるからリルテはねんねだよーって言って、ナカヨシしゅるの」
何やってるんだーー!
「リルちゃん! ナカヨシって?
どして、リュアティス、だけ、に説明?」
エリスレルアのところまでトコトコ歩き、同じようにかがませる。
が、今度は普通の音量で、リルテはしゃべった。
「レルたんは、まだまだなのー。
ナカヨシの前に、もっとたくしゃん、しゅることがあるのー」
「えー? リュアティスは?」
「王子しゃまは、いいのー。
もうむじゅかしいお話ができるのー」
何なんだ、この子!!
「そっかー。お話が難しいのねー」
腕組みをして考え込んでいたエリスレルアがリルテに視線を戻す。
「じゃあ、私はまず、何をすればいいの?」
リルテも腕を組む。
「しょうねぇ……レルたんはまじゅ……恋をしなくちゃダメなのー」
「コイ?」
リュアティスは思った。
……リルちゃんには、永遠に勝てそうもない。
「コイ」とは何だろうと考えて思い出し、エリスレルアは落胆して肩を落とした。
「それは無理ー。私、泳げない」
「「え?」」
『コイって、魚でしょう?
池とか、いっぱい泳いでるの、見たことあるもん!
おにいさまが、ちゃんと『力』を制御すれば歩けるのにって言ってたけど、『力』の制御と泳ぎ方を覚えるの、どっちが早いかなぁ……
泳ぐ練習は、溺れるからいやだー』
エリスレルアの『魔法』の『声』と一緒に白や金やカラフルな模様の魚が泳いでいる映像が二人の頭の中に浮かび、二人ともため息をついた。
リュアティスの傍に駆け寄って、内緒話をするリルテ。
「王子しゃま、大変でしゅね……」
「……そうだね……」
苦笑いしながら同意したリュアティスだったが、それが優しい微笑みに変わった。
「でも、いいんだ」
リルテの耳元でそっとささやく。
「それでも僕は彼女が好きなんだ」
それを聞いたリルテは、思いっきり叫んだ。
「キャアー!! 王子しゃまったらーー!!」
ははは……耳が……
「あーー! また二人で内緒話してる!」
「しかたないのでしゅー。レルたんが、まだまだだからでしゅ!」
「え……そっか。まだまだだとダメな内緒話なのね」
エリスレルアがため息をついた時、レミアシウスが部屋に入ってきた。
『やっぱり戻ってきてた』
「あ、おにいさま! どこに行ってたのよー」
『それは、どっちかっていうと、僕のセリフだぞ。
リュアティス君、少しきみに用があるんだけど』
「え?」
『えー? リュアティスさん、やっと戻ってきたところなのに』
『いいだろ、ちょっとくらい。
僕だって、たまにはリュアティス君と話したいんだよ』
「王子しゃま、モテモテなのー!」
「リルちゃん、それはちょっと違うかな……」
『うん、ちょっと違うね』
『モテモテって?』
「「「……」」」
「じゃ、ちょっと、僕、レミアシウスさんと話してくるよ。
リルちゃん、あとはよろしく」
「ラジャ!」
「え? 私も行くー!」
少し考えたリュアティスは、侍女に便せんとペンを持ってきてもらった。
「エリスレルア。僕からの手紙、読んでくれたんでしょ?」
「うん!」
「じゃ、返事、書いてくれる?
リルちゃんは、母上に」
「「おおー!」」
二人は嬉々として、テーブルの椅子に腰かけた。
「何書こうかなー!」
「何でもいいから、できるだけ長い手紙、書いてくれると嬉しい」
「がんばる!」
「リルテも!」
「あ! おにいさま! 先生は?」
『あー、この部屋に来てくださるように、声を掛けておくよ』
「ありがとです!」
リュアティスとレミアシウスは、部屋を出た。
廊下を歩きながら。
『きみ、随分エリスレルアの扱いが上手くなったね』
『リルちゃんから許可がもらえるほどには成長しましたから』
『許可? 何の?』
『………秘密です』
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