70 便せんの重み
えっ?
どういうこと?
二人からの提案を聞いたレミアシウスの最初の感想が、これだった。
床と一緒に落下していた、僕が助けた少女がリュアティス君の手紙を燃やしてしまって、エリスレルアが切れ、ロドアルさんの家が吹っ飛び、リュアティス君のところへ二人を連れて飛んでった、というのは、この世界の魔法ではよくあることだから気にしなくていい、というのは、気にはなるけどわからなくもない。
地球では大惨事でも、ルイエルト星だとエリスレルアが爆発しても自然災害の一種だと見なされ、そのまま放置されたり、フォローできる者たちが修復したりすることは、よくあることだから。
この世界が地球タイプではなく、ルイエルト星タイプだとすれば、そういうこともあるだろう。
ロドアルさんは家がなくなってしまったのだからどこかに家を建て直さなくちゃいけなくて、それをレステラルスさんに頼む、っていうのも、それしかないだろうとは思う。
でも、そこで僕が働いて、給料をレステラルスさんにもらうっていうのは、どうなの?
『エリスレルアのせいで家がなくなってしまったのだから、その復旧には僕も力を尽くしたいと思っています。
けれどそれは、ボランティアっていうか、お金もらっちゃだめなのでは?』
そうレミアシウスが言うと、レステラルスが少し慌てた。
『これは言い方が悪かったようだ。
その間、うちの仕事はしなくてよい、というか、給金は出すが、うちの仕事よりロドアルを手助けしてやってほしいということなのだ』
ああ、なるほど。
『お気持ちは嬉しいのですが、衣食住をお世話になっている上に、こちらの仕事をしないで給金をいただくわけにはいきません』
ここに住んでいる以上、エリスレルアがやらかしてしまうことはこれからもあるだろう。その度にレステラルスさんにフォローしてもらうわけにはいかない。
それに、今日吹っ飛んだのはロドアルさんの家でも、次はここかもしれないんだ。
こんなにお世話になっているのに、そんなことになりでもしたら……
そう思うと、ここにいること自体、レミアシウスは怖くなった。
ここにいれば不測の事態は起こらないだろうと、ここで働かせてもらうことにしたレミアシウスだったが、いつどこで起こるかわからないから不測の事態なのだ。
リルちゃんと遊んでるだけで家が吹っ飛ぶなんて、誰に想像できた?
とは言っても、保護されている立場としては、今の段階でここ以上に安全な場所はないことも、レミアシウスにはわかっていた。
『では……午前中はうちで、午後からはロドアルのところ、給金は半額、というのはどうだ?』
レステラルスとしては、彼の給金を減らしたくはなかったのだが、レミアシウスの心情に配慮すれば、そう言わざるを得なかった。
『え……それは……』
『俺としてはきみへの給金を減らしたくはないのだが、ロドアルのところを手伝いに行くのは無給にしたいと言うのなら、それしかあるまい。
そのかわり、ロドアルのところへはきみが行きたいときだけ行けばいい。
無給で働かせるなど、奴隷扱いしていることになってしまうからな。
リュアティスに殺されてしまうわ』
あー、そうか。
ここにはここのルールがあるってことなのか。
遠慮し過ぎるのも失礼に当たってしまうのかも……
『すみません。
ここの常識とかに不慣れなもので、変に気を遣わせてしまったのならお詫びいたします。
働く条件と給金については、改めてご相談させていただくということで、もう少し考えさてください』
レステラルスは、とりあえず彼らが急に姿を消してしまうとこはなくなったようだ、と、ホッと胸を撫で下ろした。
『ゆっくり考えてくれ。
ロドアルもそれで構わぬな?』
『もちろんでございます』
『では、この件はこれで。
誰か、ロドアルたちがしばらく住めそうな部屋へ案内してやれ。
ロドアル、仕事や生活に必要なものがあれば、遠慮なく申せよ』
『ありがとうございます、旦那様』
ロドアルは侍女とともに部屋を出ていった。
ふうっと息を吐き、レステラルスは視線を落とした。
『次は……ベシス家の娘か……どうしたものか』
『彼女はリュアティス君の手紙を破って燃やしただけでしょう?
彼やエリスレルアに謝ってくれれば、それでいいのでは?』
こともなげにそう言ったレミアシウスに、レステラルスはあきれて笑った。
『俺は、きみたちが元いた世界が心底羨ましいよ』
『えっ?』
真顔に戻るレステラルス。
『セフィテアが破り捨てたのは、この国の第5王子、リュアティスが、自分専用の便せんを使い、正式に発表された婚約者宛てに送った手紙だ。
それを破り捨てるなど、死罪に値するほどの不敬罪、その場で切り捨てられても文句の言えない重罪なのだ』
『えええぇぇっ???』
て……手紙破っただけで???
『王族が自分専用の便せんに書いたものは、私的なものでも公式な文書として扱われる。そこに約束ごとが書かれていれば、それは公的な約束ごととなるのだ』
『公的な……』
『例えば、ほかの女性に目移りした場合は殺されても構わないので結婚してください、と書いてあれば、浮気したら死ななければならないほどのな』
『え!』
王族、やばい!
いや、僕は別に浮気したいとかではないけれど!
彼女がいるわけでもないのに、想像しただけでうろたえているレミアシウスの様子に、レステラルスは笑った。
『例え話だ。
普通はそんなことを専用の便せんに書いたりはせぬ。
恋文など、王族とて洒落たカードにメッセージを書いて送るものだ。
そんなことで取り返しのつかない約束を取り付けては、ことだからな』
そりゃそうか。
レイテリアスたちなんて、お酒の席も警戒していたくらいだ。
『つまりだ。
リュアティスが何を書いていたのかは知らぬが、自分専用の便せんを使っている以上、彼がそこに書いた内容は公になっても構わないという決意を込めた、エリスレルア嬢への誓いや願いだったということだ。
それをあの娘は破り捨てた』
………………。
『王位継承権第5位の王子であるリュアティスは、低いとはいえ王となる可能性がある。その彼が婚約者、すなわち、王妃となる可能性のある者へ送った公的な文書をな』
!!
なんだか、いつのまにか、ものすごく大ごとになってないか!!
『……で、でも、エリスレルアには、そんな気はまだないっていうか……』
『まだないってだけであろう?
先のことはわからぬではないか』
レミアシウスは絶句した。
自分はとんでもない約束をしてしまったのではないかと。
その表情を読んだレステラルスが慌てて付け加える。
『いや、これはこっちの都合であり、きみたちに害が及ぶことはない。
彼女は、婚約者といっても、正式にはリュアティスが『婚約したいと思っている者』であるから彼女を束縛するものではないし、婚約者はその身分に関係なく対等なので、エリスレルア嬢がリュアティスからの手紙を破ったとしても、それは罪には問えない。
ただ、セフィテアの罪は決して軽くはない、ということなのだ』
レミアシウスは理解した。
これが、エリスレルアがリュアティス君に送った手紙だったとか、彼からの手紙であっても普通の便せんに書かれていたのなら、それほど大きな問題ではなかったのだ。
ただの三角関係のもつれによるラーレス家消失事件というだけで……
大ごとじゃないか!
『おっしゃりたいことはなんとなくわかりました。
僕としては、破られた手紙より、消えた家のほうが大事件だとは思いますが。
でも、目撃者はエリスレルアとネルティさんとリルちゃんだけですよね?
リュアティス君とエリスレルアさえ許せば、それで済む話ではないですか』
公にするから大事件になってしまうだけで。
『未成年者の喧嘩だったってことで済ませるわけにはいかないんですか?』
レミアシウスの訴えに、レステラルスは沈痛な面持ちとなった。
『この事件だけならば、それで済ませなくもないのだが……
あの娘には、もう一つ嫌疑が掛けられているのだ』
『嫌疑?』
レステラルスはレミアシウスをじっと見つめた。
『リュアティスの婚約者への、暴行未遂事件への関与だ』
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