69 引き止めるためには
書斎で仕事をしていたレステラルスのところに、執事のカーテアスが手紙を持ってきた。
リュアティスからの手紙を読み、レステラルスはある意味安堵していた。
これならば、ロドアルの家の者たちにだけ配慮すればよい、と。
ラーレス家に起こった事象だけなら、魔法使いが暴走すればよくあることだからだ。リュアティスのところへ一瞬で移動したことも、転移魔法を使えば可能だ。
つまり、『異国の魔法使いが精神的ダメージを受け、暴走。ロドアルの家はその巻き添えにあった』ということなのだ。
その場にいたネルティへの精神的配慮は必要だろうが、ロドアルはこの説明でおそらく理解してくれる。
どちらかといえば、問題なのはレミアシウス君のほうだ。
今までの言動からすると、彼はよほど平和な世界で暮らしていたのだろう。
彼女や周りに気を配りながら。
仕事などしなくていいと言っても心苦しそうで、断わるこっちが苦しくなった。
「もっとずうずうしく生きていけるような性格の青年なら、何とも思わないのだろうがな」
まったく!
ベシス家の娘も、余計なことをしてくれたものだ!
「先にロドアルに会う」
「承知いたしました」
席を立って窓の外を眺めていると、ロドアルがやってきた。
「旦那様」
「この度は災難だったな」
「……休憩に戻ったら家がなくなっているとは、思ってもみませんでした」
「二人が無事でよかった。ま、座れ」
「はい」
ロドアルがソファに腰掛け、向かいにレステラルスが座った。
「ことの子細を簡潔に言えば、エリスレルア嬢に宛てたリュアティスの手紙を、彼女の目の前でベシス家の娘が破り捨て、悲しみのあまりエリスレルア嬢の魔法が暴走してしまった、ということのようだ」
「なんと!」
「お前が担いできた娘が、ベシス家の三女のセフィテアだ」
「……そうだったのですか……」
祖父の代から伯爵家に仕えているロドアルは、リュアティスの許嫁問題は熟知していて、最初の許嫁が幼くして亡くなり、ベシス家の者に替わったことも知っていた。
「リュアティスがエリスレルア嬢に惚れているのはわかっておるだろう?
それで、王都に帰った際、許嫁を解消したのだ」
「!! ……その結果、私の家が消失した、ということですね?」
「そのとおりだ。
お前の家は俺が責任をもって建て直すから、どこでも好きな場所を指定しろ。
できあがるまではこの家に住めばよい。仕事場は遠くなるがな」
「旦那様、それは―――」
「貯蓄がどれほどあったのかは知らぬが、これまでの働きからカーテアスに算出させよう。
不服があれば申せ」
「お待ちください!」
驚いて立ち上がるロドアル。
「いくら何でもそれは、お世話になり過ぎでございます!
そこまでしていただいては、森の守り神であるフェンリル様のお怒りを買ってしまいます!」
1体見かけることすら滅多にないフェンリルが、自分の家の跡地であるあの場所に何体も集まり、怒っていた。しかも、そのうちの1体は、レミアシウスをその背に乗せてここまで駆けてきたのだ。
つまり、あの怒りは、あの兄妹に向けられていたものではないということだ。
「気にせずともよい。
これは確かにお前たちの損失を補うための提案だが、それだけではないのだ」
「は?」
天井を見上げ、目を閉じるレステラルス。
「これくらいすれば、彼に掛かる負担が減るのではないかと思ってな」
あぁ、なるほど、とロドアルは思った。
「確かに彼は生真面目過ぎると思うほど、私の作業を手伝ってくれていました」
「であろう?
このままでは、責任を感じてこの地を離れていきかねない」
「それは困ります!」
「ロドアル?」
叫んだあと、立ったままうつむき加減で息を吐き、ロドアルは語り出した。
「フェンリル様は普段森の奥深くにおられ、滅多に人里にはお見えになりません。
ですので、私の家の辺りでは、森の奥より人里に近いところのほうが凶悪な魔物が多かったのです。
それが、お二人がこの地に来られてから、魔物を見かけなくなりました。
ずっとたまたまだろうと思っていたのですが、ある時……そうですね、旦那様たちが王都へ着かれた頃ではないかと思うのですが、夜遅くに家に帰ったところ、うちの屋根の上にフェンリル様が座っておられたのです」
「なんだと!」
目を見開いてレステラルスはロドアルを凝視した。
「その時は酔っておりましたし、見間違いだと思っていたのですが、旦那様のお話と先ほどのフェンリル様たちのご様子から、あれは我が家を……というより、あの夜、泊りがけで遊びに来られていたエリスレルアちゃん……いえ、エリスレルア様を守られていたのではないかと。
普段、魔物たちを見かけなくなったのは、あの方だけではなく、リルテやネルティのことまで、フェンリル様が守ってくださっていたからだったのでしょう」
ロドアルは絨毯に膝を突いた。
「彼らがこの地を去るということは、フェンリル様たちが再び森の奥へ戻ってしまわれるということにほかなりません。
それだけはなんとか……なんとかそれだけは……」
両手を握り締めて祈るようなロドアルの姿に、レステラルスが口を開く。
「だから、先ほどの提案をしたのだが……」
「旦那様のお申し出は誠にありがたいことではございますが、過ぎたご援助はかえって彼の負担となってしまいます。
私どもに対する、ではなく、旦那様に対する」
「何!?」
言われてみれば……確かに、そうか。
彼は、世話になっているだけでは心苦しいと言って、働き出したのだったな。
「全財産を失った今、家のことは旦那様にお願いするしかございませんが、貯蓄のことまでお気遣いいただくのはご遠慮申し上げます」
「なるほど。わかった。
では給金を少し上げるだけにしておこう」
「ありがとうございます」
「他に何か希望はあるか?」
少し考え込んだロドアルは、名案を思いつき、フッと笑った。
「彼らを引き止める方策を思いつきました」
「ほう。聞こう」
「彼の働き場所を我が家にし、旦那様がその給金をお払いくださるというのはどうでしょうか?」
「おお……確かにそれは名案だ!
……午前中はいろいろあるのでだめだが、午後からならば……それでよいか?」
「構いません。働くのも、毎日でなくても結構です。
うちで働き、旦那様に給金をいただく、この構図があるだけでよいのです」
クックッと笑うレステラルス。
「お前がそんなにしたたかなやつだとは思っていなかったぞ」
「私は、旦那様に仕えながら、妻と子を守っていかなければなりませんので。
それに、これは彼にとって悪い話ではございません」
「そうだな」
ベシス家の娘も、案外役に立ったのかもしれぬ。
二人はレミアシウスがいる客間へ向かった。




