68 連絡をつける
起こってほしくなかった出来事のうちの一つが起こってしまった。
エリスレルアが悪いわけじゃない。
けど、彼女が恐れられてしまう。
ネルティにもそれはわかっている。
わかっていても、恐怖してしまうのを止められないのだ。
怖がってしまうことに罪悪感を感じているような彼女の姿にいたたまれなくなって、リュアティスはネルティに眠りの魔法をかけた。
少しでも心を休められるように。
ネスアロフがネルティをソファに寝かせ、リュアティスは大急ぎでレミアシウスとリンシェルアに手紙を書いた。
リンシェルアへはできるだけ詳しく知り得た情報を書くだけだったのですぐ書けたのだが、レミアシウスへの手紙はなかなか書き出せなかった。
下手なことを書いてしまうと二人ともいなくなってしまいそうで、早く書かなくてはと思えぼ思うほど、どう書けばいいのかわからなくなってしまう。
きっと彼はロドアルの家の復旧に尽力するだろう。
でも、そのあとは?
もともと彼は、彼女がこの世界に迷惑をかけてしまうことを、ものすごく恐れていた。
できるだけ早く向こうへ帰ったほうがいいと言っていた。
その彼が、この事件をなかったことのように思えるだろうか?
それに、リルちゃんはともかく、ロドアルとネルティは、彼女と普通に接することができるだろうか?
もし、彼女が伸ばした手を、彼らが拒否したら……
リュアティスは、レステラルス宛てに、詳しい事情と3人へのケアを頼む手紙を書いて封をし、それをレミアシウスへの手紙に添えることにした。
レミアシウスへの手紙には、ネルティ、リルテ、エリスレルアの3人は無事で、自分のところにいるから心配しないでください、ということと、同封したレステラルスへの手紙を届けてほしい、とだけ書いた。
2通の封筒を持って書斎を出た時、ちょうどネスアロフが戻ってきた。
「理由秘匿で数日間欠席すると、学園へ届け出てまいりました」
「すまない。
……それから……」
「わかっております。
私はここでお戻りになるのをお待ちしております」
「うん」
リンシェルアから連絡があった時点でリュアティスはエリスレルアと一緒に向こうへ行くつもりだったのだが、その時はネスアロフも同伴する予定だった。
従者だけ残して王族がどこかへ行くというのは、不自然だからだ。
だが、エリスレルアがネルティとリルテを連れてテレポートしてきたため、彼女たちを向こうへ連れ帰る必要が出てきた。
彼女の『力』で5人も伯爵家に移動できるのかどうかわからないし、そもそも、できる限り負担を掛けたくはないため、ネスアロフに遠慮してもらうことにしたのだ。
「悪いほうにばかり捉えていても進展はない。
この機に、例の実験を進めよう」
「そうですね。
あまり、ご無理だけはなさいませぬように」
「うん。じゃ、手紙を送ってもらってくる」
寝室に入ると、エリスレルアとリルテがぐっすり眠っていた。
あまりにもよく眠っていて、起こすのがためらわれたが、そうも言っていられない。
『エリスレルア、頼みがあるんだ。
少しだけ、起きてくれないかな?』
『……ん……』
『送ってほしい手紙が2通あるんだ』
『……どこ…に?』
目を閉じたままだから、ほとんど眠ったままだな。
そっと彼女の右手を取り、その手に手紙を乗せる。
『こっちは、母上に』
一瞬でその手紙が消えた。
『こっちはレミアシウスさんに』
そう言ってもう1通を乗せると、それも一瞬で消えた。
『ありがとう。おやすみ』
そう言って、リュアティスは、エリスレルアの右手に感謝のキスをした。
☆ ☆ ☆
「……なんということ……」
リュアティスからの手紙を読んだリンシェルアは、直ちに伯爵邸に向けて出発することにした。
執事を呼ぶ。
「ロスファルト!」
「お呼びですか?」
「急ぎ叔父様の家にまいります。
休憩なしで馬車の手配を」
「かしこまりました」
休憩所で休憩せず、馬を替えて急げば3時間ほどで伯爵家に到着する。
リュアティスの手紙には、エリスレルアちゃんは2.3時間は眠っていると思われると書いてあったわ。
叔父様たちと話せる時間があるかどうか、微妙なところね。
「リュアティスが一緒だと思うから、話せる時間を作ってくれるでしょうけど」
侍女を呼んで身支度を整えながら、はぁとため息をついたリンシェルアだが、嬉しくもあった。
「それにしても、エリスレルアちゃんったら。
手紙を破かれただけであれほど悲しんでくれるなんて、なんだかリュアティスが羨ましいわ」
だからこそ、ロドアルたちには、難しくても今までどおり彼女と接してあげてほしい。
そう願ってやまないリンシェルアであった。
☆ ☆ ☆
「とりあえず、みんな無事みたいで、よかった。
あの髪の長さで、これだけの『力』を使ったあと王都まで飛んでるから、しばらくは起きないだろな。
リュアティス君、どうやってこの手紙を送らせたんだか」
今度聞いてみよう、と思いながら、リュアティスが心配していたように、レミアシウスはここでの暮らしを半ばあきらめていた。
どこかもっと人のいないところ、何なら、あの元いた島でもいい。
結晶石を使えば、買い物とか行けなくはないし。
エリスレルアは嫌がるだろうけど、リュアティス君のとこだけなら遊びに行ってもいいよって言えば、なんとかなるかな。
リルちゃんのところへは……もしかしたら、厳しいかも……
「レミアシウス君!
これは一体どいうことなんだ!
リルテは! ネルティは!
俺の家は、どうなったんだ!!」
フェンリルたちがいない側の半球の縁に、ロドアルが姿を見せた。
牧草地で作業中だった彼は、異変を感じながらも作業を続けていたのだが、区切りがついたので休憩しに戻ったら、家がなくなっていた。
反対側にいるフェンリルたちへの恐怖より、消えた家の衝撃のほうが強く、呆然としながら馬から降りて大穴の縁に駆け寄り、レミアシウスたちを発見したのだ。
『僕にもあまりよくはわかっていないんです。
この少女を連れてこの崖を登る力が今なくて、上に上がれないし』
「待ってろ」
ロドアルはロープを取り出し、近くの木の幹に巻き付けて固定し、そのロープをレミアシウスのほうへ垂らした。
それを伝って、中に降りる。
「一人なら登れるか?」
『はい。すみません』
レミアシウスが土の壁を登っている間に、気絶している少女を背負って自分の身体に固定し、レミアシウスが登り切ったのを確認して、ロドアルも登った。
『ネルティさんとリルちゃんは、無事です。
ちょっと…今、離れたところにいるんですけど』
『離れたところ?』
少しだけ考え、リュアティスからの手紙をロドアルに渡した。
この状況で今更隠しても、どうにもならないと思ったのだ。
「王子のところ?
って……殿下は、王都では……」
『詳しくはあとでお話しします。
まずは、この手紙をレステラルスさんに届けないと」
心配の反動で怒鳴りたくなるロドアルだったが、レミアシウスから感じる雰囲気に、冷静さを取り戻す。
「……そうだな。
だが、さすがに馬に3人は乗れん」
〈〈あの方の兄よ。我に乗れ〉〉
〈〈え、いいの?〉〉
〈〈急ぐのだろう? 早く乗れ〉〉
「!! フェッ……フェンリル様!?」
一瞬のうちに自分たちのところに来たフェンリルに腰を抜かしそうになるロドアル。
〈〈ありがとう。エリスレルアは無事だよ。
それほど時を置かずに戻ってくる〉〉
レミアシウスがその背に乗ると疾風のように駆けだし、この場にいたフェンリルたちはロドアルの視界から消えた。




