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星の姫、世界を渡る~王子の願いと虹色の奇跡  作者: 香名斗星南
第3部 第1章 王子からの手紙

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67 悲しみが残した深い傷

 ………え………


「リュアティス、の、て…が…み……………」


 目の前で起こったことなのに、信じられなかった。


「…ぅっ……ウワーーーーン!!!」

「あなた! なんてことをするの!!」


 呆然としているエリスレルアの横でリルテが泣き出し、ネルティが叫んで、エリスレルアの中で何かが切れた。


 ドォオォォーーーーン!!


 辺り一帯を激震が襲い、衝撃波が広がる。


 伯爵家でリザフィーナとのんびりお茶を飲んでいたレミアシウスが、ギョッとして立ち上がった。


「エリスレルア!?」


 広がっていく悲しみの衝撃波にリザフィーナは胸が締め付けられて泣き出した。


「何かしら、これ……悲しくて、たまらないわ……」


『エリスレルア! どうしたんだ!

 エリスレルア!』


 呼びかけても返事がなく、急いで自室に戻ったレミアシウスは結晶石をひとかけら握りしめて、テレポートした。


 ☆ ☆ ☆


 衝撃波は公爵家まで届いていた。


「エリスレルアちゃん!?」


 強烈な悲しみがリンシェルアを包む。

 立ち上がってベランダへ出ると、辺り一帯が悲しみの咆哮を上げていた。

 そしてその悲しみが、彼女を悲しませた相手への怒りに変わっていくのを、リンシェルアは肌で感じた。


「これは……まずいわ……

 誰か知らないけど……何してくれてるのよ!!」


 ほんの少し前、ニコニコ笑っていたエリスレルアを思うと、怒りが湧いてくる。

 ふうっと息を吐き、彼女はそれを一旦治めた。

 事態が収拾するまで、怒っている場合ではないのだ。


 リュアティスからの届け物をここに持ってきた時の彼女の様子を思い出す。


「エリスレルアちゃんが何を悲しんでいるのかはわからないけど、これはたぶん、リュアティスしか治められないわ」


 ここから王都まで、どれくらいの魔力がいるものなのか見当がつかない。

 しかも相手は、テレパシー能力のあるエリスレルアではなく、リュアティスだ。

 小さな『声』まで聞き取ってくれるわけではない。


 けれど、迷っている時間はないわ!


 自分の魔力を最大限に高め、リンシェルアは想いを放出した。


『『リュアティス!! エリスレルアちゃんを呼びなさい!!

 ただし! できる限りあの子を刺激しないように!!』』


 ☆ ☆ ☆


 ロドアルの家は消滅した。

 エリスレルアたちがいるリビングの床とテーブルセットを除いて。


 消滅しているのは家だけではなかった。

 エリスレルアを中心に、半径100メートル以上の地面が半球状に消えている。


 玄関先にテレポートしたつもりだったレミアシウスは、足元に地面がなく、慌ててそっと着地した。


 何、この状況!!!


 彼女の『力』で空中に浮いている床は、いつ落ちてしまうかわかったものではない。

 どうやって地面まで降ろせばいいんだと、考えていた時、エリスレルアたち()()が消えた。


「ええーー! って! 危ない!!」


 エリスレルアの『力』がなくなり、空中から落下していく床に、一人だけ女の子が残されていた。

 咄嗟に落下中の女の子のところにテレポートし、抱きかかえて向こう側の斜面に着地した。


「キツッ!!」


 肩で息をしながら、この壁を登るのは今は無理、と気を失っている女の子をその場に横たえていると、半球の縁にフェンリルたちが現れた。


〈〈その者を助ける必要などない〉〉


「え?」


〈〈あの方に助けてもらったとも知らず、あの方の大切な物を消し去った〉〉

〈〈許さぬ!〉〉〈〈許さぬ!〉〉〈〈許さぬ!〉〉〈〈許さぬ!〉〉


 彼らから悲しみと怒りが強く伝わってくる。


〈〈待ってください! せめて、エリスレルアが戻ってくるまで!〉〉


 何があったのだろうと、レミアシウスは空を見上げた。


 ☆ ☆ ☆


 エリスレルアが子フェンリルを連れてアークレルト領へ帰ったあと、寮の自室でネスアロフと部屋の中での近接戦の鍛練をしていたリュアティスは、リンシェルアからの初めての『通信』に一瞬戸惑ったが、ただごとではないと察し、全身全霊を込めてエリスレルアを呼んだ。


 悲しみの感情が爆発し、ある意味うつろになっている彼女の胸に、リュアティスの『声』が届く。


『どうしたの?

 話を聞くから、ここまで来てくれる?』


 『声』と一緒にキラキラと輝く光が、ひどく痛む彼女の心を包む。


『…………リュ…ア……ティス』


 次の瞬間、エルスレルアと、大泣きしているリルテ、あまりの出来事に立ったままほぼ気絶しているネルティ、テーブルとその上にあった物が、リュアティスの部屋のリビングに出現した。


 急に椅子がなくなって尻もちをついたリルテが、見知らぬ部屋にいることに気づいた。

 びっくりしてキョロキョロ辺りを見回し、ネルティを見つけてトコトコと駆け寄ったリルテは、そのドレスにぎゅっとしがみついた。


「かーたん……」


 ハッとして正気に戻ったネルティは、震えながらギュッとリルテを抱きしめた。


「大丈夫……大丈夫よ、リルテ……大丈夫……」


 テーブルの上には、自分がエリスレルアに送った手紙の封筒とリンシェルアの紋章入りの封筒。

 エリスレルアが握っているのはリンシェルアの便せん―――


 僕の手紙は?


 リンシェルアの手紙を握り締め、エリスレルアが泣き出した。


「ぅわーーーーーああああぁぁぁぁあ!!」


 反射的にネルティは、リルテを背後にかばった。


〈〈うれしかったのに!!〉〉

〈〈うれしかったのに!!〉〉

〈〈長いお手紙!!〉〉

〈〈うれしかったのに!!〉〉

〈〈なくなった!!〉〉

〈〈なくなった!!〉〉

〈〈なくなった!!〉〉


「うわーーーーん!!!!」


 どういうこと???


「殿下! 詳しく聞くのはあとに!!」


 ハッとして、心を落ち着ける。

 少し近づくと、エリスレルアは少し後ずさった。


『僕の手紙、読んではくれたの?』

『……うん。でも……でも、なくなった!!』


 テーブルの上の状況からすると、()()()()()のは読んでいる途中か、読んだ直後と思われる。


 「なくなった」の意味がわからないが。


「うぇぇーーん!!」


 何かが起こって、なくしたんだろうか?


『泣かなくていいよ。また書くから』

『…で…も……優しい…長い…手紙……せっかく……リュアティス…の……』

『次は、もっと長い手紙を書くから』

『……もっと長い?』

『うん。だから、泣かないで。

 ……エリスレルアが今持ってるの、母上の手紙だよね?』

『うん』

『読んでもいい?』

『これ…リルちゃん宛てなの。

 リルちゃんが、いいならいい』


 話しているうちにエリスレルアがだいぶ落ち着いてきているのを感じたリュアティスは、エリスレルアに近寄るのをやめて、リルテのところに行った。

 ネルティのドレスの影に隠れ、涙をボロボロこぼしているリルテ。


「リルちゃん」

「……王子しゃま……ごめん、なの……グシュ……

 王子しゃまのレルたんへのお手あみ……リルテが、取られちゃった、の…

 ごめんなしゃい、なの」


 あぁ、それで、僕の手紙だけないのか……って、誰だ、取ったの!!


「殿下!」

「わかっている!」


 ふぅ


「リルちゃんは、悪くないよ。

 リルちゃんも、泣かなくていい。

 ね、母上からのリルちゃんへのお手紙、読んでもいいかな?」

「グシュン……いいよ」

「ありがとう」


 リルテの頭にポンと手を置いたあと、リュアティスはエリスレルアのところへ行った。

 泣きやんだエリスレルアは、彼が近づいても今度は逃げなかった。

 彼に手紙を渡すとその場に崩れ落ちそうになり、リュアティスは彼女を抱き留めた。


 手紙をネスアロフに渡して、エリスレルアを抱き上げ、寝室に向かいながらリュアティスはリルテに向かって微笑みを浮かべた。


「リルちゃんも、エリスレルアと一緒にお昼寝する?」

「うん……かーたん、いい?」

「え……えぇ…いいわよ」


 3人が寝室に入り、ネスアロフがネルティに椅子を勧めてお茶を入れに行った。

 リュアティスが戻ってくると、ネルティが状況説明を始めた。


「リルテが王妃様からのお手紙を読んだあと、エリスレルアちゃんが殿下からのお手紙を読んでくださいました。

 しばらく和やかに過ごしていたのですが、二人が互いの手紙を交換して読み始めた頃に、水を飲みたいと、旅の少女が訪れたのです」

「旅の少女?」

「はい。

 その少女は、死んでもいいと思っていたけど魔物を攻撃してしまったとか、お水はおいしいとか、何かぶつぶつとつぶやいていたのですが、突然私を押しのけて奥へ向かって走り出し、娘が持っていた手紙を奪い取ってそれを読むと、娘に向かって『あなたがリュアティス様を奪った婚約者ね!』と叫んで、手紙をズタズタに破って燃やしてしまったのです」


「「!!!」」


 セフィテアの仕業か!!


「そして……私どもの家は、消えました」


「「え?」」


 両手で自分の身体を抱きしめて叫ぶ、ネルティ。


「ロドアルと私とリルテの、あの家は、消えてしまいました!

 あるのは、今ここにあるテーブルだけ!

 地面ごと、なくなってしまったのです!

 殿下!

 わたくしは、怖いのです!

 怖くて、怖くて…仕方ないのです!」


 泣き崩れるネルティに、二人はどう声を掛けたらいいのかわからなかった。

 この物語をお読みいただき、ありがとうございます!

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