65 少しずつ、さりげなく
リザフィーナが雇われてからから十日ほど経ち、途中、王都で開かれるリュアティスの誕生会への飛び入り参加という予期せぬイベントがあったものの、伯爵邸では穏やかな日常が続いていた。
レミアシウスは、午前中はエリスレルアと一緒に言葉を教わり、午後はリザフィーナにこの世界の常識や教養などを学んだり、レステラルスやロドアルたちの手伝いをしている。
リザフィーナは午後3時の休憩時にレミアシウスに紅茶を入れてもらい、ここは天国に違いないと思いながら毎日を過ごしている。
エリスレルアは、午前中リザフィーナから言葉を教わり、午後はリルテのところへ遊びに行って夕方戻ってくるか、リザフィーナとのんびり過ごしていた。
今日はリルテと一緒に遊ぶ予定だ。
森の中をテクテク歩きながらお土産に可愛い花とかを摘んでいたら、森がざわめいた。
ん?
どうしたのかな?
ゴォーとかドンとか音がする。
行ってみると、女の子が岩壁に追い詰められて魔物オオカミたちに取り囲まれていた。
〈〈どうしたの?〉〉
森から飛び出して魔物オオカミたちに話しかけると、みんながこっちを見た。
女の子もこっちを見た。
オオカミたちからは怒りの感情が、女の子からは恐怖が伝わってくる。
〈〈この者、子ども、殺した!〉〉
〈〈えっ!〉〉
〈〈許せぬ!〉〉〈〈許せぬ!〉〉〈〈許せぬ!〉〉〈〈許せぬ!〉〉
〈〈待って! その子、どこ!〉〉
〈〈こっちだ〉〉
魔物オオカミの一人が駆け出し、エリスレルアはそれを追って走り出した。
少し行くと、子オオカミが倒れていて、おかあさんオオカミが悲しそうにしていた。
近づいてみたら大やけどをしていたが、弱々しいけどまだ息をしていた。
〈〈まだ生きてるよ!
リュアティスさんに治してもらってくるから、あの子を襲っちゃダメ!〉〉
そう叫んで、エリスレルアは子オオカミを連れてリュアティスの部屋にテレポートした。
「リュアティス! ……あれ? いない」
あ、勉強中かな?
『リュアティスさん!』
『? エリスレルア? どうしたの?』
『子どもが大怪我なの! 今あなたの部屋にいる! 助けて!』
『えっ!! すぐ行く!』
授業中だったリュアティスが「体調が悪くなったので部屋に戻る」と先生に断り、ネスアロフとともに自室に駆け付けると、リビングにエリスレルアと子どもが……
「子どもって…………フェンリル!?」
「え、リュアティス、この子の知り合いですか?」
「えっ、いや、知らないけど……」
「はっ! とにかく、早くー!」
「そうですね!」
(こんなところで、子どもとはいえフェンリル回復させてもいいのだろうか?)
と思いながらも回復魔法をかけるリュアティス。
〈〈フェンリルちゃん! しっかり! もう大丈夫よ!〉〉
(フェンリルちゃん?
あー……それで、知り合いってか。
ていうか)
「エリスレルア、フェンリルと話せるの?」
「フェンリルちゃんたちとは、結構普通に話せるよー。
リスも!
もっと言葉をしゃべれない人たちだと、イメージを感じ取る感じになるです。
木とか水とか」
(そういえば、毒に話しかけていたな……)
子フェンリルの傷は見る見る治っていき、エリスレルアはホッとした。
「リュアティス、すごいね!
よかった!
じゃ、この子、連れて帰るね!」
「待って。
ちょうどいい。
ネスアロフ、あれ、持ってきて」
「はい」
ちょうどいい?
ネスアロフが収納部屋に何かを取りに行き、リュアティスは寝室から手紙を持ってきた。
「こっちはあなた宛て。あとでゆっくり読んで。
こっちは母上宛てです。母上にお渡しください」
「わかった!」
ネスアロフが戻ってきて、包みをリュアティスに渡す。
「これも母上に渡してください」
「はーい!
じゃ、またね!」
「待って!」
ん?
「エリスレルア、さっき飛んで来たばかりだよね?
もう行っても大丈夫なの?」
うーん……
『ちょっと疲れるけど、みんな待ってるし。
早く戻らないと、この子のおかあさんとか心配してるし、女の子も心配だし…』
(女の子?)
何か用があって、エリスレルアがリュアティスの部屋にテレポートしてくることは時々あるのだが、帰るのは大抵1時間ほど休憩してからだった。
連続でテレポートするのは疲れるからだ。
1時間休んでから飛んでも、結構疲れてすぐ寝てしまうと言っていたし、このまま返すとフェンリルのいる森で寝てしまうのではないかと、リュアティスには思えて、心配になった。
この前の事件以降いろいろ研究しているリュアティスは、ちょっと試してみようとエリスレルアに近づいた。
『リュアティスさん?』
そっとその身体を抱き寄せる。
『今から僕の魔力をあなたに送る。
この力でテレポートできるか、試してみてほしい』
『う…うん』
ふんわりと優しくハグされ、やわらかい光に包まれて、エリスレルアはなんだか胸がドキドキしてきた。
その直後、すごいエネルギーが身体の中に流れ込んできた。
これは!!
ありがとうって言ってくれた時と同じ!!
彼女の髪が光り輝き、髪の長さが20センチくらい伸びたように見える。
子フェンリルが驚いて壁まで飛びずさった。
「…リュアティス、もういい、たくさん、多い」
言いながら自分から離れようと身体を押してくるエリスレルアが可愛くて、魔力を送るのは止めたリュアティスだったが、余計に抱きしめたくなってくる。
『もう少しだけ、こうしていたい』
そう言ってリュアティスがギュッと抱きしめると、エリスレルアの心を包んでいたやわらかい光がまぶしい光に変わり、3つ数えるほどで限界となって彼女は子フェンリルのところへテレポートした。
「……あ……」
「まぶしい! リュアティス! 私は帰る! またね!」
真っ赤な顔をしてそう叫び、エリスレルアは子フェンリルと一緒にテレポートしていった。
「『もう少し』が、少し過ぎる」
「……殿下……」
ため息をつき、ネスアロフに向かって苦笑いとも呼べないほど弱々しい笑みを浮かべた。
「……突然腕の中から消えられると、喪失感がものすごいぞ……」
リュアティスは肩を落としていたが、ネスアロフは優しい笑みを浮かべた。
「ですが、傾向としては悪くありません」
「えっ?」
「殿下が抱擁なさったのはわずかな時間でしたが、彼女の中で何かが変わったように感じられました。
私はあの方が、あのような表情をされるのを初めて見ましたので」
「え、どんな?」
「それは……上手く説明できないので、ご容赦ください」
「なんだ、それは! ずるいぞ!」
「そう言われましても。
とにかく、作戦は悪くありません。
この感じで、少しずつ触れ合う機会を増やしてまいりましょう」
現在、王都とアークレルト領と、かなり離れた場所にエリスレルアがいるため、彼女が全面拒否してしまうような行動を取ってしまうと会いに来てくれなくなってしまう恐れがあり、謝りに行くにも時間がかかり過ぎるため、リュアティスとネスアロフが到達した結論は、少しずつ距離を縮める作戦だった。
リュアティス的には、ゆっくりとしか近づけないもどかしさはあるが、急に近づき過ぎると失ってしまいそうな近寄りがたさを感じるので、今はこの距離感がいいのかなと自重することにしたのだ。
「母上との試みが上手くいくことを祈ろう」
☆ ☆ ☆
〈〈ただいま! フェンリルちゃん、治ったよ!〉〉
森の中に到着すると、フェンリルちゃんは、お母さんのところへ駆けていった。
どこからともなくほかの魔物オオカミたちも集まってきて、和やかなムードになって、私にみんなお礼を言って、深い森のほうへ帰っていった。
ふう~~
リュアティスさんにもらったパワーはまだまだいっぱいで、そのせいか、なんだか身体じゅうがポカポカする!
パワーをもらい過ぎたのかな?
エリスレルアは、そのままリンシェルアのところにテレポートした。
「リンシェルア! これ、リュアティスからの、贈り物だよ!」
「あら、いらっしゃい、エリスレルアちゃん。
リュアティスのところに行っていたの?」
「はい! フェンリルちゃんが大怪我で、治してもらったです!」
「フェンリルちゃん?」
「うん! 可愛いのー。
じゃ、私、リルちゃんのとこ、いってきます!」
「ちょっと待って!」
「え?」
リンシェルアには、エリスレルアがいつもよりハイテンションになっているのが感じ取れて、少し落ち着けたほうがいいと判断した。
(リュアティス、この子に何かしたのかしら?)
「リルちゃんにお手紙を書きたいのよ。
少しだけ、待っていてくれるかしら?」
「いいよ!」
侍女にジュースを持ってくるように告げ、引き出しから紙と、エリスレルアが迷いそうな花ばかりを選んで数枚の押し花を取り出す。
「手紙と一緒に入れたいから、どれか1枚選んでちょうだい」
「はーい!」
侍女が持ってきたジュースをエリスレルアに渡し、手紙を書きながら様子をうかがっていると、だいぶオーラが落ち着いてきた。
「書き終わったわよ。お花、選べた?」
「これとこれが、どっちか、難しい」
「じゃあ、二つとも入れちゃいましょうか」
「そうね! リルちゃん、喜ぶと思う!」
微笑みながら封筒に手紙と押し花を2枚入れ、封をしてエリスレルアに渡した。
「じゃ、いってきます!」
「いってらっしゃい」
エリスレルアはテレポートして消えた。




