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星の姫、世界を渡る~王子の願いと虹色の奇跡  作者: 香名斗星南
第3部 第1章 王子からの手紙

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64 雇ってもらいたい

「はい、午前中の勉強はここまでです」

「ありがとうございました!」

「ありあとうござりますた!」


 王都からアークレルト領へ向かう道すがら、二人はここの言葉をリザフィーナ・セレリズという女性に習っていた。


「おにいさま! アリガトウ、ゴザイマシタ、だよ!」

「お前が言ってたとおり、ホント舌噛みそうで、難しいなー」

「でしょー! 言葉の順番も難しいしー」

「レステラルスさんが王都で雇ってくださったセレリズ先生が、辛抱強くて優しい人でよかったよ」


「お二人とも、王都を出られた頃に比べたら、随分上手になりましたよ」


 耳慣れない言葉で会話している二人が何を言っているのか、リザフィーナにはわからなかったが、二人は言葉を覚えたての幼児だと思えば何を言っているのかわからなくて当然なので、それほど気にぜず自分の言いたいことだけ言うことができていた。


「やった!」

「ありがとうござりあす」


 勉強熱心で子供たちの面倒を見るのが好きだった彼女は教職を目指していたのだが、引っ込み思案で大人としゃべるのが大の苦手だったため、どこの職場にも採用されず落ち込んでいた。

 学生寮を出たあと安い宿に泊まって職探しをしていたが宿代が底を尽き、部屋を追い出されて途方に暮れていたところ、たまたま【十数日間の馬車の旅の間、言葉を教えてほしい】という募集を見つけ、彼女はそれに飛びついた。


 給金は相場より安めだったが前払いで、3食付き。

 採用期間はセルアティス伯爵家までの往復という短期契約で、教えるのは往路だけでよいという悪くない条件だった。

 つまり、行きは生徒に教えながら一緒に行くが、王都までの帰りは給金・食事付きで仕事ナシ、それどころか、途中の町が終点でも構わないという考えようによっては破格の依頼だが、採用条件に教職の免状を持っている者、というのがあり、免状を持っている者はとっくにどこかの職場に採用されていたので、応募してきたのは彼女だけだった。


「お食事のご用意が整いました」

「わーい!」


 侍女の一人が呼びに来て、エリスレルアが駆けていった。

 雇用条件の一つである3食のグレードが思っていたよりかなり高く、最初恐縮していたリザフィーナだったが、最近は楽しみになるほどにこの一行になじんでいた。


「では、ぼく、たち…も、行く…でしょう」

「はい」


 先生の様子からすると、ちょっと違ったんだろうなー。


 少し赤くなりながら、エリスレルアを追うレミアシウスは、先生と話す時にはなるべくこっち言葉を使うようにしようと決めていた。

 『魔法』を多用していたためだと思われる、レイテリアスに指摘された弊害が出てきていたし、リュアティスと言葉の練習をしていたエリスレルアに後れを取ってしまったのも、ちょっと悔しかった。


 何を隠そう、レステラルスに、帰りの旅の間に言葉を教えてくれる先生を雇ってくださいとお願いしたのはレミアシウスだったのだ。


 給金については心苦しかったのだが、「きみたちには生涯をかけても返しきれない恩があるから気にするな」と言ってくれたレステラルスの厚意に甘えることにした。

 何しろ、レミアシウスには所持金がないのだ。


 王様にレステラルスさんの家に滞在する許可をもらったとはいえ、何もしないで食べさせてもらっているというのは気が引ける。

 ここはルイエルト星ではないのだから、エリスレルアの世話だけしていればいいというわけにはいかないし。

 向こうに着いたら何か仕事を探さないとなー。


『何かいい仕事、ありませんか?』

『仕事なんてしなくていいよ』

『そういうわけには』


 向こうの世界ではお金のことなんて考えなくてよかったけど、こっちじゃそうもいかない。

 伯爵家で生活するのは、まあ、お世話になるとしても、買い物とかも行ってみたいし。


 リザフィーナがレステラルスと面接している時に彼女の境遇を聞いて、自分も何かしなくてはとレミアシウスは思ったのだ。


『庭の草刈りとか、何でもいいので何か考えておいてください』


 苦笑するレステラルス。


『わかった』

『おにいさま、私も!』

『お前は、おとなしくしているのが仕事!』

『ぶー!』


 リザフィーナがクスクス笑った。


「楽しそうで、羨ましいです。

 明日でお別れなのが残念ですわ」


 ここを出発したら、1時間進んで3時間休憩、その後、約1時間で伯爵家に到着する。

 計算上は午後6時過ぎに到着予定で、彼女はそのあと1泊し、翌日の午後には王都方面へ向けて出発することになっている。

 明日の午前中が最後の授業となるのだ。


 あっという間の十数日で、レミアシウスは少し残念な気持ちになった。

 エリスレルアが素直にその気持ちを言葉にした。


「先生、本当に帰ってしまうの?」

「えぇ。そういう契約ですもの」

「そうかぁ。

 先生をリュアティスで、見せたかったのに」

「『で』? 『に』じゃない? って……リュアティス?」

「に、ですか!

 リュアティスに見せたかったのに!」


(リュアティスって……リュアティス王子のことかしら?

 いえ、でも……まさか、ねぇ)


「あ、でも、先生、王都に帰るのでしたね?」

「そうよ。次の仕事を探さないといけないので」

「じゃあ、リュアティスに、よろしくです!」

「え、えぇ……」


 にこにこ笑っているエリスレルアに、リザフィーナは戸惑っていた。


(どこのリュアティスさんによろしくと伝えればいいのかしら?)


『そうだ!

 レステラルスさんのおうちに着いたら、リュアティスさんにお手紙書こっと!

 先生に教えてもらったから、だいぶ書けるようになったし!』


 楽しそうなエリスレルアに、ますます羨ましくなるレミアシウス。


 僕も誰かに手紙を……


 と考えたのだが、真っ先に浮かんだのがレイテリアスの顔で、大慌てで手を振り、それを打ち消した。


『おにいさま、何やってるの?』

『何でもないよ!

 手紙か~いいな~~。

 僕もリュアティス君に書くかな。

 下手くそな字でも、読んでくれそうだし』


 言いながら、レイテリアスの顔を思い出したことで、レミアシウスはあることを思い出した。


 紅茶の茶店とかいいかも。


 と言っても、この世界の店事情とか何もわからないので、さすがにいきなり店を出すわけにはいかないから、しばらく伯爵邸で雇ってもらうっていうのはどうだろう?

 お世話になってばかりよりはそのほうが気が楽だ。


 無給でもいいくらいだと思いながら提案すると、「そこまで言うなら」と雇ってもらえることになった。


『ありがとうございます。

 そうだ。食事の準備も手伝いますよ?』


 そうレミアシウスが付け加えた途端、侍女たちが猛反対した。


『だんなさま! それだけはご勘弁を!』

『そうです!

 レミアシウス様がお作りになったりしたら、私どもの仕事がなくなってしまいます!』

『それは一体、どういうことなのだ?』


『『それは……』』


 レステラルスが問いただすと、厨房を借りてレミアシウスがエリスレルアのために作っているおやつを時々分けてもらっているのだが、それが美味し過ぎるので、彼が食事まで作り出したら、自分たちが作った食事を食べてもらえなくなると思ったようだった。


『そんなことはないだろう』


 と笑っていたレステラルスだったが、伯爵邸に到着後、レミアシウスがいれた紅茶を飲むと。


『是非、毎朝、俺のために紅茶をいれてくれ!

 給金はいくらでも弾む!』


 と言って、レミアシウスは右手を両手で強く握られた。

 その様子を羨ましそうに見ていたリザフィーナに、エリスレルアが声を掛けた。


『先生も、雇ってもらったらいいのにー』


『『『え?』』』


『そしたら、もっと上手くしゃべれるようになるのにー』

『待て待て!

 これ以上僕たちのためにお金使わせてどうするんだよ!

 すみません、レステラルスさん!

 こいつの言うことは聞かなくていいんで、気にしないでください』


 少し考えたレステラルスだが、エリスレルアの提案は悪くないと思った。

 レミアシウスはともかく、エリスレルアは何かすることがあるほうが落ち着いて家にいられるんじゃないかと思ったのだ。

 いつもいつもリルちゃんを呼ぶわけにはいかないのだから。


『セレリズ女史のご都合によるが』

『是非お願いいたします!!』

『え、でも…』

『よいのだ、レミアシウス。

 エリスレルア、リュアティスに手紙を書くのだろう?

 夕飯までまだ時間があるから、書いてきてはどうだ?』

『おおー!』


 駆け出そうとするエリスレルアに、リザフィーナが声を掛ける。


『あ、でも、私、荷物はこのトランク一つなので、王都には戻りませんよ?』

『リュアティスさんへの手紙は、私が持っていくからいいよ!』


 振り返ったエリスレルアは、にっこりと笑ってそう言うと部屋から出ていった。


『えっ??』

『…………気にしないでください、先生』 

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