63 突き付けられた剣
あれから3日たった。
クレファイス学園の夏季休暇が終了し、明日から後期の授業が始まる。
昨日の夜にリュアティスは寮に戻り、アークレルト公爵は職務もあるので王都に留まるが、レステラルスはエリスレルアたちとともにアークレルト領へ出発した。
異世界から来た二人、主にエリスレルアが王都の街へ出歩くことは、ある意味危険な行為だからだ。彼らにとっても王都にとっても。
「リュアティス、は、しない、帰る、ですか?」
『ん? 順番違う?』
「えぇ」
「リュアティス、は、ですか、帰る、しない?」
「惜しい」
「リュアティス、は、帰る、しない、ですか?」
「はい。僕は学校に通います」
『うーー! やっぱり難しいねー!
聞くのは何とか難しい言葉じゃなきゃわかるようになってきたけど、しゃべるのは難しいよー。
これだと、学校に通うのはやっぱり無理?』
『そうだね。
そのレベルだとこの世界では、家の者たちがしゃべれるようになったばかりの子どもに言葉を教えているレベルだよ。
とても授業にはついていけない』
『そっかー……遊びに行きたいの我慢してがんばったのに~』
彼らが公爵邸を出発する前の、彼女との会話を思い出し、何とも言い難い気持ちになる。
寮の自室のベランダで手すりの上に両手の肘から先を置き、リュアティスは見慣れている景色に視線を送った。
人を好きになるということが、このような気持ちになるということだとは思わなかった。
寮に戻ってから、ずっとぼーっとしているリュアティスの様子に、ネスアロフは何とかしなくてはと思った。
「殿下、シャキッとなさいませ!
明日から授業が始まるのですよ!」
授業などどうでもいいから公爵領へ帰りたい。
「殿下はエリスレルア様がご成長なされるまで待つと私に向かって宣言なさいましたが、それまでずっとそのような態度でおられるおつもりですか?
情けないことこの上ありません」
そんなことはわかっているが、やる気が出ないのだ。
何を言ってもため息をついてばかりの彼に、ネスアロフは『言うだけではだめだ』とベランダへ行き、リュアティスをリビングへ引き戻した。
「ネスアロフ?」
鍛練用の剣を2本取ってきて、彼に1本渡す。
「今はそんな気分では……って!」
問答無用で切りかかるネスアロフ。
「! こんな狭いところで何をする!」
壁やテーブルなどを気にしながらネスアロフの剣を必死で受けていたが、リュアティスはあっという間に追い詰められて、喉元に剣を突き付けられた。
「まいった」
そう言えばいつもはすぐに離れるネスアロフが、今回は剣を突き付けたまましゃべり始めた。
「殿下。
エリスレルア様はあなたのために、何をしてくださいましたか?」
それは……
「母上の病気を治してくれ、兄上に会うために戻ってきてくれ、こちらの言葉を覚えようとしてくれて……」
いや……それ以前に。
「……この世界に渡ってきてくれた」
「そのような、あなたにとって最も大切な姫君を、このような体たらくで、お守りすることができるとお思いか!」
!!
「彼女に危害を加えようとする者が再び発生した場合、その者たちが、あなたの気分や部屋の広さなどに配慮してくれると、本気で思っているのですか!」
ネスアロフが剣を引いた。
しかし、リュアティスは動くことができなかった。
「もし私が賊だったらあなたの命は先ほど潰え、私は残された彼女に上手く取り入って、自分のものにするでしょうね」
!!!!
―――それは―――
「あの方にはそれほどの価値があるのです。
そのことに気づいているのは、今はまだごくわずかですが。
この前の闇の業者など、そんなこともわかっていないただの愚か者です。
本当に警戒しなければならないのは、彼女の価値を分かった上で、あなたから奪い取ろうとする者たちなのです」
……ネスアロフ……
「すまなかった」
「いいえ」
呆けている場合ではないのだ。
僕は、彼女に見合うだけの男になる必要がある。
少なくとも、レイテリアス兄上に負けないほどには。
兄上は、彼女に手出しをしないと約束してはくれたけど。
「僕が殺されなかったとしても、彼女のほうが僕以外の者に惹かれてしまったら、どうしようもないということなのだな?」
「そのとおりです」
彼女は、僕の召喚に応えてこちらへ来てくれた。
だが、それに慢心していてはだめなのだ。
―――彼女はまだ、僕を選んだわけではないのだから。
「よし、気合を入れるぞ」
ネスアロフがにっこり笑った。
☆
☆
☆
……うーむ……
これは一体何なのだろう?
何か、みんなの視線が冷たいような気がする。
て、まあ、休み前も、それほど温かかったわけではないが。
「死んじゃう事件」の影響で、体調を気遣ってくれる者も数名いたが、比較的仲が良かった男友達にまで距離を取られているような……
昼休みにネスアロフに聞いてみると。
「どうやら、セフィテア様との許嫁の解消がうわさになっているようです」
「そうか……それならば、仕方のないことか」
実際に、解消したのだから。
「そうでもないかもしれません」
「ん?」
「殿下が彼女の心をもてあそんでおきながら、新しい彼女をつくり、泣いてすがるセフィテア様を手ひどく振った、という内容となっているようです」
「はぁ!?」
「心に深い傷を負ったセフィテア様はしばらく休学し、ご実家へ帰られたとか」
どういうことだ!
「僕はもてあそんでなどいないし、エリスレルアはまだ彼女ではないし、泣いてすがられてもいないし、手ひどく振るどころかセフィテアとは話もしていないぞ!」
言いながら、これは、取りようによってはそう取れなくもないのかも、と思い至る。
「だが……セフィテアは僕の許嫁という立場に縛られていて、ほかに好きな人とかつくるわけにはいかなかったにもかかわらず、それを解消されたというのは振られたようなもので……泣き崩れたとか?」
ネスアロフが苦笑した。
「殿下。
それは、うわさを流した者の思う壺となる解釈です。
その者は、起こった事象を曲解し、当事者である殿下が否定し辛いようないい回しにして尾ひれをつけ、悪いうわさとして流しているのですから」
「えっ…」
「それを自らおっしゃってしまっては、うわさ内容を肯定したものとみなされますよ?」
なんということだ。
「ということは、今まで聞き流していた学園内での許嫁関連のうわさ話も、本当のこととは限らなかったということか」
「そうですね…」
(今頃何をおっしゃっておられるのやら)
「おそろしいな」
うわさ話を流す者も、それを信じてしまう者も。
そして、そのうわさ話に真実が含まれているかもしれないということも。
「僕はどうしたらいい?」
「何もする必要はないかと。
何を言っても言い訳だと取られかねませんし。
どうしても答えなければならない時だけ話せる範囲で真実のみを語ることをお勧めいたします。
許嫁の解消は、陛下自らお認めくださった案件ですので、うわさの真偽は陛下にお尋ねください、ということです」
「そうか」
それから数日、リュアティスは皆の冷たい視線にさらされていたが、ある時突然うわさが消え去り、みんなの態度が元に戻った。
まことしやかに流れているうわさ話を不快に思ったレイテリアスが動いたのだ。
「死んじゃう事件」は、リュアティスが一時的な魔力欠乏症となり、彼を心配した者が魔道具を使って叫んでしまったことになった。
王子の危機に駆け付けてくれた者たちへは褒賞が配られ、それと時を同じくして、リュアティスとセフィテアの許嫁関係の解消が公に発表された。
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