61 婚約も解消?
リュアティスが水瓶の水を洗面器に移して顔を洗い、タオルで拭いていると、レミアシウスが戻ってきた。
『落ち着いた?
エリスレルアは回収したよー。今は自分のベッドで寝てる』
「ありがとうございます」
ホッとしながらも少しだけ残念に思っていると、ソファに腰掛けたレミアシウスが、軽く背伸びしたあと、ひじ掛けに片肘をついた。
『それにしても、王都に来て2日もしないうちに、条件の1と2が発生するなんて、びっくりだよ。
しかも誘拐事件まで。
盛り込み過ぎじゃない?
異世界の暮らしって、もっとのんびりしているものだと思ってたのに』
リュアティスが返答に困っていると、次の発言が彼を動揺させた。
『まあ、2番はエリスレルアが寝てたからぎりぎりセーフかもしれないけど』
「えっ!?」
『えっ? あそこで襲われそうになった時、エリスレルア、寝てたんでしょ?』
あー、そっちか~。
「はい」
自分の所業についてじゃなかったので安堵したリュアティスの手が洗面器のふちに当たってしまい、洗面器がひっくり返った。
「わっ!」
『わーっ!』
リュアティスがタオルを手に取り、こぼれた水を拭こうとしたのだが、それが一瞬で消えた。
「……その力って、ものすごく便利ですよね。
あなたの星の人たちは、みんな使えるのですか?」
『『力』の強弱や得意分野はあるけどね。
強さで言えば、僕は最低レベルで、エリスレルアは最強レベル。
制御で言えば、あいつは最悪レベルだよ。
ま、今は髪が短いから、強さは僕とそんなに差がないはずだけど』
ん?
「髪が、短い?」
『あ……まあ、きみなら話してもいいか。
僕の場合は関係ないけど、基本的にはルイエルト星人の『力』の強さは髪の長さに左右されるんだ。
長いほうが星の『力』を得やすいから。
僕たち、休暇みたいなもので地球に来てたって言ったでしょ?
地球だとそんなに強い『力』なんていらないし、地球人の中に紛れるには長過ぎるから、エリスレルアは短くしてたんだよ。
で、そのままこっちに来たんで、短いままなんだよね」
髪の長さに左右されるって……じゃあ……
「もしも彼女の髪が本来の長さだと?」
『別の星まで苦もなくテレポートできる』
別の星まで!?
『まあ、そういう時は普通、ルイエルト星の『力』も使うんだけどね。
この世界にはルイエルト星がないから、大量にエネルギーを得ようと思ったらこの星を使うことになってしまう。
つまり!』
「世界はともかく、この星は彼女のエネルギーとなって終わってしまう、ということですね」
『そういうこと。
だからさ~、僕はいつもハラハラしてるってわけさ。
ホント言うと、今回の館の爆発だってエリスレルアが爆発したんじゃなくてよかったって、思ったくらいで。
レイテリアスが気にしてた、魔力がないはずなのにってのは、魔力をエネルギーとして取り込んでただけかもしれないなー』
ああ、この人は、兄上たちとは全然別な角度で今回の事件を捉えていて、違う視点で彼女と周りのことを心配してたんだ。
なんだか、すごいと思った。
彼女のことを、本当に愛してるんだな、と感じた。
リュアティスは、軽いため息をついた。
「リルちゃんには、なんとかそのうち勝ちたいと思っていますけど、もしもあなたが恋敵だったら、勝てる見込みがありません」
『はぁっ!?』
持っていたカップを放り投げてしまいそうになるレミアシウス。
『恋敵なんて絶対イヤ!
あんなやつとずっと一緒にいるなんて、神経が持たない!
僕はもっと、ふつ~の!
穏やかで、おしとやかなぁ!
一緒にいて安らげる彼女がいいよ!』
絶対イヤって……僕の婚約者なのに……
「まあ……恋敵になってほしいわけじゃないんですけど……」
『……あ……ごめん』
自分の失言に気づくレミアシウス。
『あ、あいつも、いいところはあるよ!
かわいいし! 素直だし!
言うこと聞かないけど、間違ったらちゃんと謝るし!
もう少し成長すれば、『力』の制御ももっと上手くなるだろうし!』
恨めしそうな視線を受けて、レミアシウスはうなだれた。
『さっきのは本心ですけど、失言でした。
ごめんなさい』
本心は、本心なんだ。
なんか、この人と話してると、笑いたくなってくる。
「ずっと一緒にいる相手としてはイヤなのかもしれないですけど、でも……彼女のこと、心から愛していますよね?」
リュアティスの素直な問いに、レミアシウスはドキッとした。
ごまかしたかったが、彼の視線がストレート過ぎて、ごまかせなかった。
『それはまあ……そうかも……だけど……
たぶん、それは、ずっとあの子の世話をしてるからかもね』
「世話?」
なにか、微妙な違和感を感じるリュアティス。
『うん。気をつけていないと、何するかわかんないからさ~。
これが結構大変なんだよ。
だから、きみがあの子と婚約したいって言うのを聞いた時、信じられない思いだった。
彼女のことをよく知らないからじゃないかって』
レミアシウスがリュアティスを見つめて真顔になった。
『許嫁は解消できたようだし、婚約も解消してもいいよ?
婚約は、僕とした契約みたいなものなんだから』
え!
まさかそんな展開になるとは思っていなかったリュアティスは、かなり慌てた。
「それは……嫌です!」
せっかく婚約できたのに!
真剣な彼の視線を真正面から受け止めて、レミアシウスは胸が痛くなった。
『僕は、不安なんだ。
きみが死にそうになって、エリスレルアが助けを求めたって言ったでしょ?
あの子が叫んだのは、『誰か来て! リュアティスさんが死んじゃう!』、これだけだった。
たったそれだけで、王都じゅうからお城に人が集まってる』
!!
『髪が短いから僕とそれほど変わらないって言ったけどそれは平常時のことで、緊急事態になれば制限なんてあってないようなものなんだ。
僕たちの『力』は感情に左右されやすいからね』
魔力使用禁止結界の中で、僕が魔力を爆発させたのと同じことかな。
髪が長かれば周囲からエネルギーを得やすくて楽に大きな『力』が使えるだけで、短くてもエネルギーを集めることは可能だし、彼女の中には僕たちの魔力のようにある程度エネルギーが溜まっていて、それも足せばかなりのことができるのだろう。
『エリスレルアが、何かのために何かをすると、彼女にとってはそれほどすごいことじゃなくても、ここの人たちにはめちゃくちゃ迷惑かけることになっちゃうんじゃないかって思うとさ。
不安なんだよ』
リュアティスは理解した。
レイテリアスが言っていたのが本当に「いじわる」だったことを。
レミアシウスが婚約の解消を提案した意味も。
兄上が言っていたのは、やるならその結果がどうなるのかも考えてやれってことだった。
今の僕にはそんなことできないのを百も承知の上で。
それは、できなかったことを責めているのではなく、彼女の傍にいたかったらできるようになれっていうことだったんだ。
そしてレミアシウスさんは、そのいじわる部分を取り除いて、僕の行動とその結果だけを見て、感謝してくれた。
その上で、婚約の解消を申し出たのは、僕のため。
彼女がこの先起こすかもしれない問題に「きみは対処できるのか?」「できないなら早めに身を引いてくれ」ってことなんだ。
それは、当事者であろうとなかろうと、彼女の傍にいるならやらなければならないことだから。
兄上もそれが言いたかったのだろう。
彼女のためならなんでもやります、と言いたい。
周りに迷惑をかけるようなことにはさせません、と。
でも。
彼女の心が僕を選んでもいないのに、それを言ってもいいのだろうか?
リュアティスはどうしたらいいのか、またわからなくなってしまった。
その時。
「おにいさまー、○##△@#ー」
扉が開いて、エリスレルアが部屋に入ってきた。
『あ! リュアティスさん!』
リュアティスを見つけてにこやかに駆け寄ってきたエリスレルアだったが。
『元気になってる……ん?
元気じゃなくなってる……これは……もしかすると……』
難しい顔になり、レミアシウスに視線を移した。
ハッとするレミアシウス。
『や、違っ……違うぞ! 違わないけど!』
『やっぱり、おにいさまが、リュアティスさんをいじめたのね!』
『いじめてない! いじめてないよね! リュアティス君!』
どうかな?
……いじめられたと、言えなくもない。
そう思ってしまって、リュアティスはすぐに答えられなかった。
エリスレルアはその間を、リュアティスがいじめられたものとして受け取った。
『やっぱりーー!』
テーブルがひっくり返って壁まで飛んでいき、壊れた。
『エリスレルア! ごめん! 僕が悪かった!』
ひたすら謝っているレミアシウスが気の毒になり、リュアティスがフォローしようとした時、エリスレルアが彼に抱きついた。
『リュアティスさんは、私のコンヤクシャなんだからね!
おにいさまだって、いじめたら許さないんだから!』
『ええぇええ???』
リュアティスは、真っ赤になって、固まった。




