60 あなたのためにできたこと
レイテリアスの言っていることは、正しい。
けど、それは、当事者じゃないから言えることなんじゃ?
レイテリアスの言葉を聞きながら、レミアシウスはなんとなく、心の奥がざわついてきていた。
仮にリュアティス君があいつを助けて死んじゃったとして、そのあとエリスレルアが何をしようと、彼には関係ないことなんじゃ?
その後のエリスレルアの行動まで彼のせいにするのは、やっぱ、やり過ぎだろ。
僕は、エリスレルアの『力』で世界を移動するのはものすごく危険なことだってリュアティス君に説明する時、万が一そんな状況になっても、彼が召喚したせいでこんなことになってしまった、と思ってほしくなかった。
だから、きっかけは彼でも、こっちに来たのは彼女の意思だということを了承しないと話さないと言った。
これを今の状況に当てはめると、きっかけはリュアティス君の死でも、暴走だろうとなんだろうと、世界を壊すのはエリスレルアの意思だってことでしょ。
エリスレルアを守りたかったら死んではいけない、までは二人のためだ。
でも、そうじゃないと世界を壊されてしまうよ、っていうのは別の話だ。
それがわからないレイテリアスじゃない。
一見、リュアティス君のためを思って言っているようで、いや、彼のためを思った発言なんだけど、それだけじゃないような気がして、何か嫌な気分だ。
正しいことを言うことで、余計な負担まで彼に負わせようとしている。
それも、意図的に。
そう思った瞬間、レミアシウスがお湯を沸かしていたポットが破裂した。
パーン!
「あ~壊れちゃった」
『ゴメン、僕もう、疲れちゃってさ。
『力』の制御が無理っぽい。
せっかく水を運んでもらったけど、ここでお開きにしてくれないかな?』
『え、まだいいだろ?
夜は始まったばかりじゃないか』
真夜中過ぎてるのに!?
きみの夜は一体いつからなんだ?
レミアシウスが呆れた顔をすると、事態を見守っていたカルファレスがレイテリアスの腕を掴んだ。
『そうだな!
夜更けに随分長居してしまった。
リュアティスへの詳しい事情徴収は午後にしよう。
部屋に戻るぞ、レイテリアス』
『長居って、まだ2,3時間ほどじゃないか』
『充分だろ! すまなかった』
二人は部屋を出ていった。
☆ ☆ ☆
「……カルファレス……
僕は、リュアティスだけじゃなく、彼にも嫌われてしまっただろうか?」
閉じられた扉を背に立ち止まって少ししょげているレイテリアスに、珍しいこともあるもんだ、とカルファレスは思った。
「大丈夫だろ。お前が言ってたのは正論だしな。
それは彼にもわかっているはずだ」
「そうは言ってもな……『おにいさんたちはいじわる言ってるだけ』って……
あんなに素直に指摘されると、さすがにへこむ」
プッと吹き出すカルファレス。
「実際そうじゃないか。
内容は真面目なものだったけど、俺から見てもいじわるに見えたぞ。
『たち』って俺まで巻き添えにするな、とは思ったが」
背伸びをするレイテリアス。
「仕方ないだろー。
あの、彼女の叫び声。
あんなの聞いたら、あいつのこと、羨ましくて仕方なくなったんだから」
「それは、俺もだ。
はっきり言って、死にかけてもいいからあんなふうに叫んでほしくなった」
「死にたくはないが」と付け加えて同時にため息をつき、二人は歩き出した。
「カルファレス。
僕はお前に、あの子はリュアティスの婚約者だからだめだって言ったけど、撤回しようと思うんだが、どう思う?
あの子がリュアティスを選ぶまでの期限付きでもいいからさ」
「その勝負、勝てないと思うけどなー」
「……それは、戦士の勘?」
「んー……強いて言うなら……おにいさんの勘」
レイテリアスがクスッと笑った。
「撤回しても意味ないか」
☆ ☆ ☆
『……じゃ、そろそろ僕も……』
『まあまあ、座って座って。
僕に用があったんでしょ?』
そう言って、リュアティスをソファに座らせ、レミアシウスは空のカップをその前に置いた。それに紅茶の葉と水を入れて手をかざすと、すぐに湯気といい香りが立ち昇った。
そして、葉っぱだけ消失。
驚いて目を見開いているリュアティスに、『彼らには内緒だよ』と、レミアシウスはウインクした。
自分の分も作って、ソファに座る。
『さっきのレイテリアスの話ってさ。
正しいとは思うけど、僕はちょっと違うとも思う』
『え?』
『エリスレルアを守りたかったらきみは死んじゃいけない。
これは、確かに、そうなんだ。
だから、我を忘れてしまうような激しい怒りが湧き上がっても、冷静な部分は残しておかなくちゃいけないってのは、そのとおりだと思う。
できるかどうかは別として』
紅茶を一口飲む。
『でもさ、そのあとは違うと思うんだ』
『あとって?』
『きみが死んだらあの子が世界に復讐するから死んじゃいけないっていうやつだよ。
僕もその可能性は否定しない。
きみがいない世界なんてってエリスレルアが思ってしまう確率は高い。
けど、その暴走を懸念するのは当事者じゃなくて周りの者、もっと言えば、王家っていうか、王族の仕事だと思う。
きみやエリスレルアのことを想っての発言だけど、それ以上に、周囲や巻き込まれる民のことまで考えて行動しろっていう戒めでしょ?』
目を見張るリュアティス。
『それは確かに重要なことで、気にしなくていいことじゃない。
僕だって気になる。
あいつが暴走したらどうしようって、いつもハラハラしてるからね。
でも、僕が、あの子を守りたいならきみは死んじゃいけないっていうのが正しいと思ったのは、それがどれほどあの子を悲しませることになるだろうって思ったからだ。
その結果、暴走するかもしれないからじゃないんだよ。
その後の彼女の行動は、彼女と、その時周りにいた者たちの責任さ』
『……僕も王族です』
うつむいて紅茶を見つめたリュアティスの胸に、優しい『声』が響く。
『確かにきみは王族だけど、それだけじゃないでしょ?』
『え?』
顔を上げると、レミアシウスが微笑んでいた。
『きみは、エリスレルアの婚約者じゃないか』
息をのむリュアティスに、少しだけからかい気味の笑顔になってレミアシウスは付け加えた。
『暫定的だけど』
『う……』
クスッと笑って話を続ける。
『自分の恋する人が乱暴されそうになっているのに冷静でいられる人なんて、いないよ。
それこそ、全てのものを吹っ飛ばしてでも、自分を投げ出してでも、その人だけは助けたい、そう思うのが当然で、当たり前の感情だ。
きみの行動は、間違ってない。
それに、レイテリアスはスルーしてたけど、もし、犯人がエリスレルアに暴行してたら、その時点で、あいつは暴走してこの世界は終わってたと思うよ?』
『!!』
『だからさ……』
レミアシウスは、立ち上がって、深々と最敬礼した。
『エリスレルアと、この世界を、命がけで守ってくれて、ありがとう』




